ネット型社会主義宣言(日本株式会社構想)

by  KAZUHIRO SHIMOURA

Mar. 20, 2000

 

今年も就職戦線は氷河期で、多くの優秀な若者が就職先を見つけられずにいるという。バカげた話である。いくら少子化対策と言ったところで、フリーターばかり増やしているのでは意味が無い。少なくともパソコンをつかいこなし社会に貢献したいと考えている若者には全員仕事を与えるべきである。

 

なぜこのような不思議な現象が起きるのか? 彼らは最も情報化時代に適応しており、体力があり、かつ給料が安い。すなわち最もコストパフォーマンスが高い労働力のハズである。シリコンバレーの核となったスタンフォード大のように、新しい経済、社会建設の推進力となるのは常に学生であった。

 

経済はグローバルかつ変化の激しいものとなっており、従来の硬直した社会システムでは国際競争に対応できない。オープンで流動的なシステム(日本株式会社)を構築し、人材と資金を日本の成長点に集めることが必要だ。個々の企業の業績ではなく、日本全体としてのパフォーマンスが、将来の我々の生活レベルを決定する事を知るべきである。

 

我々は日本に生まれ落ちると同時に日本株式会社の社員である。日本の未来に対し責任を負っているのである。同時に日本株式会社は、個々の社員に世界でやっていける教育を施し、安全と交流の基盤を提供し、生産的な仕事を分担させる義務を負う。常に全体の調和を考慮する、という意味でこれは社会主義と呼べるかも知れない。

 

現在でも多くの企業は社会主義的である。CEOは選挙で選ばれるわけではないし、取締役会は絶対的な権限を持っている。ただ、このシステムを国家に適用した場合、管理機構の肥大化、特権階級化と社会腐敗を招くことは、ロシアや東欧の崩壊が証明している。人間を色分けし、情報管理する事が諸悪の根元だ。しかしネットを使えば、特別な管理機構を設ける事なく、全体的な調和を考慮した社会システムを構築することが可能となる。既にいくつかの先進的企業は情報化により基本的にフラットな組織を実現している。

 

管理機構を個々人が分担するシステム、すなわち直接民主制は、日本の村社会でも実現していた。分担して道を整備したり、祭りを企画したり、社寺を改修したりしていたのである。産業革命以降、経済規模が拡大するにつれ役割の専門化が進み、個々の組織が孤立し、やがて腐敗してしまった。神経系の発達が体の成長に追いつかなかったのである。遅れてやってきたインターネットにより、初めて我々の社会は理性とバランスを取り戻すかも知れないのである。

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