【切り絵】コラム --------------------------------------

「ギター」    2020年1月30日 記
 

 切り絵に興味を持ってから、最初に切りたいと思ったのは「ギター」だった。矢継ぎ早に数点を切って飽きることがなかった。それだけ、ギターは僕にとって重要なアイテムなのだ。
 僕の大学時代は、まさにフォーク全盛、「ヨースイ」「コーセツ」「タクロー」と、アーティストたちをあたかも兄貴のように呼んで、黙々と練習していた同級生も多かった。歌うのも楽しかったが、何よりギターを弾けると女子にモテた。そんな不純な動機も手伝って、僕も当時人気だったモーリスの安いギターを買い込み、サークルの合宿などに行くと、最低限のコードで伴奏しては女の子たちと一緒に流行りのフォークソングを歌った。
 あれから40年。リタイア後に何をやろうかと迷っていた僕は、テレビから流れてきた古いスペインのギター曲に心を動かされ、物置で眠っていたヤマハのガットギターを引っ張り出してきた。それなりに練習してみたが、どうもうまくいかない。要は「運指」(fingering)が難しすぎるのだ。かといって今さら古いフォークソングなどを歌っても、誰も聴いてくれないし、一人では全然楽しくない。半分諦めかけた頃に、隣駅の大塚に「フォーク・バー」なるものがあることを知った。もしかしたら、誰かと一緒に歌えるかもしれないノ。意を決しておずおずと店の扉を開けた。
 最初に驚いたのは、常連客のいかにも楽しそうな歌声だった。しかも、ギターが上手い。カラオケは機械に歌わされている感じだが、ここでは自分の歌に合わせて楽器が鳴っている。それもしゃれたジャズボーカルなどではなく、(お酒も手伝って)ある意味「はちゃめちゃ」な演奏でもOKだ。思いおもいに巧みにギターを弾きこなしながら、自分の唄を歌っている客たちに、僕の目は釘付けになった。「この人たちのようになりたい」。以来、この店の常連になった。
 家で練習しては店で披露し、うまく行ったり行かなかったり。友だちもできて、それまで知らなかった曲にも出会った。それはとても新鮮な経験だった。友人たちの名演に憧れて、あれもこれもと手当たり次第に歌っていたある日、テレビで作詞家のなかにし礼の一言に、思わずハッとした。「人生で歌える歌は1曲でいいい。それが自分にとっての魂の歌だ」。そういえば、常連たちは、いつもほぼ同じ歌を歌っている。それが、上手くて味がある。オリジナルも多い。
 それからの僕は、自分の唄を数曲決めて、それをもっぱら練習することにした。作詞・作曲にも挑戦した。気がつけば、初めてこの店のドアを開けてから6年、未だこの一曲という歌が見つかっていない。僕は「魂の歌」を求めて、いまもさまよっている。
 ともあれ、新しく買ったギターや店で知り合った仲間たちは、僕にとってかけがえのない財産になっていることだけは確かだ。