刑法 昭和54年度第1問

問  題

 甲は、乙と路上で口論していたが、乙が突然隠し持っていた短刀で切りかかってきたので、とっさに足もとにあったこぶし大の石を拾って投げつけたところ、石は、乙の額をかすり、さらに、たまたま、その場を通行中の丙の目に当たった。そのため、乙は全治三日間の傷を負い、丙は片目を失明した。
 甲の罪責を論ぜよ。
 

答  案


一 甲の投石により、乙は全治三日間の傷を負い、丙は片目を失明しているので、客観的に見て、甲は乙丙両名を「傷害」したと言える。

二1 ところで、甲はあくまで乙が切りかかってきたのに対して投石したのであり、丙に向かって投石したつもりはない。だとすれば、乙に対してはとにかく、丙に対する関係では傷害罪(二〇四条)の故意(三八条一項)が認められないのではないかが問題となる。

 2 思うに、故意犯が重く処罰される根拠は、構成要件の形で類型化された実行行為の違法性を意識して当該行為を思いとどまるだけの主観的事情があったにもかかわらずあえて実行行為に出た点で、強い非難が可能であるという点にある。このような、実行行為を思いとどまるに足りる主観的事情があったか否かについては、問題となる構成要件ごとに考えられる。例えば、傷害罪については、「人を傷つける」という認識があれば、一般に当該行為を思いとどまるに十分な事情であり、「乙を傷つける」「丙を傷つける」といった認識までは不要なのである。
   そこで、傷害罪の故意についても「人を傷つける」という認識があれば足り、当該具体的客体を認識する必要はないと解する。

 3 本件の甲は乙に向かって投石しており、人を傷つけるとの認識を持って投石している。したがって乙丙二人に対する傷害罪の故意を認めうる。

三1 ところで、甲の投石は乙が突然短刀で切りかかってきたことに対するものであることから、乙への傷害について甲に正当防衛(三六条一項)が成立しないか。

 2 まず、甲に対し乙が突然隠し持っていた短刀で切りかかったことにより甲の生命・身体に対する危険が切迫したと言えるので、「急迫不正の侵害」が認められる。
   この点、甲乙は口論中であったことから急迫性を否定すべきではないかも一応問題としうる。しかし、口論と突然隠し持っていた短刀で切りかかることでは危険のレベルが格段に違うので、口論中だったからといって急迫性を否定することはできない。

 3 乙に対し石を投げつける行為は攻撃の手をゆるませるためのものであるから「防衛するため」の行為といえる。

 4 短刀で切りかかられれば生命にも危険が生じるのだから、こぶし大の石を投げつける行為は「やむをえずにした行為」といえる。

 5 以上から乙に対する傷害行為については正当防衛(三六条一項)が成立する。

四1 丙に対する傷害行為については正当防衛は成立しない。丙は何ら「不正の侵害」を行っていないからである。

 2 しかし乙の攻撃という「現在の危難」に対してなされた行為とは言えるから、緊急避難(三七条一項)の成立を認め得ないだろうか。
   本行為は、乙の額を石がかするという結果をも同時に引き起こしており、危難回避の効果が認められるから、「危難を避けるため」の行為といえる。
   また、突然短刀で切りかかられた甲としては近くにあった石を投げるしかなかったであろうから、「やむを得ずにした行為」といえる。
   更に、短刀の殺傷力から考えて、場合によっては甲の生命が危うかったと考えられることからすれば、生じた害が避けようとした顔の程度を越えなかったものと評価できる。
   よって丙傷害の点については緊急避難(三七条一項)が成立する。

五 したがって甲は不可罰である。

以 上


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