【切り絵】コラム --------------------------------------

「スター雑感」   2020年3月 記

 ここのところ、羽生結弦くんを何点か続けて切っている。厳密には肖像権に触れるのだろうが、一点ものだし、商売にしているわけでもないから、「まあ大丈夫だろう」と勝手に思って、ネットで見つけた写真を様々にアレンジして切り絵にしている。それにしても、絵になる男だ。どのポーズも表情もキマっていて、まさにスターだ。一体スター性って何なのだろうか。

 僕には息子が一人いるのだが、彼が音楽に関してはほぼ天才で、4歳の時、電車の発車サイン音にソラシドとか呟いていたので、自宅でピアノの音を黒鍵も含めて無作為に弾いたら、すべての音を言い当てたのには仰天した。以来バイオリンを習い始めて20年、いまやバッハの無伴奏ソナタでもパガニーニの超絶技巧でも何でも弾きこなす。
 早稲田の理工を卒業してからもう一度バイオリンを極めたいと言うので、東京音大の大学院を受験したら難なく受かってこれにも驚いた。卒業後はてっきり音楽の道に進むのかと思っていたら、やっぱりコンピューターの道で食べていくと言う。理由を聞いたら、「僕よりもすごい人は世界中に山ほどいるから・・・」。なるほどソリストとして一流になるには、演奏のテクニックだけではなく、いわゆるスター性がいちばんの問題となる。そのことを彼は大学院時代に嫌というほど実感したのだと思う。

 僕のもう一つの趣味であるギターの世界でも同じようなことを感じる。YouTubeなどを見ると実に多くのアマチュアシンガーがいるが、そのほとんどが無名だ。ギターが上手くて、良い歌を歌っていてもなぜか再生回数が伸びない。時折出かけるアマチュアのライブでも、ステージでグッと聴衆を惹きつける人もいれば、まったく盛り上がらない人もいる。同様に同じプロでも武道館をいっぱいにする人もいれば、小さなライブ会場でさえ満席にできない人もいる。この差はやはり、持って生まれた?スター性なのだろうか。
 以前、立川談志が高座でこんなことを言っていた。「客は落語を聴きに来るんじゃない。俺を観に来るんだ」。我が家は大の柳家小三治ファンなのだが、わざわざチケットを買って出かけるのは、確かに彼の噺を聴きたいだけでなく、彼に会いたい、彼の存在を感じたいからなのかもしれない。

 思えば「切り絵」ほどスター性に乏しい芸術はない。まずは、書や絵画と違って大きなコンクールがない。誰でも知っているような有名な作家もいない。年に一回上野で開かれる「切り絵展」でも、作品数は多いものの来場者はわずかで華々しさもなく、まるで文化の日とかに開かれる同好会展示のようだった。すごい人はたくさんいるのだから、何とか誰か一人でも世界に通用するようなスターが現れないものだろうか?
 せめて古今東西のスターを切ることで、「切り絵」の魅力を伝えていこうと思う。それにしても羽生結弦くん、すごい練習量からくるのだろうけれど、カッコ良すぎるぞ!