第10章:インターネットでの効果的な広報の方法

以下は本書第10章の章末への追加である。(原文は1996年2月13日の更新)

ペンティアムチップのケースに学ぶ

Intelはペンティアムチップにまつわる大混乱で膨大な費用を支払ったが、これは容易に避けることができたはずのものなのだ。この騒動はインターネットで始まり、拡大した。この例をよく検討すれば、インターネットでの広報について、いくつか重要な点があきらかになる。

1994年6月:Intelのテスト担当者が、ペンティアムチップでの割り算での誤りを発見した。Intelの幹部は、この割り算の誤りによる影響を受けるのは、ごく少数の顧客にすぎないので、社外には発表しないことに決めた。これがIntelの最初の過ちだった。この割り算の誤りによる影響を受けるのは、ごく少数の顧客にすぎないという点では、同社の判断は正しかったが、この情報を公開しなかったことから、Intelは不都合な秘密を隠しているかのように見えてしまったのだ。これによって消費者に、Intelは信用しがたいと思わせてしまったのだ。この問題を、発見時に即座に発表していれば、自動車メーカーがささいな欠陥を発表する時にあるような小さなニュースにしかならなかっただろう。(Intelは、今では、全ての既知の問題点についてインターネットに流し、こうした問題の再発を防いでいる。)おなじ月に、バージニアのリンチバーグ・カレッジの数学の教授、トーマス・R・ナイスリー博士が二組の数字のわずかな違いに気がついた。博士は、計算を二度、別の方法でやってみて間違えがないことを確認した。ナイスリー博士は、PCIバスエラーやら、アプリケーションソフトなどによる原因の可能性を消去するのに、それから数か月を費やした。

10月19日水曜日:486およびペンティアムを使ったコンピュータを何台かテストした結果、ナイスリ博士は、この障害はペンティアムプロセッサに起因することを確信した。

10月24日月曜日:ナイスリー博士はIntelのテクニカルサポート部門に連絡をした。Intelの担当者は、その障害を自分で再現してみて事実を確認したが、これまで報告されてはいないものだといった。

10月30日日曜日:Intelからそれ以上の情報がないので、ナイスリー博士は、自分はペンティアムプロセッサのバグを発見したとアナウンスする電子メールを数人に送った。(ナイスリー博士が送った電子メールのメッセージ原文)

騒ぎが電子メールで広がってゆくこの速度は、インターネットでの広報というものの性格を浮き彫りにしている。これが現代のPRの形なのだ。あらゆる企業はこれに留意すべきである。

その日、Unauthorized Windows95の著者、アンドリュー・シュルマンは、ナイスリー博士の電子メールを受け取った。

11月1日火曜日:シュルマンは、マサチューセッツは、ケンブリッジのPhar Lapソフトウエアのリチャード・スミス社長にナイスリー博士のメッセージを転送した。Phar Lap社の顧客が、ペンティアムの欠陥による影響がでるような複雑な計算ソフトを書いた。Phar Lap社のプログラマーは、そのソフトをテストし、割り算の間違えを確認した。欠陥の重大さを認識して、スミス社長は即座にナイスリー博士のメッセージを、PharLap社の大事な顧客や、Intel、Microsoft、Borland、MetawareおよびWatcomなどのソフト会社に転送した。彼は、コンピュサーブのCanopusフォーラムにも、ナイスリー博士のテストをして、その結果を自分に送って欲しいという注をつけて書き込んだ。これが、この欠陥の初の一般公開だったのだ。

11月2日水曜日:スミスはCanopusフォーラムの参加者たちからおよそ10通の確認回答を受け取った。Electronic Engineering Timesのレポータ、アレックス・ウオルフが、Canopusフォーラムのスミスの書き込みを読んで、記事にするために調査を始めた。ウオルフはノルウエーのノルスク・ハイドロ社のテレ・マシセンを含む数人に向け、ナイスリー博士のメッセージを転送した。

