結成! NERV労連

11/26/97 up


  「それじゃ、今日のハーモニクス・テストを終えるわ。シンジ君、レイ、アスカ、上がっていいわよ。3人とも、

  上がったら、ミーティング・ルームに集まって」

  リツコはシミュレーション・プラグと繋がっているモニターに向かって呼びかけた。

  「わかりました、リツコさん」

  「了解」

  「・・・・・・・・」

  「アスカ、聞こえてるの? テスト終了よ」

  「・・・・聞こえてるわよ、そんな大きな声出さなくったって!! アタシはミサトみたいに年取ってないから、

  耳はまだ遠くないわよ!!」

  「ぬわーんですってえ!! あたしのどこが年寄りだってのよ?! 29で年寄りなら、副指令なんて、もうミイラ

  になってるわよ!!」

  「・・・・・葛城君、ミイラというのはどういう意味かね?」

  「いちいちうっさいわねぇ、ミイラってのは、棺桶に片足突っ込んでる・・・・・あっ・・・・副指令・・・」

  「・・・・・ほう、そういう意味かね。いい勉強になったよ。ははは、長生きはするもんだねぇ。」

  「あ、いや、その・・・・」

  「実は南半球の復興も進んできたので、今度NERVでもナイロビ支部を開設しようという話があってね、それで

  本部から送る職員1名の人選について相談しにきたんだがね、敢えて相談する必要もないようだな」

  冬月は温和な表情のまま目だけをきらりと光らせてモニター・ルームから出ていった。その手は・・・ぶるぶると震えていた。

  「ちょっとお、リツコ!! なんで教えてくれないのよ、副指令が入ってきたこと!!」

  「仕方がないでしょ。いつも司令の後ろに立ってるだけで影が薄い人なんだから」

  「どーすんのよぉ!! ナイロビ支部って、駐在職員1名だけの連絡事務所っていうじゃない? これじゃ、島流しよ!!」

  「あら、配偶者の同伴も可能って聞いたわよ。この際、あなたも誰かと一緒に赴任したら? たとえば加持君とか」

  「お、何かお呼びかな、りっちゃん?」

  「あんた、こんなとこでなに油売ってんのよ!! あんたの職場はあっちでしょ、さっさと行きなさいよ、しっしっ!!」

  「あー、葛城はつれないよなぁ。ナイロビの件? ああ、知ってるよ。誰も希望者がいないんだってさ。そりゃそうだろうなぁ」  
        
「じゃあ、あんたが行ったら?! 地代はうんと安いから、心行くまで畑が造れるわよ!!」 「あいにくとね、ナイロビはスイカ栽培には適していないんだよ。ライオンやチーターとかが一杯いるしな」 「じゃ、リツコ、あんたが行ったらいいじゃない!!」 「なんであたしが行かなきゃいけないのよ!? あたしはE計画の責任者だから、ここを離れるわけにはいかないわ」 「あんた、猫、好きでしょ? ライオンもチーターも猫の一種よ、猫に囲まれた生活なんて、素敵じゃないの!! それにE計画だって、今じゃマヤっていう立派な後継者がいるじゃないの!! 何の心配もいらないわよぉ!!」 「マヤじゃ、まだ無理よ。それより、やっぱりミサトの方が適任だわ。ああいうワイルドなところには ミサトのようなたくましさがないと難しいわよね。あたしみたいに繊細な人じゃとても勤まらないわ」 「あたしだって、作戦部長としての仕事があるんだからねっ。」 「あーら、日向君も青葉君も成長著しいわよ。それに、あなたと違って、無謀な作戦はしないしね」 NERVの中間管理職3名が転勤の可能性を互いに押し付け合っていたとき、チルドレン3名がミーティング・ルームに 入ってきた。 リツコが渋い表情で口火を切る。 「3人ともご苦労様。