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マラムレシュ書評 日刊ゲンダイ

2000年3月9日号
新刊読みどころ

マラムレシュ
やこうせい著

 みやこうせい、もう35年ほどもルーマニアの辺境に魅せられてきた人だ。エッセー、写真、童話、ノンフィクションなど、多彩な本を出しているが、ほとんどがルーマニア農牧民の暮らしにかかわる。それほどに、かの地域の人々に-その信仰や儀礼や呪術(じゅじゅつ)に、仕事や,歌やダンスに、そして羊やモミの木や干し草に惚(ほ)れ込んでしまった人だ。なおかつ異境の深みにはまることの怖さも知った人だ。

 かつて、次のように書いたことがある。「土地や人について不遜(ふそん)にも分かったと思うほど、つまり、明の部分が展(ひら)けると闇(やみ)の部分も大きくなっていく。ふとした人の仕草の意味が解けまで、数年かった例もある」(「羊と樅の木の歌」朝日選書)

 思いきって言ってしまいたい。アジアでもヨーロッパでもどこでもいい、異邦の人と民俗とを書いて、一みやこうせいほどに思いやりがあって、畏(おそ)れも知っていて、かといって美化もせず、求心的に本質に迫る姿勢を保ちつづける書き手が、ほかに何人いるだろうか。さしあたってただの一人も思い出せない。

 本書の題名となったマラムレシュは、ルーマニアの中でも著者が最もひんぱんに訪ねている地方である。「ヨーロッパのエポケットで隠れ里、いわば奥の細道のそのまたた奥所でもある」という。今でも中世が生きていて、ときどき「悪魔」が出没したといううわさも走る。純朴だからいいとか、近代的でないところがいいというのではない。そんな無責任なことを、著者は決して書かない。みやこうせいが心からの感動をもって書くのは、村の半農半牧の人々が五感を十全に働かせて生きているさまである。彼らの表情の豊かさである。とくに、無数の参列者がひしめいて天を仰ぎ、地にひれ伏し、声の限りに泣き、身をよじって叫び、そして歌い続ける葬式の場面は圧巻。

 文章が美しい。読み手の心をはるばると広がらせ、なごませる。「ルーマニアの小さな村から」(NHKブックス1990年)の再刊。(狐)

未知谷 2200円)


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