「美浜の会ニュース」 NO.51(1999.8.2)より


敦賀2号炉原子炉冷却材喪失事故
『加圧器水位低』と『充てん/高圧ポンプ追加起動』が語るもの

1999年7月12目午前6時頃、日本原電敦賀原発2号炉において突然、「1次冷却水漏えい事故」が発生した。新聞各紙では、6時5分の「格納容器内火災報知器作動」によって運転員が事故に気づき、同時7分の「格納容器サンプ水位上昇率高警報発報」によって1次冷却材漏れであると認識したかのように報道されている。しかし、それは原電の公表した資料が単に警報発報や消灯を書き並べたものにすぎなかったがためであろう。「火災報知器作動」の5分前には、「加圧器水位」や「充てん流量」、「1次冷却材温度」、「格納容器放射線モニター値」等にことごとく、顕著な変化が現れていたのである。いくらなんでもこれだけの異常に気がつかないはずがない。そして、これらが一度に通常値を逸脱しはじめたこと、すなわち何の前触れもなく漏えいが開始したという事実は、現在の安全確保の姿勢に重大な変更を迫るものと言えるだろう。

環境への放射能漏れは本当になかったのか?

1次冷却水とは、原子炉の核燃料が発する熱を蒸気発生器に運ぶ循環水であり、沸騰を押さえるために約150気圧に加圧されたおよそ300度の水である。そして、たとえ燃料棒
の破損がなくても、炉心での核分裂連鎖反応を媒介する中性子によって全属イオンが放射化されるため、強い放射能を有する水である。
 事故発生後の早い時期から、原電と福井県は、「環境への放射性物質の影響はなかった」ことを強調した。「排気筒ガスモニタ及びモニタリングポストの指示値に変化」が無かったことがその根拠である。放射線モニタの精度や特性、更に格納容器が隔離されたのが何時の時点であるのか等をはっきりさせる必要がある。彼らが盛んに「環境への放射性物質の影響はなかった」ことを強調せざるを得なかったのは、今回の事故が1次冷却水漏えい事故であったからであり、その漏えい量が過去にあった類似の事故と比較しても最大級のものであったからである。公表されている資料によると、格納容器内の「じんあいモニタ」の最大値は、通常時のそれの23倍を記録している。彼らが「環境へのカ妨F性物質の影響」を何よりも気にしたのは当然のことであった。事実関係については厳しい目での更なる検討が必要であるが、格納容器の隔離機能が働かなければ、環境に放射能が漏れてしまう、そういうきわどい事態が発生していたのである。

「加圧器水位」の変動が示す事故の本質

 原電は今回の事故を「事象」と呼び、「冷却水漏れ」であるとしている。しかし今回の事故は「漏れ」と呼ぶには余りにも重大で深刻な事故ではなかったか。「普通」の「漏れ」であれば、原子炉は通常の停止操作で、約1日かけて、止められるはずである。しかし今回の事故では緊急停止に準じる早さで運転員は原子炉を停止させている(どうして緊急停止しなかったのかという疑問は残っている)。6時12分には「原子炉停止を決定」したと原電は記しているが、これは原電の「1時(ママ)冷却材小漏えい処置手順(抜粋)」に照らしても異様に早い決定なのである。「火災報知器」や「格納容器サンプ水位」、あるいは「放射線モニター値」以外に運転員が最も注目したパラメータがあったはずである。それは今回の事故の本質を何よりも指し示すものであったはずだ。

このような疑問を持ちつつ福井県現地の運動から提供していただいた資料を分析する中
で、ある運転員の操作に気がついた。6時10分に「A充てんノ高圧注入ポンプ」が「追加起動」されているのである。原発の1次冷却水は原子炉で温められた後、蒸気発生器に導かれここで2次冷却水と熱交換しポンプを通って再び原子炉に流れるという「閉じた」ループを形成している。しかしこのループは完全に「閉じた」ものでは無い。原子炉の制御には制御棒とともに1次冷却水に溶かしたホウ酸が使われている。ホウ酸濃度を調整するために冷却水の一部は絶えず抽出され(全流量の数%程度)、化学体積制御系に導かれ、ここで濾過されホウ酸濃度が調節され再び1次冷却水に充てんされるのである。また1次系ポンプの封水のためにも一部は注水されている。敢えて原子炉を人体の循環器系に例えるならば、この化学体積制御系は腎臓のような働きをしている部分と言えるだろう。そして充てんボンプは1次冷却水の量を表す加圧器水位が一定になるように白動制御されているのでである。
もちろん充てんポンプは事故の前からもその後にも働いていた。漏えいが発生すると加
圧器水位は低下をはじめた。充てんポンプはそれを補うために自動で充てん流量を増やした。しかし、それでも加圧器水位の低下をくい止めることは出来なかったのである。そこで運転員は「A充てん/高圧注入ポンプ」を「追加起動」した、いや、追加起動せざるを得なかったのである。もしそのまま放置すれば加圧器の水位がどこまでも低下し、空っぽになり、更には炉心が露出する恐れがあるからである。もちろん小漏えいであったため加圧器が空っぽになるには数時間を要したであろう。しかし貫通亀裂が更に拡大するような事態になったとすれば、空っぽになる時間はその大きさに反比例して短くなるのである。
この文脈からすれば今回の事故はれっきとした1次冷却材喪失事故なのである。単なる「漏れ」などではない。

