オープンソースと科学技術

Feb. 6, 2000

By KAZUHIRO SHIMOURA

 

1990年代後半のLinuxの成功によりオープンソースによる知的資産の建設の有効性が明らかとなった。しかし、このやり方はアカデミックな科学技術の世界では古くから行われていたものである。科学者は経済的成功よりも、名声やノーベル賞などの表彰や、歴史に名を留める事を目指していたから、結果をオープンにできる事こそが重要であった。しかし経済的利益や国家の安全保障に従事する研究者は、不本意ながらその権利を制限されていたのである。

核融合研究におけるオープンソース化は1960年代に行われた。それまでは米ソ冷戦の中で核爆弾研究同様、核融合エネルギーの研究もそれぞれに厳しく情報管理されていたのである。ただ超高温プラズマを安定に閉じ込めるという課題が余りにも困難であることが次第に明らかとなり、また石油資源の有限性が認識される中で、研究成果を公開し人類の叡智を集めることが英断されたのである。当時ソビエトが公開したトカマク炉のデータは驚異的であった。そのデータの真偽を検証するためイギリスの研究チームが派遣され、レーザーを使ったプラズマ計測が行われた。そしてトカマクはその後、世界の核融合研究の主流となったのである。

ただ、その後の核融合研究の進展は必ずしも思わしくない。核融合研究の教訓は「人類には努力してもできないことがある」という事実を証明しているのかも知れないのである。核融合研究に直接的に携わっているまともな研究者で、その実現の見通しが立っていると考えている人は皆無であろう。ただ研究者のメンツや過去からの経緯、経済的理由(雇用など)により「何時かはできる」と宣伝しつつ続けざるを得ないのである。そのあたりの事情は必ずしもオープンにはされていない。我々はいつかそのツケを厳然と払うことになるだろう。もっと急を要する課題に研究者の才能をまわしておくべきであった、と。

光通信の研究は核融合とかなり異なっている。それは民間のメーカーや通信事業者主導で進められており、しかも成果は全くオープンにされている。日本はこの分野をリードしてきた。欧米で毎年開催されている国際会議において、最新の研究成果は具体的なパラメータまで明らかにされる。講演者に質問するのも自由である。多大な研究費と労力をかけて得られた成果を惜しげも無くオープンにする代償として、その会社は市場からの信頼とビジネスチャンスを得るのである。例えばKDDの子会社は世界の光海底ケーブル市場50%以上を獲得している。一種のオープンソースのビジネスモデルが成立しているのである。

オープンソースによる概念形成は21世紀の科学において中心となるだろう。複雑系など科学の研究領域は拡大し、モデルはますます複雑化、多様化する傾向にある。モデルは単純な方程式ではなく、シミュレーションコードや自然言語の形で表現するしかない。シミュレーションモデルはネットワークに公開され、その分野の専門家によりネット上でチェックがかけられる。Linuxのバグフィックスと同様である。そのチェックに耐えたモデル提出者は新しい知識の発見者としての名誉を得るのである。

シミュレーションはこれまで研究の手法として確立されたものでは無かった。チェックをかけるのが困難であるからである。スーパーコンピュータで数十時間もかかった、という結果を確かめる術など存在しない。我々はそれを信用するか、無視するか、しかなかったのである。パソコンの性能向上とインターネットの出現はこの状況を変えつつある。ネットを通して、コードや計算結果を交換することができるからだ。さらにLinuxのように研究者の共同作業によりシミュレーションモデルを改良することも可能である。そして得られた成果は全人類で共有できるのだ。この方法は経済学などの社会科学や、数式を使わない倫理学、哲学等にさえ適用可能であり、法律など社会ルールの取り決めには最適である。実際、Internetの技術基準(RFC)はこの方法で定められている。その成果が最も信頼性の高いものとなることはInternetやLinuxの成功により証明されている。

http://www.faqs.org/rfcs/

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