でもねぇ、シンクロ率があまり良くないわ。これじゃ今日は再試験が必要ね」 「えーっ、今日、土曜日でしょ!? ただでさえ休日出勤の上にさらに残業?! アタシ、バカシンジ連れてブラウス買いに 行こうと思ってたのにぃぃ!! ちょっとおお、NERVはアタシ達のこと、中学生だと思って甘く見てんじゃない?! それにねー、今月に入って、時間外勤務が120時間を超えてるのよ!! まともに申請したら、NERVの予算、バンクするわよ!! まさか申請勤務時間をカットするつもりじゃないでしょうねぇ?!」 「あら、三人とも、ずっと本部に詰めている訳じゃないでしょ。少なくとも半日は学校に行ってるんだから」 「中学生に労働させること自体、労働基準法に違反してるじゃない!! それに碇指令だって、シンジが学校さぼったときに 学校に行くのも仕事のひとつだ、ってお説教してたじゃないのよ!! バカシンジっ、あんたもなんか言いなさいよ!!」 「アスカ・・・・最近、ファッション雑誌の代わりに六法全書を読んでたのは、こういうことのためだったんだね。・・・・・・ え、その、僕は、あの、もらえるものなら特別手当がほしいな、なんて・・・・・ははは、無理、ですよね・・・」 「アンタバカぁ? 交渉する前から「無理ですよね」とか言っててどうすんのよ!! ちょっと、ファースト!! あんたは どうなの? 」 「・・・・いい・・・仕事だから・・・」 「アンタね、仕事だからこそ待遇改善が必要なんでしょうがっ!! アンタ、休みとか特別手当とか欲しくないの?」 「・・・・お休み貰っても他にすることないもの・・・・私には何もないから・・・・・・」 「だったら、なおさら休み貰って特別手当で私服かなんか買いに行きなさいよ!! この間、アンタの家にプリント届けに行った ジャージバカが感動してたわよ!! 「クローゼットの中、見せてもろたら、制服が何十着も吊るしてあったわ!! 綾波はよっぽど制服好きなんやな。わしのジャージにかける情熱と同じや!!」って。アンタ、あんなのと同類項に されてもいいの?」 「・・・・黒い色・・・黒いジャージは嫌い・・・・碇君・・・・私服というものはやはり必要なの?・・・・・・・」 「あ、そうだね。綾波の私服姿、その、かわいいと思うな。なんか、お嬢さん、って感じだね。似合うと思うよ」 「・・・・・・・・・・・・・赤木博士、葛城一尉・・・・私・・・・休暇と特別手当を要求します・・・・」 「ちょっとぉ!! アンタ、なに顔赤らめてんのよ!? いちいちシンジに聞くことないじゃないの、まったく!! ま、これで3人の意見は一応揃ったわ!! で、どうなの、ミサト!? アタシ達の要求、実現してくれるんでしょうねぇ?! これは労働者としての正当な権利行使よ!!」 「ちょっと待ちなさいよ、アスカ!! あんた、さっき呼びかけても返事しなかったのは、こんなこと考えていたからなのね!! 今は、いつ使徒が襲ってくるか、わからないでしょ?! 休暇なんて、そんな余裕ないわよ!!」 「あーら、しょっちゅう二日酔いで休暇を申請してる人がよく言うわね!! それにね、アタシたちは別に働かないって 言ってるわけじゃないよ。働きに見合った正当な対価と労働条件の改善を要求してるの!! これは日本国憲法でも認められている」 正当なことのはずよ!!」 「NERVは超法規的組織だから日本の国内法は適用されないわ」 「あ、そう? リツコもそういうこと言うの? じゃ、こっちにも考えがあるわ!! 力には力で対抗よっ!! アタシたち、デモとかストライキとかやっちゃうから!! 要求貫徹まで断固闘うわ!! えいえいおーっ!! ちょっとぉ、アンタたちもやるのよ!!」 「あ、えいえいおー・・・これでいい、アスカ?」 