8月9日(水)薄曇り、時々雨

 鏡平へ。朝、4時26分に車で家を出発。松本に着いたのは、7時であった。途中、パーキングで食事をしようと思って立ち寄るが、営業していない。以前は、朝早くでも営業していたのだが、不景気なせいか、やっていない。しょうがないので、売店でおにぎりを買う。新穂高温泉に、8時26分に到着。安房トンネルができて、早く着ける。登山口に、村営の有料駐車場があるので、そこに留める。8時50分に歩き始める。笠ヶ岳新道への分岐に着いたのは、9時55分である。途中、トラックと行き違う。このあたりは、大規模な治山工事をやっていて、数年前に来たときと同じである。見ると、数年前と違って、河原に石で組まれたブロックがある。笠ヶ岳の分岐から数分でわさび平に着く。ここは、小屋は新しく、トイレも綺麗である。小屋の前では、登山者が休んでいた。ほとんどが下山者である。鏡平には、14時6分に到着した。
 小屋で宿泊の手続きをして、部屋に案内される。なーんと、今日は、布団一枚に寝れる。ラッキーである。混んでいると思っていたので、覚悟を決めていたのだが、まだ、混んでいない。布団の上で休んでいると、久々の登山であったせいで、足がつりそうなった。ストレッチをしたりして、少し休んだ後、食堂に行く。外は、雨が降り始めていた。やることもないので、そこで、『なんで山にのぼるねん』を借りて読む。なかなか面白い。青春の日記と言うべきもので、山に関わる出来事や人間のエピソードが語られているのだ。
 夕食後、雨がやんで、穂高連峰が見れるようなった。

写真を撮りに行くと、人がたくさんいて写真を撮っている。雨の中登って良かったと言っている。ハッセルブラッドを二台、アサペン67を一台、LEICAを一台、見かけた。小屋を手伝いしている女の子は、ニコンF4を、もう一人の女の子は、CONTAX Gを持って撮っていた。写真を撮りながら、小屋の手伝いをしているのである。時代が変わったなあ、とつくづく思う。小屋に戻って、受付の所にいたら、村営の駐車場は、とても高くて、三日も停めたら一万円を超えてしまうので、そこには車を停めなかったといっているのである。えっ、そこに停めているじゃないか、まあー、いいや、天気も悪いし、明日雨が降っていたら、登らないで帰ればいいやと思ったのである。ホントは、雲ノ平まで行こうと思っていたのであるが、三泊しなけれならなく、駐車場代が一万円を超えてしまうのは確実である。それなら、朝、雨が降っていなければ、笠ヶ岳を登れば良いじゃないかと、計画を変更。なんといい加減。
 朝早かったので、七時くらいに、眠たくなったので寝る。人ががやがやしているので、もう、朝かなあと思って時計を見たら、まだ、九時であった。就寝時間になったので、人が部屋に戻ったのである。また、寝てしまったのだが、突然、「ひゃー」と言う怯えた声に起こされた。寝言なのである。怖い体験をしたのではないだろうか。時計を見たら、二時であった。そのあと、同じ人物が、今度は、いびきをかき始めて、寝れなくなってしまった。

