民法 平成8年度第1問

問  題


  Aは、Bに対する債務を担保するため、自己所有の甲建物に抵当権を設定し、その旨の登記を経由した。その後、Aは、Cに甲建物を売却したが、Cへの所有権移転登記を経由する前に、Dの放火により甲建物が全焼した。
 この場合に、A、B及びCは、それぞれDに対して損害賠償を請求することができるか。
 AがDに対して損害賠償を請求することができるとした場合、AのDに対する損害賠償請求権又はDがAに支払った損害賠償をめぐるB及びCの法律関係はどうなるか。

答  案
(本試験再現、評価A)


一 設問前段について
1 AのDに対する損害賠償請求の可否
(1) AのDに対する損害賠償請求は、Dに不法行為(七〇九条)が成立することを理由とするものと思われる。

(2) 不法行為(七〇九条)の成立のためにはAの「権利を侵害」したと言えることが必要である。
 この点、Aが甲建物をCに売却することにより甲建物の所有権はCに移転しているから(意思主義、一七六条)、放火時に甲建物の所有権はAになく、Aの所有権侵害という事実はない。
 しかしAは甲建物をCに売却することで売買代金債権を得ている。債権も不可侵性を有することからすれば、放火により代金債権が侵害されれば権利侵害は認められると解する。

(3) 不法行為が成立するためにはAに損害が発生することが必要である。したがって、AのCに対する代金債権が既に支払われているか、支払われていなくても甲建物全焼によって消滅しなければ損害はないものとも考えられる。
 本件AC間の売買は特定物売買であるから、目的物の滅失によっても代金債権は常に存続するとも考えられる(五三四条一項)。
 しかし五三四条一項は「支配あるところに危険あり」という趣旨であるから、支配の移転、即ち目的物の登記、引渡し又は代金支払のいずれかがあって初めて適用されるものと解する。
 本件甲建物についてはCは登記を得ていなかったというのだから、目的物の引渡しがない限り代金債権は消滅することとなる(五三六条一項)。
 したがってAは代金を受け取っておらずかつ建物も引き渡していなければ、Dに対し損害賠償請求をなしうると解する。

2 BのDに対する損害賠償請求の可否
(1) Bの損害賠償請求も、Dに不法行為(七〇九条)が成立することを理由とするものである。

(2) Dの放火によりBの抵当権の目的物が全焼しているので、DはBの抵当権を侵害している。

(3) ただ、BはA又はCの有する損害賠償請求権を物上代位により行使できる(三七二条、三〇四条)ので、損害はないとも考えうる。
 しかし物上代位だけではBの保護に十分でないので、抵当権侵害による損害が認められると解する。

3 CのDに対する損害賠償請求の可否
 Dの放火によりCは甲建物の所有権を侵害されているので、Dの不法行為を理由として損害賠償を請求できる(七〇九条)。

二 設問後段について
1 AがDに対して損害賠償請求が出来る場合、BはAのDに対する損害賠償請求権について抵当権に基づき物上代位をなしうると解する。甲建物はAの所有物ではないが、損害賠償請求権は実質的には甲建物の価値のなし崩し的実現だからである。
 ただし、DからAに損害賠償が支払われた場合には、「払渡」(三〇四条)があった以上Bは物上代位をもはやなしえない。

2 Cについては、Aの損害賠償請求権については何の主張もできない。なぜなら、AがDに損害賠償を請求できる場合とは、CがAに未だ代金を支払っておらず、かつCの代金債務が消滅した場合であるから、CのAに対する主張を認める必要はないからである。Cは固有の損害の賠償をDに請求するしかない。

以 上


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