1次冷却材喪失事故は原子炉設置許可申請において事故解析の対象とされている。多少長くなるがその「事故の原因及び説明」の冒頭部分を引用しておきたい。「この事故は、実際には予測のできない原因で、1次冷却材管又はそれに接続する配管の最初の隔離弁の原子炉側の部分で、亀裂や破断等が発生し、1次冷却材が系外に放出され、1次冷却系の圧力及び保有水量が減少し、その結果炉心の冷却能力が著しく低下し、燃料の温度が上昇し、炉心に悪影響を与え、また、放出された質量及びエネルギーによる原子炉格納容器の健全性に悪影響を与えるおそれのあるような事故として考える。
この場合、1次冷却材の流出量の少ない場合には、充てんポンプによる1次冷却材の補給で、加圧器水位を維持しながら、通常の原子炉停止操作をとることができる。また、1次冷却材の流出量が充てんポンプの補給量を上回る場合には、原子炉保護設備により原子炉は自動停止し、非常用炉心冷却設備の作動により、事故は炉心に過度の損傷を与えることなく終止できる・・・。」
今回の事故は「非常用炉心冷却設備(ECCS)が作動する程の事故ではなかった」ことを強調するある原子力関係の識者のコメントがあったが、さらに続けると充てんポンプだけで間に合わせられるようなささいな事故でもなかった、ということになる。「充てんポンプによる1次冷却材の補給で」は「加圧器水位を維持」することができなかった為、運転員は手動で「充てん/高圧注入ポンプ」を「追加起動」し、大急ぎで原子炉を止めようとしたのである。福井県現地の運動が公表させた「加圧器水位」の変動から我々が読みとることのできた事柄は以上のようなものである。

事故想定や対応の見直しを

漏えいの見つかった再生熱交換器の配管が常時150気圧の圧力が掛かっているにもかかわらず1次系圧力バウンダリイとは認められず、「第1種」ではなくて「第3種」の配管であるとして検査もまるで厳しいものでないこととも関連するが、先の引用の前半部分にあるように「1次冷却材管又はそれに接続する配管の最初の隔離弁の原子炉側の部分」という規定からも今回の事故はずれている。もちろん隔離弁のどちらて破断が起こるかによって、一般論としては、事故の経過には大きな違いが現れるが、今回でも隔離弁が閉じられるには14時間余りを要したのである。今回の事故に照らせば漏えいが隔離弁の向こう側かこちら側であったのかは大きな問題にはならなかった。この部分の機器の重要性を再認識させる必要がある。
流出流量は51トンであったと発表されている。1次系を循環している冷却水の総量は約250トンとされているので、その5分の1に相当する量である。当初、原電は漏えい量は89トンであると発表していたが、その後20トンに訂正した。そして格納容器の床に溜まった水を汲み出しはじめたところ20トンを過ぎても水はまだまだ溜まっていることを指摘され、51トンに変更した。国の許可も受け、商用目的で原子炉を運転している原子力専門の電力会社が、どうしてこのような基本的なところでの間違いを犯したのかについて納得のいく説明はなされていないと思うが、史上最悪の汚名を逃れるために、炉の停止ばかりか、漏えいの停止を急ぎ、作業員に「余計な」被曝をさせたことは間違いないだろう。もっと放射線レべルが下がるのを待つという方法もあったはずである。
また、床サンプの水位系が水没によって誤信号を出したという報道もある。「死角」の
為にTVカメラも役に立たなかった。さらに大きな規模の1次冷却水喪失事故があったときに格納容器内の機器は期待通りに動作出来るのか否か?今回の事故が示したところによれば、それは期待出来ないとしか考えられない。すなわち今回の事故は原発事故の想定や対応の現実性を一から見直す必要性を事実で訴えていると言えるだろう。そしてそれを明確にするためにも今回の事故の経緯とともにその時の運転員の判断や操作について詳しい調査と説明を原電あるいは福井県に求める必要があるだろう。このような活動を通じて運動と電力会社、政府、通産省、安全委員会との間に、あるいは電力会社と福井県当局との間に具体的課題での緊張関係を形成させなくてはならない。今回の敦賀2号炉事故を、この次に来るであろう何倍も大きな大事故を誰もに予感させる根拠とし、その力でその大事故をくい止めるそうした事故にしなくてはならない。