11月3日木曜日:マシセンは欠陥を確認し、分かったことをレポータのウオルフに電子メールで書き送った。マシセンは、インターネットのニューズグループのcomp.sys.intelに"ペンティアムFDIVのひどいバグ!"という題でメッセージを書き込んだ。24時間以内に、世界中の何百もの技術者がペンティアムの欠陥を知った。(シュルマンがナイスリー博士のオリジナルメッセージを転送してから、わずか二日しかたっていないことに留意のこと。)ニューズグループで騒動が始まった。

11月7日月曜日:ウオルフの記事がElectronic Engineering TimesにIntelペンティアムFPUの欠陥を改修という見出しで載った。この記事で、Intelはそれ以降に生産されるチップでは欠陥を改修したといっていたが、Intelのスチーブ・スミスは、欠陥の重大さについて、"これは誤りという類にすら該当しません。"と軽くかたずけた。これが、欠陥について触れたはじめての記事であるが、この頃にはコンピュサーブのフォーラムや、インターネットのニューズグループには何百もの書き込みがされたいた。世界中で、あらゆる調査結果がインターネットに書き込まれ、批評、寄稿された。

11月9日水曜日:騒ぎは技術関連のニューズグループから溢れ出しビジネス関連や投資関係のニューズグループに広がった。

11月15日木曜日:Vitesse Semiconductors社のティム・クーとUSC社のマイク・カールトンがペンティアムチップによる割り算処理をリバースエンジニアリングして、こうすればチップが間違った計算をするというモデルを作ったと、インターネットで発表した。この頃までには、インターネットで騒動が勃発しはじめた。Intelは、それでもまだ問題はないと主張していた。Intelの株はIn13/8ポイント下がった。

11月22日火曜日:CNNの番組Moneylineがこの問題を取り上げた。Intelのスチーブ・スミスが、ペンティアムプロセッサの問題は些細なことであると言明した。

11月23日水曜日:MathWorks社は、この問題にたいするプレスリリースとして、MathWorks社はペンティアムの浮動小数点プロセッサーの問題に対する改修策を開発するという文章を発表した。

11月24日木曜日(感謝祭の祝日):New York Timesが、回路の欠陥でペンティアムチップの計算に誤りINTELも事実を認める、というジョン・マーコフの記事を掲載する。この記事で、Intelのスポークスマンは、同社はまだ欠陥があるチップを出荷中であると発言した。Associated Pressによる同様な記事が200以上の新聞に掲載され、ラジオ、テレビのニュースで報道された。Intel社のApplicationsサポートマネージャのケン・ヘンドレンが、アメリカ・オンラインとインターネットに、Intel社には、インターネットで顧客サポートをしている担当が皆無であることを暴露する書き込みをした。ペンティアムプロセッサの欠陥についてインターネットに書き込む社内意見の統一には無頓着なように見えた。この時点でIntelが欠陥のあるペンティアムチップは全て交換いたしますといえば、事態はおさまったろう。そうではなく、Intelはユーザーの使い方では、ペンティアムチップが問題をおこし得ると同社が判断した場合のみ、交換に応じるといったのだ。Intelのユーザーはいらだった。チップが重大な悪影響を及ぼしたのだ。

11月25日金曜日:この週末、インターネットのユーモアニューズグループにペンティアムをさかなにしたジョークが急速に現われ始めた。

11月27日日曜日:Intelのアンドリュー・グローブ社長の書き込みがインターネットのニューズグループcomp.sys.intelに載ったが、その"リターンアドレス"はだれか他の人のものであった。(アンドリュー・グローブ社長の書き込み原文)

この書き込みには問題点が二つあった。

1.グローブ社長のメッセージは、自分のアドレスで書き込まれたものではないので、読者の多くはこれを本人を偽装する偽のメッセージで、誰かグローブ社長以外の人物が書いたものと考えた。

2.そもそもそうした記事が、まずインターネットに書き込まれるてはならなかったのだ。時として、インターネットを使ってはいけない場合もあるのだ。通常のプレスリリースを載せるのであれば、よいだろう。新製品のアナウンスも、よいだろう。けれども、あなたの会社がNew York Times上で派手な記事になっている時に、電子メールというのはあまりにありきたりで、平凡で、陳腐だ。ごく簡単な解決策が最善という場合もあれば、より壮大で格式張った方法のほうが有効な場合もあるのだ。Intelは、いわば暴走するサイを、蝿たたきで止めようとしたのだ。同社はプレスコンファレンスを召集すべきだったのだ。グローブ社長の電子メールは、火にいっそう油を注ぐことになっただけである。

