民法 昭和55年度第2問

問  題


 甲は、乙から一定規格の製品を一定数量購入し、約定の期日に乙の倉庫に出向いて受領する旨の契約を結んだ。乙は、その規格の製品を多量に仕入れ、引渡しの準備をした上、約定の期日に、甲に引き取るよう通知した。甲は、資金の手当てができなかったので、三か月遅れて乙の倉庫に出向き、自ら点検の上、乙から約定の数量の製品の引渡しを受けた。その後、甲は、引渡しを受けた製品の一部に腐蝕のあることを発見したが、それは、乙の倉庫に在庫中約定の期日後に湿気のため生じたものであった。
 この場合における甲・乙間の法律関係について説明せよ。

答  案


一 本件における甲乙間の契約は、甲が乙から一定規格の製品を一定数量購入するもので、物の個性に着目したものでないから、不特定物売買である。また、甲が乙の倉庫に出向いて目的物を受領するとされているので、乙の製品引渡債務は取立債務である。

二1 本件では甲が引渡しを受けた製品の一部に腐蝕があったというのであるが、乙は腐蝕分について完全な製品と交換しなければならないか。本件契約は不特定物売買であるから、目的物の特定(四〇一条二項)のない限り乙は中等あるいは契約所定の品質の製品を代わりに引き渡す義務を負っている。そこで、腐蝕発生前の約定引渡期日に引渡しの準備をした上で甲に引き取るよう通知したことにより特定が生じたといえるかが問題となる。

2 本件の乙の債務は取立債務であるから、目的物の特定のためには、債務者が目的物を同種のものと分離した上で引渡しの準備を整えて債権者に通知するとことを必要とするとともに、それで足りると解する。なぜなら、目的物が他の物と分離されて初めて履行の対象が客観的に定まり物権的支配が可能となるし、引渡しの準備を整えて債権者に通知することにより債務者としてなすべきことはしたと解されるからである。

3 本件では乙がこの時点で目的物を分離したかどうか明らかでないので、以下場合分けをして論じる。

三 乙が目的物を分離した場合
1 乙が目的物を分離した場合、乙は引渡しの準備を整えて甲に引き取るよう通知しているので、この時点で目的物は特定する(四〇一条二項)。したがって、乙は目的物を引渡時の現状において引き渡せばよい(四八三条)。

2 しかし、乙は目的物が特定することにより目的物保管について善管注意義務を負う(四〇〇条)。そこで、乙が保管中に腐蝕したことは乙の善管注意義務違反に当たり、甲が被った損害について乙は賠償しなければならない(四一五条)ものとも考えうる。

3 しかし、本件腐蝕は甲が期日に受け取っていれば生じなかったものである。そこで、甲の受領遅滞(四一三条)により保管義務が軽減され、乙は腐蝕につき故意又は重過失のない限り責任を負わないことにならないかが問題となる。
 受領遅滞の要件については、債務者が履行の提供をしたにもかかわらず債権者が受領を拒みまたは受領することができないことをもって足り、債権者の帰責事由の存在は必要としないと解する。なぜなら、債権者は義務を負う者ではなく、債権者遅滞はなすべきことをなした債務者を保護する制度と解するべきであるからである。そして、その効果としては、債務者の負担軽減の観点から、(ア)目的物保管義務の軽減、(イ)危険の移転、(ウ)増加費用の請求権の発生が認められるものと解する。
 本件では、乙の債務は取立債務であり「債権者の行為を要するとき」に当たるので、弁済の準備をし、甲に引き取るよう通知していることで履行の提供が認められる(四九三条但書)。また、甲が代金不如意で引き取らなかったので債権者が受領を拒絶したといえる。したがって、甲に受領遅滞(四一三条)が認められる。
 よって、乙の目的物保管義務(四〇〇条)は軽減され、乙は悪意又は重過失なき限り債務不履行責任を負わないと解する。

4 したがって、乙に故意又は重過失があれば乙は債務不履行に基づく損害賠償責任を甲に負う(四一五条)が、乙に故意又は重過失がなければ甲の債務は消滅する。

5 では乙の債務が消滅した場合、乙の目的物引渡債務と牽連関係にある甲の代金支払債務は消滅するか。
 思うに、売買の目的物が特定し、また履行の提供により危険も移転したと解されるので、乙の代金債務は消滅しないと解する(五三四条二項)。

四 乙が目的物を分離しなかった場合
1 この場合、当初の約定引渡期日には目的物は特定しない。

2 では、現実に目的物が引き渡された時点において特定しないだろうか。私は否定すべきと解する。なぜなら、特定はなすべきことをすべてなした=債務の本旨に従った履行の提供をなした者への恩典であると解するところ、瑕疵ある物の引渡しは債務の本旨に従った履行とはいえないからである。

3 したがって、乙は甲からの完全履行請求に応じて代物を引き渡す義務を負う。

五 甲は前述のように受領遅滞(四一三条)に陥っているので、これによる目的物保管費用の増加分について乙は甲に対し請求することができる。

以  上


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