刑法 平成4年度第2問

問  題


 甲は、スナック経営者乙から、高級ウィスキー二ダースの保管を依頼され、それを引き受けて自宅に保管していたが、数日後、そのウィスキーは、大量に盗まれたものの一部であることを知った。甲は、警察に届け出ようと迷ったが、結局、自分で飲んだり、友人に贈ったりして、全部処分してしまった。その後、乙が、「預けた物を全部返してほしい。」と言ってきた際、甲が、「警察が来て、取り調べるからと言って持って行ってしまった。」と行ったので、乙はそれを信用して帰った。
 甲の罪責を論ぜよ。

答  案


一 甲が乙からの依頼を引き受けて保管していたウィスキーは大量に盗まれた物であるから「盗品」(二五六条)に当たる。したがって甲がウィスキーを保管する行為は盗品等保管罪(二五六条二項)の客観的構成要件に該当する。
 しかし、甲は保管を引き受けた時点ではウィスキーが盗まれた物であることは知らないので、その時点では盗品等保管罪の故意に欠け、同罪は成立しない。

二 それでは、保管か意思数日後に盗品であることを知った時点で故意が具備されたものとして、それ以降の保管について盗品等保管罪(二五六条二項)の責めに問い得ないか。保管開始後に盗品であることに気付きながらなお保管を継続する行為についての保管罪の成否が問題となる。
 この点判例は保管罪が成立するとする。この考えの基礎には保管罪を継続犯とする考えがあるのだろう。
 しかし、盗品等に関する罪の保護法益である追及権の侵害という面から考えると、保管を引き受ける行為の違法性がその後の保管の継続の違法性に比べると格段に大きいと言える。また、本犯を助長するという面から見ても、保管を引き受けてくれること自体が本犯に安心感を与えるのであり、保管罪の違法性の主たるところは保管を引き受ける点にあると言える。従って、保管罪は状態犯であり、保管引受時に故意のない本件では保管罪は成立しないと解する。

三1 では、依頼を受けて保管していたウィスキーを全部序文する行為は所有者でなければできない処分をする行為即ち「横領」と言えるので、この点単純横領罪(二五二条)は成立しないか。

2 まず問題となるのは、本件ウィスキーが盗まれた物であって乙には所有権が無いという点である。このような場合にも「他人の物」と言えるのだろうか。
 思うに、刑法上の「他人性」が民事上の裁判の結果を待たなければならないというのは不合理だから、「他人の物」と言えるか否かは刑法毒字音観点から決すべきである。そして、財産関係の複雑化に伴い所有権の所在がわかりにくくなっていいる動産については、法律関係を画一的に決めて法的安定を図るため、占有を委託した者が委託当時その物について占有を有していれば他人の物と言えると解する。
 本件では明らかではないが、甲は乙からウィスキー保管を依頼されていたというのだから、乙は当該ウィスキーにつき直接又は間接に占有を有していたと考えられる。
 よって本件ウィスキーは「他人の物」である。

3 次に、本来返還請求権を有しない乙との間の委託信任関係は保護に値しないのだから、「自己の占有する他人の」物とは言えないのではないかが問題となる。
 しかし、この点についても、契約関係があれば保護に値する委託信任関係があるという画一的取扱いを図るべきと考えるので、甲乙間で保管以来とその引受のある本件では甲乙間に契約関係が存在する以上「自己の占有する物」と言える。

4 よって単純横領罪(二五二条)が成立する。

四1 その後甲は乙からの返還請求に対し「警察が来て、持って行ってしまった」とうそを言って乙を帰らせている。この点詐欺罪(二四六条)が成立しないか。

2 詐欺罪の成立には、財産的処分行為に向けた欺罔がなされることが必要である。そして、財産的処分行為と言えるためには、処分意思が備わったものでなければならない。そして、処分意思があるということは、その前提として、処分をなすか否かの選択の余地があるということを意味する。

3 ところが本件では、甲に「警察が来て持って行ってしまった」と言われた以上、諦めるしかしょうがないのである。つまり帰るしか選択肢が無かったのであり、このような状況下での「帰る」行為は処分行為とは言えない。したがって、甲には処分行為に向けられた欺罔があったとは言えず、詐欺罪は成立しない。

五 したがって、甲は委託物横領罪(二五二条)の責めを負うにとどまる。

以  上


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