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みやこうせい

羊と樅の木の歌

ルーマニア民俗写真展
ルーマニア民俗写真展
  • 2008年4月10日-7月末日
  • 会場 宮沢賢治イーハートーブ館
  • 主催 宮沢賢治イーハトーブ館
       宮沢賢治イーハトーブセンター
  • 開館時間 午前8時30分-午後5時(入館午後4時30分まで)
  • 休館日 12月28日から1月1日
  • 所在地 025-0014 岩手県花巻市高松1-1-1
  • TEL 0198-31-2116 Fax 0198-31-2132
  • 入館無料
  • アクセス

人呼んで、世界の中心- - -

                                  みやこうせい

 1965年のこと。8日がかりでシベリアを汽車で抜け、ヨーロッパとアジアの境界のウラル山脈をまたぎ、白夜のモスクワに行った。それから1ケ月後には、パリへ向けて旅立ち、途次、まったく未知の国ルーマニアの国境の駅に降り立った。ぼくは、はじめから、ラテン系の血の騒ぐ(あるいは奔流しざわめく)ルーマニアの人々に、心から魅せられて、どうにも足が抜けなくなってしまった。
 住民の、そう、神がかりめいた親切さ、あたたかさに感じ入った。人々の情に何度も涙した。右も左も、一・二・三も分らない、極東からの旅人を人々は手あつくもてなし、どこの家へ行っても、あなたは家の人だからいつまでもいなさいといわれ、別れる時にあの人達ははじめじんわりやがてぽろぽろ涙するのである。
 ルーマニア人だったら、会う人に例外なくマラムレシュヘ行ったか、行かなかったら必ず行きなさい、という。マラムレシュは、ルーマニア北々西部のカルパチア山脈とその山系にいとしく囲まれ、というより抱かれて、地理学でいう所の陥没地帯に位置している。ここには、農業と牧畜を生活のたつきとする人が谷筋や山合いの村に住みなしている。ルーマニア人いわく、マラムレシュはルーマニアの原点である。人々は客好きで、とても親切で、伝統をていねいに保っている、云々- - -。
 ルーマニアに入って3ケ月になんなんとする頃、やっとカルパチアのけわしい山並みを越えて、この地域に入った。山嶺からは浅黄に霞むウクライナの山が見える。羊腸の道をなかば酩酊しつつ下ってひなびた村に入る。おや、いつか、どこかで見た光景だ。雰囲気だ。なんだ、これはかなり前の遠野あたりではないか?人々は柾屋根やら、おお懐かしい草葺きの家に、動物と一緒に住んで、むしろ歌うように大声で話している。あるいは歌って話す。まるでオペラの舞台を見ているようだ。言葉には強いナマリがある。
 ぼくはこの地方の風物、風俗、伝統に心身ともにとらわれ、行く程にあらゆるモメントを記録したくなった。数年かけて、言葉を何とか覚えて見聞したことどもを記す。文を書きながら写真をとる。心身からなる生き方をしている人達はひしとひたすらひたむきひたぶるで五感を十分に発揮して、原石のようで、故にあらゆるしぐさが心のかたちを表わし、従い、見者にいともうるわしいイメージを結ばせる。それを感得し、ぼくは風物をレンズに収めたのである。ヨーロッパの識者、学者の言を俟つまでもなく、マラムレシュは過ぎ去ったヨーロッパの農民文化の核であると間もなく悟った。数百年前のヨーロッパがここにはあった。ぼくはここを世界の中心と名づけた。実際、マラムレシュはウラル山脈がヨーロッパ大陸のはじまりとすると、東西南北を楚々とけみして正にその中心にあたる。人々は、ヨーロッパ・キロメートル・ゼロといって、パリやロンドンは辺境と冗談をいい、胸を張る。日本人でありつつ、このバルカンの地に、何かしら一しお、懐しさを覚えて、奥へ奥へと分け入った。民は村落共同体の中にあり、互い慈しむ。大事なことは、アウタルキー、つまり、農牧の民は衣食住とも、自給自足の生活を営んでいた。そこから来る人々の誇り、自信である。醜悪で滑稽でもあった強権の独裁を伴うカッコ付きの“社会主義”の時代をへて、人々は、たくましく生きついで来た。ここは最後のヨーロッパ、最後の楽園だったとためらいなく断言できる。
 マラムレシュをモノクロのフイルムでとらえた数十年の記録から、風物の色彩、人々の肉声、風の彷裡・花の芳香を感じ取っていただけたら幸甚である。これからこの地域は悪しきグローバリゼーションによって徐々に変化を見ることであろう。センチメンタルな意味からではなく、温故知新と心の中で呟く自分である。ルーマニアの識者もフォークロアの肝要さを説いて、本当に新しいものは、真底、伝統を究めることによって生れると主張している。この言葉を心身ともにかみしめて、次のフィールドに携わりたい。
 最後に、色彩を遠心求心して想像力をいたく喚起する、つまり、色彩の正に拡散し収斂する磁場というべきモノクローム(ぼくは、ここで、ゆっくりなくもドストエフスキーがどこへ赴こうとラフアエッロの絵のモノクロのとても粗末なレプリカを持ち歩いて、壁に貼り、凝視して天上愛に立ちすくみ涙していたことを想起する。ド氏は西行のそれとあたかも重なるかの心の色で白黒の絵を染めていたであろうと改めて胸を熱くする)の写真展を企画された慧眼のスタッフに心から敬意と感謝の念を捧げます。