8月10日(木)薄曇り、時々晴れ、時々雨、夕方、土砂降り
 やってしまった!
 朝、5時起床。ガスで一面何も見えない。雨は降ってないようである。昨日の人物を特定したら、なんとはげのおっさんであった。あんな、恐怖におののいた声を上げなくても良いのにとは、思ったが、まあ、しょうがない。食堂に行き、食事をしていると、隣のおばさんが、外が霧なのは、鏡平が湿原だからかと言っているのである。それなら、槍も穂高も霧なので、槍も穂高も湿原になってしまうのである。であるので、それは違いますとは言ったのだが、大丈夫だろうか?
 6時、出発の時間となって、登るか、下るか、どうしようかと思ったが、とりあえず、雨が降っていないので、笠ヶ岳に登ることにした。途中、下山してくるパーティに多数会う。途中で、待っていると、リーダー格のおっさんが、待っているといつまでも登れないと余計なことを言う。そんなのわかっているのである。最近の老人の登山者は、ほんとに山のルールをしらない。普通は、リーダーが避けさせて待たせるのである。だいたい、最近、山を始めたばかりで、北アルプスを少し登ったりすると、いっぱしの者になった気持になってしまうのが困る。これは、老人特有なものだね。だいたい、小屋に泊まって、大声でしゃべって、傍若無人に振る舞うのはこの手のものでもある。ホントは、山に来ちゃいけないのだけれど、暇と金があるのでしょうがない。今の登山ブームを支えているのが、この年齢層である。これらが引退するまで続くと思うと、恐ろしい。
 弓折岳に7時10分に到着。そのまま、稜線を下降して、大のま乗越に、7時25分に着く。そこから、上り下りを繰り返して、秩父平に8時55分に着く。ここは、カールで、残雪もあって、お花畑が広がっていて、とても素晴らしいところである。少し、休んでいると、笠ヶ岳へ向かうおばさんが、抜き戸岩は、どこですかねと聞いてくるので、分岐をすぎてからあると言うと、そんなはずはないと言う。実は、二回、これを聞かれましたね。ちゃんと、地図を読んでいるのだろうか。明らかに、笠新道の分岐の先にあるのである。笠新道への分岐に10時到着。 そこで、大休止をする。時たま、下界の視界が開ける。40分ほど休んで、笠ヶ岳に向かう。笠ヶ岳には、ガスがかかっていて、見えない。稜線を上り下りして、小屋に11時52分に到着した。小屋から、頂上に向かう。15分くらいで到着。頂上には、人が、4,5人いるだけで、霧で何も見えない。記念写真を撮ってもらって、そうそうに下る。小屋に近づくと、大声でしゃべっているのが聞こえる。今日、ここに泊まるおばさんたちが大声でしゃべっているのである。
 小屋の外でしばし休み、もと来た道を戻る。再び、分岐に着いたのは、13時30分であった。笠新道への分岐は、新しくされたもので、前のものは、手前にある。以前の笠新道は、杓子平から、トラバースしながら、直登するように稜線に出る。見てみると下れないわけではない。この道が廃止されたのは、落石があるからだろうか。廃止されているので、とりあえず、新しい道を下る。この道は、稜線から一度登ってから杓子平へと下る。杓子平は、カールの底で、水が豊富なせいか、お花畑が発達している。とても美しいところで、途中、穂高連峰、乗鞍を見渡せる。

これなら、笠新道を登っても良いと思わせる。14時40分に、杓子平に着く。ここから、樹林帯に入り、岩の道を下ってくる。もともと、左膝が悪く、下る際に曲げると、膝が痛い。ところが、このときには、膝の痛みは感じなくなっていた。直ってしまったのではないかと思った。要は、歩き疲れたのである。この道を延々下り、新穂高への道に着いたのは、17時23分であった。本当に疲れた。本来ならこのコースは、笠ヶ岳小屋に一泊して帰るのである。そうすれば、歩行時間は5,6時間程度であるが、今日は、10時間以上歩いてしまった。これは、歩きすぎである。やってしまったのである。
 しばし、休んでいると、雨が降り始めた。にわか雨は、何回もあったので、上だけ合羽を着て新穂高へ歩き始めた。途中、土砂降りとなり、ザックカバーの底に水が溜まってしまった。下は、合羽ははいていなかったので、ずぶ濡れになってしまった。途中、何人か登ってくる人がいたが、それ以外、誰にも会わなかった。新穂高の駐車場に着いたときには、雨は上がっていた。18時20分であった。駐車料金は、なんーと、三千六百円である。高い!
 駐車場を出て、新穂高の無料の温泉場に入る。ここは、19時で終了なのであるが、他にも2,3人入っていた。足をよくもんで、ストレッチすると、足の痛みが軽減される。年なので、やはり、温泉のある山行じゃなければだめなのである。で、結局、家に着いたのは、23時20分であった。