「・・・・・・どうしてそういうこと言うの?・・・・・」 「どうしてもこうしてもないの!! これはセレモニーなんだから!! 」 「・・・・私・・・・大きな声、出ない・・・・・じゃ・・・先行くから・・・・」 「早くも内部分裂か。やはりチルドレンの団結は無理のようだな、りっちゃん」 「・・・・無様ね・・・・」 その日の午後、第二発令所ではオペレーター3人衆が集まって憩いのひとときを過ごしていた。 「ねぇ、聞いた? シンジたちが待遇改善を求めて活動を始めたってこと?」 「ああ、聞いたよ。なんでも、休暇と特別手当の正当な支給を求めて署名活動を始めたんだろ?」 「でもね、中途半端な活動では泣きを見るだけだと思うな」 「そうね・・・・でも、私も休暇、欲しいな。」 「えっ、マヤちゃんも休暇欲しいの? 休暇とって何するの?」 「・・・・こんど開店した新世紀デパートに行って水着買おうと思ってたの。それにイタリアンレストランにも 行きたいし・・・・」 「あ、そ、そう!? な、なーんか、僕たちも新世紀デパート行きたいなって話してたんだよなっ! そうだよな、マコト!?」 「え? あ、そ、そうそう!! 実に奇遇だねー」 「私・・・・・署名しようかなぁ」 「でも、俺達が署名したらまずいんじゃないの?」 「・・・・休暇欲しいだけじゃないの・・・・私、いつまでたっても先輩から仕事任せてもらえないし、人件費が 上がるからって、昇進もおさえられてるし・・・・・・」 「あ、それは俺達も同じだね。葛城さんが三佐に昇進しない限り、俺達も一尉にはなれないからなぁ。毎日、深夜まで 働いて、場合によっては仮眠室の薄い毛布にくるまって寝て・・・・こんな苦労しても昇進がおそいからなぁ」 「碇指令とか副指令はいいよな。出張の帰りに温泉とか寄ってるし、会合はなぜか料亭でやってるし・・・。 俺なんか温泉なんかNERVに入ってから行ったことないし、食事も食堂のメニューはすべて制覇したよ」 「・・・・ねぇ、私たちの言ってること正しいわよね・・・・過剰な要求じゃないよね?・・・」 マヤは遠い目をしてスクリーンに視線を落とした。 日向と青葉、そして第二発令所で働いていた他の職員の目は、マヤの寂しげな姿から視線を外せなくなっていた。 ただ一人、主のいない司令席の影に潜んで、事態のなりゆきを注視していた二つの碧い瞳を除いて・・・。 1時間前、アスカは自動販売機の前でジュースを飲むふりをして、マヤが通りかかるのを待ち構えていた。 仏頂面をした蒼い髪の少女の姿が印刷されている缶コーヒーを飲み終えたとき、マヤが書類を持ってとおりかかった。 (来たわ・・・・ちゃーんす!! ちょうど一人ね!・・・・いくわよ、アスカ!!) アスカはすばやく目薬をさすと、俯いて手に持った缶コーヒーの飲み口に視線を落とした。 「あら、どうしたの、アスカ? ・・・・何かあったの?・・・・」 「・・・・なんにもないわよ・・・・・」 「・・・・私でよかったら相談に乗るわよ・・・・」 「・・・・でも・・・・いいわ・・・・どうしようもないことだもん・・・・」 マヤはアスカの様子がいつもと違うことに内心、かなり動揺していた。 (・・・・これは何かあったに違いないわ!! 何かしら? シンジ君との破局? レイとの対決?) 「・・・・他人に話すと楽になることがあるわよ。たとえ、それによって事態が解決しないにしても・・・」 「・・・・あたし・・・・水着買いたいんだ・・・・・」 「え?」 「新しい水着が欲しいのよ。今持ってるやつ、流行遅れだから・・・・・でも、時間もお金も無い・・・・」 「・・・・そうね。今は大変なときだものね・・・・・」 「あーあ、みんな新しい水着買うなのになー。