刑法 平成7年度第2問

問  題

 甲は、実在の弁護士と同姓同名であることを利用して金銭をだまし取ろうと考え、請求者欄に「弁護士甲」と記入した上、自己の印鑑を押して報酬請求書を作成し、これを甲弁護士が顧問をしているA会社のB経理部長に郵送して、自己名義の銀行口座に請求金額を振り込むように指示した。不自然に思ったBは、甲弁護士に問い合わせて、虚偽の請求であることを知り、振り込まないでいたところ、甲が執ように催促の電話をかけてきたので、金額もわずかであり、これ以上関り合うのは面倒であると考え、請求金額を指定された銀行口座へ振り込んだ。
 甲の罪責を論ぜよ。

答  案


一1 甲が作成した報酬請求書は、報酬請求権という「権利…に関する文書」である。それでは甲に私文書偽造罪(一五九条一項)は成立しないか。

2 まず、甲の報酬請求書作成行為は「偽造」と言えるか。
(一) 「偽造」とは、文書の名義人と作成者の同一性を偽ること、即ち権限無くして他人名義の文書を作成することをいう。
(二) では本件請求書の名義人は誰か。
 思うに、文書偽造罪の保護法益は文書に対する公共の信用である。そこで、名義人の確定についても一般人の観点から見て誰が文書名義人として映るかで判断すべき、と解する。
 本件文書は、実在の弁護士である甲弁護士が顧問をしているA会社に宛てた報酬請求書であるから、一般的には当該文書について甲弁護士が作ったものとの信用が生じる。したがって、名義人は作成者甲ではなく、同姓同名の別人である甲弁護士である、と解する。
(三) したがって、甲は権限無く他人名義の文書を作成した、即ち「偽造」したと言える。

3 では、「他人の印章を使用」したといえるか。
 甲は自己の印鑑を押している。しかし、甲弁護士を名義人とする文書に甲という名の印章があれば甲弁護士の印章であるとの信用が生じる。従って、「他人の印章…を使用」したと言える。

4 甲は「金銭をだまし取ろう」と考えて文書を作成しているので、「行使の目的」も認められる。

5 したがって、甲に有印私文書偽造罪(一五九条一項)が成立する。

二 甲が報酬請求書をA会社のB経理部長に郵送する行為は、偽造私文書をあたかも顧問弁護士の甲弁護士が作ったものであるかのようにして用いるものである。つまり、偽造私文書を「行使」するものといえる。
 したがって有印偽造私文書行使罪(一六一条一項)が成立する。

三1 甲は報酬請求書をA会社のB経理部長に郵送して、自己名義の銀行口座に請求金額を振り込むという財産的処分行為をBにさせようとしている。甲は「金銭をだまし取ろうと考え」て甲弁護士を名義人とする偽造文書を郵送しているのだから、財産的処分行為に向けられた欺罔行為が甲には認められる。つまり甲はBを「欺いて」いるのである。それでは甲に詐欺罪(二四六条)は成立しないか。

2 この点、請求金額を振り込ませる行為が「財物を交付」させるものなのか(二四六条一項)、「財産上不法の利益を得」ようとするものなのか(二項)が問題となる。
 思うに、請求金額の振り込みについては、現金の占有の移動が伴うものである。従って、「財物を交付」させることに向けられた欺罔であると解する。

3 では、「欺いて財物を交付させた」と言えるか。
 Bは請求金額を指定された銀行口座に振り込んでいる。つまり財物を交付している。
 しかし、「欺いて交付させた」と言えるためには、

以 上


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