                               2008年4月3日

みやこうせい・プロフィール〉

エッセイスト。ルポ、ノンフィクション、メルヘン、批評、翻訳と幅広く活躍。

ルーマニアへ100回以上渡り、ユーラシアを舞台にフィールドワークを続ける。

ルーマニア学術文化会議会員。

著書 「明日は貴族だ日(絶版・あすなろ社)
「地球放浪」(絶版・あすなろ社)
「羊と樅の木の歌」(絶版・朝日選書)
「ルーマニアの小さな村から」(絶版・NHKブックス)
「マラムレシュ一ルーマニアの村のフォークロア」(未知谷)
「メルヘン紀行」(未知谷)
「ルーマニア一人・酒・歌一」(東京書籍)
「森のかなたのミューズ達−ルーマニア音楽誌」(音楽之友社)
「ユーラシア無限軌道」(木犀社)
翻訳 「ボリボン」(マレーク・ヴェロニカ 作・絵・福音館書店)
「もしゃもしゃちゃん」(M・ヴェロニカ 作・絵・福音館書店)
「サンタクロースとぎんのくま」(M・ヴェロニ力 作・絵・福音館書店)
「金の魚」(プーシキン作・岸田今日子他朗読、未知谷)
「金の鶏」(プーシキン作・岸田今日子他朗読、未知谷)
写真集 「羊の地平線」(国書刊行会) 「ルーマニアの赤い薔薇」(日本ヴォーグ社)
「ルーマニア賛歌-Europe of Europe-」(平凡社)
「アレクサンドル・ソクーロフ」(未知谷)
「ユーリー・ノルシュテイン」(未知谷)
「羊と樅の木の人々」(未知谷)
共 著 「魔女に会った」(角野栄子氏と。福音館書店) 「西洋温泉事情」(池内紀氏と。鹿島出版会)
「そのへんを」(まど・みちお氏と。未知谷)
他、フランス、ルーマニア、イタリアで出版。
掲載紙誌、国内主要紙誌、DIE ZEIT、GEO(ともにドイツ)など多数。
写真展 州立ノルディコ美術館(リンツ市)、オーストリア国立民俗博物館(ウィーン)、国立舞踊学校(ローマ)、国立人類博物館(シャイヨー宮・パリ、10ケ月間開催。
他、NY、ミラノ、ヴェニス、イゼール、シビウ(2007年度ヨーロッパ文化首都の招待写真展)、ちひろ美術館、県立歴史資料館・黎明館(鹿児島)ほか、熊本、大阪、盛岡、東京、本荘、etc。2008年に作品70点がマラムレシュ民俗博物館に永久保存、展示決定。
フランス国営放送、ルーマニア国営放送、PROTV、NHK第1、NHKFM、ラジオ談話室、日曜喫茶室、ラジオ深夜便、ラジオ夕刊、放送記念日特集など多数出演。
講演 東大(表象文化論講座)、東海大(人類学)、武蔵野美大(芸術学部)、早大(文化人類学会)ほか多数。

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