あのリツコでさえ、「今年は健康と美容のために水泳を始める」なんて 言い出したのに・・・・」 「え、先輩が水泳を? それ、ほんと?」 「ええ、ほんとよ。あ、でも、恥ずかしいから他人に言わないでって口止めされてたんだっけ!! マヤも聞かなかったことに してよ!!」 「え、ええ、いいわよ。」 「それで、アタシとシンジとファーストの3人で、待遇改善の署名活動を始めようと思ってたんだけど・・・・・ アタシ達だけで大丈夫かな、ってね・・・・・」 再び俯くアスカに良識派のマヤはすっかり心を痛めた。 「・・・・私もできる限りのことするわ・・・・元気出してね」 「ああ、ありがとう。じゃ、用事があるから・・・・・」 肩を落として立ち去るアスカを見送りながら、マヤは 「アスカの応援をしてあげたいけど・・・・私はオペレーターとして先輩と一緒に働いているから・・・・ やっぱり先輩に盾付くことはできないし・・・・そういえば先輩、水泳始めるんだぁ。私、水泳なんて もう何年やってないかしら? 水着も古いのしか持ってないし・・・・・先輩みたいに新しい水着、ほしいなぁ」 と、すっかりアスカの術中にはまっていた。 マヤが顎に手を触れながら考え込んでいる姿を、通路の影から見ていたアスカは 「マヤにはちょっと悪いことしたわね。でも、マヤも仕事ばっかりで休暇もとらずにいたから、 この辺で休暇を取らせてもらった方がマヤのためにもいいのよ!! アタシに感謝してくれたっていいはずよね!!」 と呟き、ニヤリと微笑んだ。 翌日、リツコの執務室。 「ミサト、どうするつもり? アスカ達に共鳴して署名が続々と集まってるわよ。マヤ達まで先頭に立ってるみたいだし」 「やっぱ最近の人件費抑制方針が相当評判悪かったみたいね。ちょっちまずったわね」 「今朝、ジオ・フロントの入り口に職員が鉢巻きして、たむろしていたわ。「碇司令は要求を呑めー」なんて シュプレヒコール挙げている人もいたけど・・・・」 「あたしも見たわ。しっかし初めてよね、NERVの入り口に赤旗が掲げられるなんてね」 「うちの技術局の職員もかなり署名したみたいなのよ。局内の通路、みたでしょ? 」 「なんかたーくさん張り紙がしてあったわね。あ、そうそう、ちょっちおもしろいのあったから、一枚失敬してきたわよん!」 ミサトは角が少し破れた張り紙をポケットから取り出した。張り紙には 「戦自様には及びもつかぬが、せめてなりたや日重工並みに!」 と極太明朝体で書かれている。 「ああ、これのこと。確かに戦自研は待遇いいらしいわね。日本重化学工業共同体もそこそこだって聞いたことがあるわ」 「技術局がストにでも突入したら、それこそおおごとよ! 大丈夫なの?」 「でも、ここで妥協してしまうと、エヴァや兵装ビルの修理費が捻出できないのよ。幸い、技術局は管理職の 一尉以上の職員が多いから、スト打たれても、なんとか職務は遂行できるわ」 その頃、NERVのエヴァ・ケージに鉢巻きをした職員達が集まり始めていた。 そしてその中央にはプラグスーツ姿で鉢巻きをした3人のパイロットがいる。 急ごしらえの演壇に片足をかけて上機嫌なアスカ。 「・・・・あの・・・アスカ、うれしそうだね」 「あったりまえじゃないの!! 私のシンボルカラーの赤がNERV中で翻っているのよ!!」 「あ・・そうだね・・・・(完全に組合運動にはまってる・・・・)」 シンジは大勢の人に取り囲まれるという経験が希少なので、落ち着かず所在なさそうに辺りを見回している。 挙動の定まらぬシンジの隣では、蒼い髪に赤い鉢巻きを締めたレイが相変わらず無表情で立っている。 「あ、綾波も鉢巻きしてるの?」 