11月28日月曜日:インターネットのニューズグループは、"まったく我々の信用に値しない会社であることを、争う余地もなく示している。いったいどういうことになっているのか、いまだに把握しそこねているように見える。"といった怒りのメッセージで溢れた。Intelからは、誰もこうした書き込みに反応していない。

11月29日-12月11日:Intelは、ポイントがわかっていないという何千通のメッセージと電話を受けた。Intelはインターネット上のユーモア関連の場所で、笑いのたねになった。:

状況は、もはや論理的な対応というレベルを超えるまでに悪化した。ユーザーたちは、Intelは製品に責任をもたないのだと考えるようになった。騒ぎが大きくなる一方、Intelは沈黙状態のまま。

12月12日月曜日:IBMがプレスリリースを出した。:IBMペンテイアム搭載のPC出荷停止。Intelは、これに対して、IntelはIBMの出荷停止はいわれのないものだと反論した。インターネットのアナリストたちは即座にIBMの主張には誇張があると説明したが、誰もIntelを信じようとしなかった。

12月14日水曜日:Intelは、この状況を冷静に説明する白書を発行した。けれども、もう遅すぎた。Intelの回線は、心配した、あるいは怒った顧客からの何万本という電話でパンクした。

12月16日金曜日:Intelの株式の終値は$59.50で、この週に$3.25下げた。

12月19日月曜日:New York Timesがローリー・フリンによる記事を、Intel社はペンティアムチップに対しての一般的な不安に直面という見出しで掲載した。その記事には、Intelに対して8件のPL訴訟と、株主訴訟がおこされているとあった。フリンはフロリダの副検事総長ピート・アントナッチの言葉を引用していた。:"ちゃちなとうちゃんかあちゃん経営のガレージ企業のようなふるまいはやめて、きちんとした一流企業らしい行動をとるべきだ。"それと同じ頃New York Timesに載ったニュージャージーネッツバスケットボールチームの記事が、ネッツの連中はペンティアムのように精度にかけているという見出しで掲載された。Intelがふんだんに資金を投じて宣伝してきたブランド名が、侮辱に変ってしまったのだ。

12月20日火曜日:Intelは最終的にその非を認め、欠陥のある全てのペンティアムチップは要求あり次第交換すると発表した。同社は、この費用対策として$4億2千万ドルを準備した。顧客に対応するために何百人の顧客サービス要員を雇用した。インターネットのニューズグループの書き込みを読んで、Intelあるいは同社の製品にかかわるあらゆる書き込みに対して対応できるようにするため専任社員を4人割り当てた。

1995年1月:Intelは、1995年の末までにIntelが製造可能なペンティアムチップを全て購入してもらえるという確約を得られた。

このケースから、インターネットでの広報について学べる教訓はなんだろうか?まず第一は、電子メールの苦情にたいしては、できるだけ早く回答すべきだということである。あなたの会社が、社員にニューズグループをモニターさせていない限りは、送られてくる電子メールメッセージが、あなたの会社の深刻な問題にたいする最初の兆しになることがありうるだろう。電子メールの苦情を一通受け取った時には、ナイスリー博士のメッセージでおきたように、その苦情を何百人もの人がインターネットに流したらどうなるかを考えてみよう。インターネットのあらゆる危機について、対応速度がきわめて重要だ。

もう一つの明白な結論は、あなたの会社に問題があるという何百ものメッセージやら、ニューズグループへの書き込みがあった場合、そして自分たちには非がないと思っている場合には、再考してみるべきである。その場合には、間違いなくあなたの会社に問題があるのだ。技術的な問題はないかもしれないが、広報上の問題がある。Intelはこういったのだ。"ペンティアムチップには欠陥があります。けれども、それはたいしたことではないものです。"そこで、Intelの顧客はこういった。"それでも問題だ"と。Intelはこう答えたのだ。"いいえ、問題ではないのです。"そして、Intelはよかれと思っていったにせよ、インターネット上の何千人もの顧客は、Intelが自分達に向かってバーチャルあかんべーをしていると確信したのだ。今にして思えば、えらく簡単なことのように思えるが、Intelは事実をつかんでおり、その事実に意味があると思い込んでいたのだ。ところが、そうではなかった。自分が絶対に正しいと確信がある場合にこそ、この種の失敗をしがちなのである。検察官に尋ねてみればわかることだ。事実と、裁判の結果とはほとんど関係がないのだ。:事実をどのように表現、提示して、陪審人に影響を与えるかが問題なのだ。

