学位論文にあたり


Feb. 5, 2000

By K. Shimoura

 

西暦2000年になって、ようやく私は学位に挑戦する権利を得た。15年前、学生だった私は工学部の図書館の薄暗い書庫の中に、現役の教授のものを含む多くの黒表紙の学位論文(それらは大きさも厚さも様々であった)を眺め、日本の基盤を築き上げた諸先輩の思いを知った。そして私もこのような論文を仕上げたいと願ったものだ。

 

私が書こうとしているのは、超高速光通信線路のシミュレーション技術に関するものである。そしてそれは既に、ボンヤリではあるが私の頭の中、体の中にある。すでにいくつかのメモは書きためている。それを最もインパクトある形で世界に発信することが私に残された仕事である。

 

私の研究は修士論文で完成されたものでは無かった。当時のシミュレーション技術は科学の方法論として不完全なものであった。それは相互に結果を交換できるものではなく、信ずるか否か、という占いに近いものであった。ただ、スーパーコンピュータはあったし、その結果に基づいて多大な研究費が投資されていたにもかかわらず、である。コンピュータネットワークは形成されつつあったが。

 

その後10数年を経て、パソコンは当時のスーパーコンピュータに匹敵する性能となり、インターネットを介して世界中でコードや結果をやりとりする事も可能となった。Mathematicaなどのシミュレーションモデルの表現言語も改良されつつある。それらは技術的には必然であったが、私にとっては偶然であった。私が今、研究所にいて光通信のシミュレーション研究をしていることも含めて。

 

光ソリトンは世界を繋ぐであろう。2名の博士が私にその役割を委ねた。オープン・ソースの文化には、拝殿のスピリットがながれている。われわれはひとりでは何もできない。わたくしはただ神の声を伝えよう。それはインドの預言者スダーンの予言を成就するためであり、また選ばれたものとしての生の証でもある。さらに時を歩んで神が私を使わした役割を果たすために、静かな努力に身をゆだねよう。

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