「・・・・弐号機パイロットが言ってた・・・鉢巻き・・・・団結を示す絆・・・・・私にもあったの・・・ エヴァ以外の絆・・・・待遇改善・・・勝ち取るわ・・・・・」 「あのね、綾波、あんまり深入りしない方が・・・・・」 「・・・・碇君は、私の私服姿、見たくないのね・・・・・・やっぱり私には何も無いのね・・・・」 俯いて少しだけ寂しそうに瞳を伏せるレイにシンジは激しく動揺する。 「い、いや、そんなことないよ!! ぼ、僕だって私服姿の綾波、みてみたいよ!!」 「・・・・私・・・・どんな服が似合うか、よくわからない・・・・・」 少しだけ上気した顔を上げて、首をかしげて、上目遣いにシンジの顔を見上げて微笑むレイ。 シンジの意識はたちまち錯乱する。まるで、全裸のレイをみてしまったときのように。 「あ、あのっ、ぼ、ぼくが、ぼくなんかが、えらんでも、そのっ、だから、アスカが」 アスカの名前を聞いて、レイは眉根を寄せて少しだけ不満そうな表情になる。 「・・・・私・・・碇君に選んでほしい・・・・」 「ちょっとぉ、アンタ達、なにやってんのよ!! みんな見てるでしょうがっ!! アンタの服はアタシが選んで あげるから、感謝しなさいよ!! じゃ、みんな集まって!!」 アスカは演壇の上に上がると、拳を振り上げた。 「最近の職員待遇の低下にはまことに目を覆わんばかりのものがあるわ!! みんな一緒に団結して 明るい職場を勝ち取ろうじゃないの!! ここにNERV労連の結成を宣言するわっ!! みんなアタシについてくるのよっ!!」 アスカの号令に職員達が呼応し、そのどよめきが司令室まで轟く。 「いいのかね、碇?」 「ふっ、問題ない。団体交渉になれば主導権は確保できる。所詮、群れるのは臆病者の集団に過ぎんよ」 「そうか、それならいいが・・・そういえば、例のナイロビ支部の人選、葛城君に決めようと思うんだが・・・・」 「今はそれでいい」 ゲンドウは唇の端だけを上げると、ニヤリと笑った。 「あ、葛城君、ここにいたのか?」 「副司令、お探しだったんですか?」 「ああ。この間のな、ナイロビ支部の件だが、やはりアフリカ大陸最初の支部だからね、よほど優秀な人材じゃないと 対応できないと思って、慎重に人選を進めたんだが、やはり君しかしないと判断したよ。人類再建のため、 NERV発展のため、アフリカ大陸に新風を吹き込んでくれることを期待したい」 「ええええっ!!! わ、私ですか? で、でも、作戦部は誰が? 」 「ああ、心配はないよ。後任はもう選定済みだから」 「そんな・・・私の後任って誰なんですか? (・・・・締め上げて後任指名を返上させちゃうわ!!)」 「日向君だよ。彼もNERVに勤務してから長いからね、そろそろ管理職としても鍛えていかんとな・・・」 (日向君を管理職に?! そうか、分かったわ!! 管理職になれば組合員でなくなるから、 オペレーター3人衆を分断するつもりなのね・・・くっ、そのためにあたしをナイロビに追いやるなんてっ・・・ 許さないわよっっっ!!) ミサトは心の中で般若の形相をしつつも、表情は柔らかいままで、冬月に向かって 「あら、そうなんですか? で、正式発表はいつになるんですか?」 と尋ねた。 「おそらく来月になるだろうな。まあ、検疫とかいろいろあるみたいだから、精々よろしくな。はっはっはっは」 冬月は、厄介払いをしたようなすがすがしい顔で通路を歩き去っていった。 「来月、か・・・・いけるわ!!」 その日の夕刻、リツコの執務室にミサト、加持、リツコの3人が集まった。 「なに、話って? ミサトが加持君まで呼ぶなんて珍しいわね」 「ああ、まったく!! 雪でも降らなきゃいいんがね」 「あんた達、なに悠長なこと言ってんのよ!! ナイロビ支部に派遣されるのは、あんたたちのうちのどちらか なのよ!!」 「えっ、本当なの、それ?! 