民法 平成8年度第2問

問  題

 Xは、Yに国際見本市の会場の一つとなる乙建物の建築を注文した。Zは、見本市の期間中、乙建物を出展用に使用するため、Xと賃貸借契約を締結した。この契約には、乙建物を使用させられないときはXがZに、一、〇〇〇万円を支払う旨の損害賠償額の予定を支払う旨の損害賠償額の予定条項が含まれていた。ところが、乙建物は、完成後引渡し前に地震により全壊して使用不能となり、見本市の期間中には再築も間に合わなくなった。Xは、Zに予定どおり乙建物を使用させていれば、二、〇〇〇万円の収益を得られるはずであった。
 右の事例において、(一)地震の震度が極めて大きく、Yが耐震基準に適合した設計・施工をしていたにもかかわらず、乙建物が全壊した場合と、(二)地震の震度は、標準的な建物であれば十分耐え得る程度のもので、Yの施工上の手抜き工事が原因で乙建物が全壊した場合とに分けて、XY間及びXZ間の法律関係について論ぜよ(なお、XY間の請負契約には民法の規定と異なる特約はなかったものとする。)。

答  案
(本試験再現、評価A)


一 地震の震度が極めて大きく、Yが耐震基準に適合した設計・施工をしていたにもかかわらず乙建物が全壊した場合。
1 XY間の法律関係
(1) 乙建物が全壊し、見本市の期間中の再築が間に合わなくなることにより、Yの完成義務が履行不能となっている。
 この点、乙建物の全壊は完成後であることからYの義務は既に履行されていたのであり(六三三条)、履行不能とはならないとも考えられる。
 しかし建物の請負契約に置いては引渡まであってはじめて履行があったと考えられているのであるから(六三四条)、全壊した段階では引渡が成されていなかった以上、未履行の状態であったと解する。
 よって、全壊して見本市期間中の再築も間に合わなくなることにより、Yの義務は履行不能になっている。

(2) 本件履行不能については、Yに「責に帰すべき事由」がないので、Xは契約を解除することも損害賠償を請求することもできない(四一五条後段、五四三条)。

(3) また、全壊についてはXにも帰責事由がないので、Yは報酬を請求することができない(五三六条一項)。

2 XZ間の法律関係
(1) 乙建物が全壊し、見本市期間中の再築も間に合わなくなることにより、Xの使用・収益させる義務は履行不能となっている。

(2) 履行不能についてXには帰責事由がないので、Zは賃貸借契約の解除(五四三条)や損害賠償請求(四一五条後段)をなしえない。
 では損害賠償額の予定に基づきZはXに一、〇〇〇万円の支払を求めえないか。
 思うに、損害賠償額の予定(四二〇条)は「債務の不履行」が認められる場合の賠償額についての定めであるから、債務不履行責任が成立しないときには、適用されないものと解する。
 したがってZは一、〇〇〇万円を請求することはできない。

(3) 本件の全壊はZにも帰責性がないので、Xの賃料債権も消滅する(五三六条一項)。
 したがってXは賃料を請求できない。

二 Yの施工上の手抜き工事が原因で乙建物が全壊した場合
1 XY間の法律関係について
 施工上の手抜き工事というYの「責に帰すべき事由」によってYの債務が履行不能になっている。
 そこでXはYの債務不履行を理由に(四一五条後段)、得られるはずであった利益二、〇〇〇万円とZに支払うべき一、〇〇〇万円の計三、〇〇〇万円を損害としてその賠償をYに請求しうる。
 またXは請負契約を解除できる(五四三条)。

2 XZ間の法律関係について
(1) Xの債務が履行不能となっていることから、Zは契約を解除し(五四三条)、損害賠償を請求できないか(四一五条後段)。Yの施工上の手抜き工事をXの「責に帰すべき事由」と同視できないかが問題となる。

(2) この点、請負人の行為に関する注文者の責任についての七一六条との均衡から、XはYの選任又は監督につき過失がある場合にのみ債務不履行責任を負うとすることも考えられる。
 しかし契約責任については不法行為責任と異なり、賠償すべき損害の範囲を予め予想することができる。また賠償額を制限することも可能である。
 したがって責任の成立を広く認めても酷とはならない。また、注文者の選んだ請負人の行為の責任は注文者に負わせるのが公平である。
 よってXはYに「責に帰すべき事由」があれば自らに「責に帰すべき事由」があるものとみなされ債務不履行責任を負う。

(3) したがってZはYに対し債務不履行を理由に損害賠償を請求できる(四一五条後段)。ただし請求できる額は一、〇〇〇万円に限られる(四二〇条)。

(4) またZは契約を解除することもできる(五四三条)。

以  上


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