こっくりさん研究同好調査会報告記録





■こっくりon Media:こっくりさんに関する本とか映画とか

『くるぐる使い』大槻ケンヂ・早川書房

第二十五回星雲賞受賞作である。
頭のいかれた(=くるぐる)娘に芸をさせる大道芸人の話。普通の少女をくるぐるにしてしまう時に使うのが「コックリさん」である。

 コックリさんなんかやらせるといちころなんだよ。
 ホラ、よくコックリさんをしていた女生徒が狐憑きみたいになっちまったなんて話しを聞くだろう。アレはね、別に悪霊が取り憑いたとかそんなんじゃない。コックリさんは人を暗示にかけて、心の奥から潜在意識を引っぱり出す遊びなんだ。そんなことをまだ心の未完成な娘がやったらどうなると思う……ヒステリーを起こし人格が分裂して、即席くるぐる一丁上がり!……だよ。 (P44)

 以後、約6ページにわたって、語り手が、コックリさんを使って少女をくるぐるにしてしまう描写が続くのである。
  こっくりさんの緊張感と恐ろしさとある種のマヌケさを迫力をもって描写したコックリプレイシーンを有するこの短編は、日本こっくり文学の最高峰であると言っても過言ではないのである

『憑依教室』大原まり子・学研

少女が出てくるホラーアンソロジー「少女怪談」や、朝日ソノラマ『恐怖のカタチ』に収録されている短編。

 つまり、一枚の紙にまず鳥居の入り口と出口をつくり、<はい>と<いいえ>のコーナーをまん中に、そのまわりに五十音順で“あ”から“ん”まで書く。濁音も書く。
 紙の余白に十円玉を置き、数人が同時に小指をのせて、コックリさん、コックリさん、コックリさん、どうかここへ降りて鳥居の入り口までお入りください、ととなえる。そしてしばらくするとそこになにかが降りてきて、グルグル十円玉が動き出すというわけだ。
 みんな小指をのせているだけで、自分は動かしていないという。だが、十円玉は確かに動くのだ。のろのろ、ゆるゆる、ふらふら、意味もなく、そして時にはものすごい勢いで、意味のある言葉をつづりながら。 (「少女怪談」P247)

と、こっくりさんの描写が詳しい。小指をのせるというのが特徴的。
「小指」であることによって、少女の繊細さ、不安、美しさが、よりいっそう際立ってくる。

「コックリさん、コックリさん、コックリさん、きょうはどうもありがとうございました。どうぞ鳥居の出口のところまでお進みください!」
 ところが十円玉は、茅乃の小指の下でピクリとも動かない。
(「少女怪談」P250)


『エクソシスト』ウィリアム・ピーター・ブラッティ・新潮社
映画では描かれなかったが、原作では、悪霊が取憑かれる前に少女が、ウィジャ盤で遊んでいる描写がある。

 「そうよ、あたしがやるのよ! ママが手を出したら、キャプテン・ハウディが《ノー》っていったでしょう?」
「キャプテン誰?」
「キャプテン・ハウディよ」
「それ、どこの人?」
「あら、知らないの、ママ? あたしが質問すると、何でも答えてくれる人よ」
「まあ!」 (P40)


小説は、このキャプテン・ハウディを使って、少女の内なる心を暗示させる効果的なシーンを作り上げている。 少女リーガンの母親は、映画界のスター女優である。

リーガンは指の先をプランセットに載せて、板の上をみつめた。顔が緊張でこわばっている。「キャプテン・ハウディ! あたしのママをきれいだと思う?」
一秒…五秒…十秒…二十秒…
「キャプテン・ハウディ! お返事は?」 (P41)


キャプテン・ハウディは、がんとして答えようとしない。さらに効果的なことに、このウィジャ盤(原作ではウィージャ盤)は、昔、母親自身が購入していたものなのだ。




『心霊恐怖レポート うしろの百太郎』コックリ殺人編 つのだじろう・講談社漫画文庫
こっくりさんを語る上でかかせぬ本といえば、やはり「うしろの百太郎」であろう。
第四章「コックリ殺人編」で、こっくりさんが扱われている。

このごろ 各地の学校のクラス会で“霊はあるか ないか”の論争がおこなわれ 霊を信じない先生が こんなことをいったが 答えてくれというファンレターが おおいので マンガの中で その一部に お答えします。 (1巻P313)

ということで、霊の存在を信じない先生と、主人公の一太郎の議論がはじまり、これが事件の発端となる。
霊魂がほんとうにあるのかどうか実験をしようという先生の提案から、放課後、教室でコックリさんをやることになるのである。
この時のコックリさんの方法は、オチョコと油をつかうという、ちょっと変わった方法。

「じゃぁ 山本さんは 文字を書いた紙に油をぬってください…!
先生はオチョコのいとじりに油を入れてください!」
「なるほどねぇ…! キツネは油がすきだから…ってわけかい」
(中略)
「ふせたオチョコのうらに 三人がひとさし指を入れて…鳥居(実際には鳥居のマーク) の入り口のところにおく…!」
「コックリさま コックリさま あなたの座を ここ(コックリをやる場所の住所・番地を正確にいう)千里学園中学校にもうけました…!
すみやかにおうつりください。おいでになりましたらオチョコでお答えください…!」(P330〜331)

こうしてコックリさんがはじまり、オチョコが動きはじめる。
先生の、わざとうごかしてるんじゃないのか?という質問からはじまるやりとりが興味深い。

「わかりません 油をこぼさないように していると しぜんにうごくんです!」
「手がしびれたように…かってにうごくんです!」
「ははは そいつは指でオチョコをささえているからウデがつかれてしびれるのサ…」 (P330〜331)

このシーンでは、あきらかに、このコックリさんが、霊現象ではないことを暗示している。
指でオチョコをささえてウデがしびれてくるために腕が震え、3人のオチョコをささえるバランスが崩れる。バランスが崩れると、オチョコの油がこぼれないようにするために、どちらかに腕がかたむき、そちらの方向に腕を動かしてしまう。
という論理的な結論まであとちょっとである。
だが、もちろん、そんなことにはならない。
コックリさんをバカにした先生が、突如、へんな顔になって、「ゲーッ!」と奇声をあげ、飛び跳ね、校庭に飛び出し石を食べ、やってきた女教師の足に噛みつき、救急車でつれていかれるのだ。
霊を否定し、頭ごなしに生徒をしかる先生は、ここで徹底的にいびられる。おそらく、ある種のカタルシスを若い読者に与える仕組みになっている。

コックリさんのやり方を、ここまで具体的に書いている本はあまりない。
霊問答があり、コックリさんの歴史的解説もあり、図説つきでやり方まで紹介される。
1973年のコックリさんブームに、大きな影響を与えた本であろうと思う。


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