」 「そんな話は聞いてないぞ、おい!!」 「あたし、副司令が碇司令と話してるのを立ち聞きしちゃったのよ。それで、早速教えてあげたんじゃない」 「だって、私の後任は・・・・」 「マヤがいるって言ってたわよ」 「俺だって一流の諜報技術を持ってるぞ。」 「加持君クラスの腕の人はごろごろいるって、言ってたわよ」 ミサトの言葉を聞いて、蒼然としてがっくりと頭を垂れる加持とリツコ。 「それでね、あたしとしても、付き合いの長いあんたたちをなんとか助けたいって思ったわけ。誰もナイロビに行かなくて済む方法が ひとつだけあるんだけどねー、やっぱり聞きたい?」 「どういうこと(だ)?」 「あたし達も組合に入ればいいんじゃない? そうすれば簡単に飛ばされることもなくなるわよ!!」 「でも、私たちは管理職よ。アスカたちの組合には入れないわよ」 「だ・か・ら、管理職組合を設立すればいいのよ!! 航空会社だって、パイロット組合と客室乗務員組合と 地上勤務者の組合が分かれてるじゃない!!」 「まあ、やってみる価値はありそうだな。早速、組合設立に向けて動くとしようじゃないか。」 「あまり気が進まないけど、ナイロビに飛ばされるより、ましね」 「じゃ、あたしが書記長やるから、リツコは副書記長、加持は会計担当やんなさいよ。それから、みんなで手分けして 部課長クラスの勧誘に廻るわよ」 「管理職組合なんて、人が集まるのかしら?」 「そこは大丈夫よ。「今、あなたが次回のリストラ対象になるっていう噂が流れてるんだけど、知ってた?」っていう 切り出し方で迫っていけば、みんな落ちるわよ。そうだ、加持! あんた、人を口説くのが得意だから、あんたが 情報宣伝活動もやんなさいよ」 「俺が得意なのは、若い女の子を・・・・・」 「あっ、そ。じゃ、あんたのナイロビ行き、決定ねー。がんばってね!!」 「わ、わかったよ。くそっ、足元見やがって・・・・」 その日の夜、NERV労連・管理職組合の連合とNERV経営陣との団体交渉が行われた。 「このような理由から適正な休暇取得の容認と、残業または休日手当の増額および勤務実態に見合った支給を 要望しまーす。」 アスカがNERV労連の書記長として要求文をゲンドウに手渡す。 一読したゲンドウは、アスカではなく、副書記長のレイに向かって尋ねた。 「これは受け入れられない・・・・わかるな、レイ?」 「・・・・はい・・・・・・」 「ちょっとアンタ、なにあっさりうけいれちゃってるのよ!? もう、オヤジの言うことはなんでも受け入れちゃうん だからぁ!! 碇司令、ご質問は書記長の私に聞いてください!! 」 「・・・・シンジ、お前には失望した・・・・・」 いきなり話を振られて、硬直するシンジ。 「な、なにがだよ?!」 「お前は経営陣に入れ」 「父さん・・・そんなことを言うために僕をここに呼んだの?」 「そうだ」 「そんな・・・無理だよ・・・経営陣なんて・・・経営なんてしたこともないし・・・・」 「説明を受けろ」 「・・・・いやだ・・・・できないよ・・・・うぅぅぅぅぅ」 「シンジ君、君が入らないと、NERVの経営は破綻してしまうのだよ・・・・そうなるとみんなが困ることになる。 それでもいいのかね?」 冬月は、こんなところまで持ってきていた詰め将棋の解説書から目を上げて、シンジを見据える。 「シンジ君、逃げちゃ駄目だね・・・・現実の組織経営からも、そしてお父さんからも・・・」 「そんなこと言われても・・・・できませんよ・・・・」 「そうか・・・仕方がない・・・・それではもうすぐNERVの経営は破綻する・・・・レイへの給料も学費も 払えなくなる。可哀相だがな・・・・」 「え? 綾波の給料や学費が? そ、そんな! ひどいよ!!」 