憲法 平成4年度第2問

問  題

 「いわゆる部分社会における法律上の係争は、その自主的、自律的解決にゆだねるのが適当であり、裁判所の司法審査の対象にはならない。」という見解について、事例を挙げて論ぜよ。

答  案

一 例えば、市会議員Aが、議会への出席に際してネクタイを着用しなかったことを理由に、出席停止の懲罰に処せられたとする。この場合に、地方議会がいわゆる部分社会であるとすると、設問の見解によれば、Aが右の懲罰議決の効力を裁判所で争うことは認められないこととなる。その結果、Aは出席停止という不利益を甘受しなければならなくなる。このような結論をもたらす設問見解は妥当なのであろうか。

二 設問の見解は、いわゆる部分社会なる者の存在を認めることを前提としている。判例の言葉を借りれば、いわゆる部分社会とは、「一般市民社会の中にあってこれとは別個に自律的な法規範を有する」団体ないしは社会を言い、地方議会、大学、政党、労働組合がこれに当たるとされる。このような団体ないしは社会における法律上の係争が裁判所の司法審査となら無い理由として設問の見解は、右の法律上の係争はいわゆる部分社会の自主的、自律的解決に委ねるのが適当であるということを挙げている。即ち、司法審査が及ぶことにより何か不都合が生じるから、部分社会における法律上の係争には司法審査が及ばないと述べているのである。

三 そこで、司法審査を及ぼすことによってどのような不都合が生じるかを考えてみると、部分社会における法律上の係争に司法審査を及ぼすことで当該部分社会の組織的活動に公権力の手が入り、当該団体ないし社会の自由な活動が阻害されるという点が上げられる。

四 それでは何故に部分社会をなす団体や社会に自由な活動を保障しなければならないのだろうか。それは、部分社会が憲法上保障されるべき価値を担っているからではないか。例えば、地方議会であれば地方自治(九二条以下)の担い手として、大学であれば学問の自由の一コロラリーとしての大学の自治(二三条)の担い手としてみなされるからこそ、その自由な活動が保障されるべきなのである。

五 このように、各部分社会によってその自由な活動が尊重されるべき理由が異なるのならば、司法審査が及ぶか否かを考えるに当たっても、設問見解のように部分社会という大枠でくくって考えるのではなく、各団体ないし社会の正確に応じて個別に判断することが妥当なものと考えられる。また、司法審査を排除することが団体ないし社会内の構成員の権利ないし地位を損なう結果をもたらすことを考えあわせるならば、設問の見解のように部分社会という包括的な概念を基に司法審査を一律に排除するのは構成員の権利や地位を余りにもないがしろにするもので妥当でない。
 また、団体の自由な活動の保障するに当たっても、その内部の構成員の権利や地位にも同時に配慮する必要がある。特に社会的権力の肥大化が問題となっている現代社会においては、社会的権力から内部の個人を保護すべく、裁判所による一定の介入も公認されるべきと考える。そこで、設問見解のように一律に司法審査を排除するのではなく、問題となる団体の目的・性質・機能やその自律性・自主性を支える憲法上の根拠の相違に即し、且つ、紛争や争われている権利との性質等も考慮に入れて司法審査の可否を決すべきと解する。この点判例は、一般市民法秩序と直接の関係を有する問題か否かで区別している。

六 以上から、設問見解は、部分社会という包括的な概念を基礎に一律に司法審査が排除される領域を設定している点で妥当でないということになる。

以 上


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