【切り絵】コラム --------------------------------------

人形と切り絵            2020年1月20日 記
 

 結婚後、間もなくして両親と同居することになった。私は30歳の駆け出しの歯科医、妻は23歳だった。親の意向に反して私が東京に留まったために、親が半ば折れる形で故郷を離れることにしたのだった。若くして夫の親と暮らすことになった家内は随分と不安があったと思う。盆暮れなどに実家から帰るときなどは、よく車の中で涙ぐんでいた。彼女が持ち帰った荷物の中に、一体の人形があった。「しんちゃん」という名のやや大きめな男の子の抱き人形は、家内が小さい頃から大事にしていたものらしい。きっと義母と嫌なことがあったときなどに、その子はそっと家内を癒してくれていたのだろうと思う。

 それから40年近くの月日が流れた。すでにお互いの両親も亡くなり、いまはリタイアした私との穏やかな日々となった。数年前の引っ越しの際に、さすがに邪魔になったこの人形を処分しようとしたことがある。家庭ゴミというわけにもいかず、「人形供養」をしてくれるというお寺に依頼することにした。綺麗な布に包んで預けてきた後に、家内は一人ぼっちで置かれていた姿が忘れられず、次の日に再び寺に出向き、その子を持ち帰ってきた。以来人形はますます古びて、服は黄ばみ、顔や手に拭っても取れない汚れが染み付いているが、そんな経過を知ってかしらずか、その子はいまも家内の部屋に静かに鎮座している。

 さて、切り絵である。リタイア後に手慰みに始めた自己流の切り絵に、すっかりハマってしまい、いまや数十点を超えるまでになった。興味のない人からしたら、まさにゴミである。私の亡き後に、この子(作品)たちはどうなってしまうのだろう。いまのところ、我が子供たちはほとんど興味を示さないから、きっと、「処分に困るんだろうなあ」と思ってしまう。願わくば、家内のあの人形のように、いつまでも手元に置いて欲しいと思うのだが・・・。