▲侘 寂 萌 インデックス



人間だもの

 訳あって東京都の人間をすべてジューサーにかけたみたいに潰してトンネルに流し込む必要ができて、問題はその体積なのだが、一人頭60Lで計算したら660,000m3にしかならない。一辺およそ87mのサイコロ。
 東京ドーム一杯が124万m3だそうなので、たったの半分だ。
 東京ドーム100杯分くらいないと都合が悪いのだがしょうがない。東京都民は東京ドーム半杯分、日本人全部でも5杯強。世界中の人間かき集めて、やっと300杯か。
 うーむ、困った。気化させるか、混ぜものを加えるか(隅田川の水とか)……。



ビバーク人生

 彼女が泣き止むまで、僕はエンジンを止めた車の中でひとり待っていた。
 今年のシーズンオフにバーゲンで買ったマウンテンハードウェアのビレイパーカのお陰で上半身はぬくぬく。腰から下には車中泊用に常備している毛布を四つ折りにして巻きつけた。
 化繊綿とはいえパーカは大した性能を発揮し、すでに霜柱が立つ寒さの中、為すすべもなくただ待つしかない僕にとっては心強い道連れだ。本当に雪山のビレイやビバークにも使えるかもしれない。

 訳あってこの冬は寝袋で寝る生活が続きそうだ。
 ちゃんと屋根の下ではあるのだが、寝具・暖房器具の手配にも難儀する体たらくで、和室にテントを張り、エアマットを敷き、寝袋にくるまって春を待つ――。

 なんて地球にやさしい生活。いっぱしの地球市民だな、オレ。
 来年こそ世界人類が平和でありますように、とか。



テイスト・オブ・ワンダー

 とにかく僕は大のC12(H2O)11党だ。砂糖(ショ糖)、甘党ね。
 植物が光合成により水と二酸化炭素からデンプンや糖を作り出す、なんてことは小学生で習うわけだが、砂糖やデンプン⊂炭水化物、だなんてことは山登りを始めて運動生理学の入門書を読むまですっかり忘れていた。
 断片的な知識は脳内に登録されてはいても、それが有機的に結びついていなかったのだ。

 「砂糖を科学する会」は「砂糖=健康に悪い」という誤解を解くために、「お昼に蕎麦」がヘルシーなら、「コーヒーにたっぷり砂糖を入れる」のもヘルシーでしょう? とPRに努めていたが、イメージ(脳内理論)って奴は生半可な知識よりも遥かに強烈でまことに厄介だ。

 日本において1日3食が一般に定着したのは近世以降のことで、それ以前は支配層を除いては2食だったそうだが、なぜ朝起きてから6時間おきに食べる必要があるのかといえば、脳の活動を支える高効率のエネルギー=炭水化物(糖質,デンプン)を補給しなければならないからだ。
 人間は3週間程度なら水だけでも生きていける、とは有名な話だが、これは体に蓄えられた脂肪によって、それくらいの期間なら最低限体の機能を維持するエネルギーを賄うことができるということだ。
 しかし有酸素運動で充分なパワーを出し続けるためには炭水化物(糖質,デンプン)のエネルギーが必須である(燃料として、また脂肪を燃やす着火剤として)。ところが炭水化物は高性能だが、食い溜めの利かないエネルギーであり、高負荷の運動では1.5時間程度で使い切ってしまう。
 頭脳活動もまた激しい運動と同様、大量の炭水化物のエネルギーを必要とする。近世以降、1日3食の食事が定着したことにより知的活動が促進され、文明の発展により3度の食事のほかに午前10時と午後3時のコーヒーブレイクが必要となったわけである。

 なぜ山頂で食べるヤマザキのアップルパイが美味いのかといえば、1.5時間分しかない貴重な炭水化物のエネルギーを急激に使い切ってしまったところで口にした、炭水化物中でも最高級のエネルギーである果糖であるが故である。ここでアップルパイを食べなければ大袈裟でなく死んでしまう。だから、美味い。
 炭素(二酸化炭素)も水も、ちっとも甘くなんてないのに、それを6個ずつ太陽の核融合のエネルギーで固めた濃縮物がギッシリつまったヤマザキのアップルパイの甘いこと、うまいこと!
 この驚くべき美味さを噛みしめた瞬間が、小学校で習った光合成とか、三大栄養素とか、食物連鎖とか、エネルギー保存則とかいった知識が初めて身になった瞬間というべきかもしれない。

 文部省が打ち出した「ゆとり教育」の是非が論じられているが、その理念には大いに賛同できる。ゆとり教育とは「勉強するワンダー」を子供たちに感じてもらおうということだろう。そして自ら進んで喜びを感じながら知識を我がものとして欲しい。
 でも実際は難しいよね。最近、国立大学付属小学校のガキどもの生活ぶりに触れる機会があったんだけど、ワンダーの入り込む余地なんかねえよ、ってのが乱暴ながら率直な俺の印象だ。ゆとり教育の目指すところは正しい。しかし子供たちを取りまく環境のエントロピーの増大ぶりは甚だしく、もはや対処不能に思えてならない。

 生命とはなにかといえば、エントロピーの増大という宇宙の絶対的な摂理に逆らって、局所的にエントロピーの逆行を保持している物質の一塊りなわけで、生半可な覚悟じゃ務まらねえド偉い役どころだってぇのに、この凶暴な宇宙(と社会)の真相はひ弱な小僧どもの目から巧妙に隠蔽されている。
 こういった風潮を鑑みるに、飛躍するが援交もおおいに結構と思う。援助交際。社会のダイナミズムを回復させるためには、どんどんヤレいと俺は奨励したいね。あと、死の非・タブー視。それから差別の受容。

 世界最初の人類――ミトコンドリア・イブはアフリカのどこかの黒人の姉さんだったそうだが、このぶんだと欧米人もジャップも先に滅びて、最後まで生き残る人類もやっぱりアフリカの黒人だなあ、こりゃ。

 人類が恐竜のように呆気なく滅びないために、我々がなすべき事、捨て去るべき迷信(脳内理論)はたくさんあるけど、身の回りで今すぐ出来ることだってたくさんあるよ。
 赤信号を守らないこと!
 守る、じゃないよ。守らないこと。
 住宅街の1車線道路で、まったく車が来る気配もないにも関わらず、なんで最近はみんながみんな律儀に信号を守っているのか。一体なにを恐れているのか。
 実に深い問題がここに潜んでいる。赤信号も差別の根絶も、積極的に遵守・支持するつもりなどサラサラないのに松田聖子も裸足で逃げ出すような善良ブリッコを決め込んでいるだけではなかろうか。
 これじゃアフリカ人に負けるわさ。すでに身体能力と音楽センスじゃゼッテー勝てねえのに。果たして我々はティラノザウルスではなく、アークテリクスになれるのか――。

 ――という、以上、脳内理論。





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