通常のメディアとは異なり、インターネットの場合には、メッセージをろ過する過程がない。沢山のメッセージが短時間に色々な人によって書き込まれるのだ。会社のメディア担当者が、インターネットの書き込みにたいして、情報操作をすることは不可能だ。それが、インターネットの書き込みをモニターしておくことが大事で、事後処理ではない、先手をうって情報を書き込むことが必要なのだという理由である。もしIntelが6月に、ペンティアムの欠陥について書き込みをしていれば、それ以降におきたほとんど全てのことが避けられていただろう。

インターネットの場合、メッセージをろ過する過程がないということから生じるもう一つの結果は、ニューズグループでは誇張されてしまうということだ。あなたの会社について、誰かが誇張した、あるいは怒りのメッセージをニューズグループに書き込んだ場合、あるいはフレームの電子メールを書き込んだ場合には、今Intelがとっている手段を使うことができる。同社では、大変な騒ぎの場合であっても、普通そこに油を注いでいるのは、5、6人あるいはもっと少数のメンバーだと判断している。そうしたメンバーは、なかでも一番感情的に激高しており、もっともまめに書き込みをし、他の人のメッセージをコピーして複数のニユーズグループに書き込んで、自分たちの立場の声を広げようとする。まず最初に、そうした扇動者がだれかを確定することだ。これが非常に重要だ。確執しているのは誰なのか? けしかけているのは誰なのだろう? 相手の一人一人に直接電子メールを送ってみよう。なだめるような調子で。相手の言い分はもっともで、こちらでもこれは深刻な問題であることは分かっていると、丁寧に言って見るのだ。相手に自分の直通電話番号を教え、すぐさま事態を解決したいので、なるべく早く都合の良いときに電話をして欲しいと伝えるのだ。ここでは電話が鍵だ。相手が電話をかけてきさえすれば、相手に悔い改めても貰えよう。それが人間というものの性格なのだ。自分で直接しらない個人や、会社のほうがフレーム攻撃をしやすいものである。けれども、一度直接に連絡をとってしまうと、ギブアンドテーク的なやり取りをするのはずっと楽になる。Intelは、この戦術を活用して何度も成功している。Intelのある担当者が、強烈なフレームの当人を説得して、それまでニューズグループに書き込んだ記事をあらためさせたことさえある。

あなたの会社について、こうした問題が継続しているような状況があり、それがインターネットで再三議論されているような場合には、メッセージを一つ書いたあと、一週間じっとしているようではいけない。たとえ、会社側の意見の繰り替えしになってしまう場合でも、あなたの会社の誰かが、継続的にその議論の中で発言していることが大切なのだ。ペンティアムのケースの場合、Intelによる一件の書き込みのほうが、優に一般大衆による100の書き込みよりも重みがあった。

インターネットでおきているあらゆることが、既存のメディアによって取り上げられる可能性があることを忘れずに。レポーターたちがインターネットを情報源として使うようになっていなければ、Intelのチップの些細な欠陥がメディアで大々的に取り上げられることもなく、それに続く狂乱もなかっただろう。世界中のニューズグループのあらゆる書き込みとてNew York Times記事ほどのインパクトはない。

会社の広報活動を全てインターネットでやろうとしてはいけない。インターネットは、広報活動のメディアミックスの一環として利用すべきであって、活動の全てとしてはいけないのだ。Intelのアンディー・グローブ社長のメッセージの例で明らかなように、ものによってはインターネット以外の場所でしたほうが良い結果を生むようなこともあるのだ。


1995, 1996 Vince Emery Productions. All rights reserved.

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