「シンジ・・・・経営側に入るなら経理を学べ。入らないのなら帰れ」 (やっぱり僕はいらない子供なんだ。でも、このままだと綾波が学校に行けなくなっちゃう・・・・) シンジは頭を抱えてうずくまり、無限思考ループにはまり込む。 「勝ったな、碇。・・・・(小声で)レイ名義で莫大な積立貯蓄を行っているのをシンジ君には教えていなかったのかね?」 「その必要はない。あれはレイのためのファンドだ。成長してからレイが好きなだけ使えばいい」 「碇・・・レイにこだわりすぎだぞ・・・さすがに、4人家族が贅沢をして30年間遊んで暮らせるほどに 貯蓄の残高が膨れ上がるのはまずい・・・・税務署から目をつけられるぞ」 「ふっ、問題ない。NERVは超法規的組織だ。査察には入れんよ」 シンジはゲンドウと冬月がひそひそ話をしていることにも気づかず、思念の世界をさ迷っていた。 そしてようやく、いつものように、お決まりのフレーズに帰着した (逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ!!) 「僕は経営側に入ります!! 綾波、僕が稼いで扶養してあげるからね!!」 「よくやったな、シンジ」 「・・・・嬉しい・・・・・私が碇君の扶養家族・・・・それは配偶者控除の対象になるということ・・・」 「アンタバカぁ!? どこの世界に団体交渉の席上で説得されて経営側に廻っちゃう副書記長がいるってのよ!! ファーストも、普通の言葉知らないくせに、なんで配偶者控除とか知ってんのよ?!」 「・・私がいつも読んでる本・・「かしこい主婦の節税法」「知らなきゃ損する金融商品マメ知識」「相続税対策百選」・・・」 最後の本の題名を呟いたとき、レイは一瞬ゲンドウの方に視線を走らせたようだった・・・・・。 「アンタ、なんでそんな本ばっかり読んでたのよ?! 」 「・・・・・碇君が言ってた・・・・・・「綾波は主婦とかが似合ってたりして」・・・・・・」 「あーら、NERV労連は早くも分裂かしらぁ? ちょっち速いわねぇ。ま、こんなことになるんじゃないかと思ってたけど!」 「う、じゃあ、ミサトの方はどうなのよぉ? お手並み拝見させてもらうわ!!」 「私ども管理職組合は、転勤・配属転換などを本人の事情・意志を勘案せずに、経営陣が恣意的に行うということを 取りやめて頂きたいと思います」 「別に恣意的に行っているわけじゃない。全て正当な理由がある。言いがかりはやめたまえ」 冬月が反論の口火を切るや否や、ミサトはニヤリと笑った。 (かかった!!) 「しかしながら、今回開設されるナイロビ支部への職員派遣については、当組合の執行部から対象者を 選ぼうとしているとの噂があります。これは露骨な組合つぶしにほかなりません!! これは不当労働行為です!!」 「くそっ、そういうことか?! やりおったな、葛城君!! 碇、どうする?」 「何事にもイレギュラーはつきものだ。修正は可能だよ」 「それではナイロビ支部への人員派遣問題は凍結するんですね?」 「そうだ。再検討を行う」 「いいのか、碇?」 「非組合員、独身者、経験豊富で有能、孤独や暇にも耐えられるような趣味がある、という職員を選べば良い。 既に見当はついている。ふっ、問題ない」 翌日、NERV本部正面の掲示板に布告が掲示されていた。 「NERV労連は要求を徹回。碇副書記長を解任」 「管理職組合は、不当労働行為を弾劾!! 経営側、ナイロビ支部への配転計画を撤回」 そして翌月、同じ掲示板に「人事異動のお知らせ」が掲示されていた。 「冬月コウゾウ (現任)副司令 (新任)ナイロビ支部長」


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