MAGIの決断



MAGI、それはNERV本部にある3台のスーパーコンピューター。


カスパー、バルタザール、メルキオールというのが、その3台の名前。

開発者の赤木ナオコ博士の人格(科学者、女性、母親)が移植されている。

多数決という民主主義の基本原則を適用して、提訴された案件を裁決していくという処理パターンをとる。


MAGIは、NERV本部の作戦遂行などのためだけに使われているのでなく、もっと俗っぽいことにも使われている。


2015年8月、NERVでは経理部が2015年度下期予算の策定にいそしんでいた。

その中には当然、職員の人件費、つまり給与水準や半期賞与に関する決定も含まれてくる。

前夜の深酒が祟って、時々、遅刻してくるミサトは、減俸の危機に瀕して青くなっていた。

一方、技術部の研究室に半ば住んでいるようなリツコは、職住一体なのでそもそも遅刻しないし、

超過勤務、いわゆる残業も青天井状態のつけ放題であった。

ちなみにすでに労働基準法は改正されており、女子の深夜労働に関する時間数制限は廃止されている。


マヤは賞与でスーツを新調するつもりだし、シゲルはアンプセットの更新、マコトはアニメのLD全集を買うつもりである。


チルドレンも、アスカは新しいコートを買い、シンジはトウジ、ケンスケとともに立ち寄るゲーセンで使うつもりだ。


ただ、レイは、

「お金・・・労働の対価・・・苦痛の代償・・・・

・・・・でも、碇君と一緒の労働は苦痛じゃない・・・

・・・・じゃあ、私はお金をもらっちゃいけないの?・・・

・・・・でも、昔の人は言ったわ・・・いつまでもあると思うな、親と金・・・・

・・・・お金って、親と並列的に喩えられるほど、大事なものなの?・・・・・

・・・・そう。碇君もお金をもらうのね・・・・じゃ、お金も、碇君との絆なのね・・・・

・・・・絶対にもらっておこう・・・・

・・・・でも、何につかえばいいの?・・・・わからない・・・・」


レイは悩んだ挙げ句、リツコに相談を持ち掛けた。

「賞与、給料の使い道? そうね。私なら、使うひまがないから貯蓄するわ」


レイがアパートの402号室に帰ると、いつものようにダイレクトメールやチラシが玄関に散乱していた。

それを踏みつけて部屋に上がろうとしたとき、1枚のチラシが目に入った。

「気軽にできる証券貯蓄!! 今、株価は歴史的上昇期にさしかかっています!!!」


翌日、レイは近くの銀行に行った。

金融ビッグバンとその後の規制緩和の結果、銀行の窓口でも株式売買注文の取次ぎが可能となっている。

前夜に読んだ経済新聞は、仕手株と呼ばれる、買い占め絡みの銘柄が暴騰していることを伝えていた。

「株価が大きく上がっている”新姥子建設”・・・・これがいい・・・」

銀行の窓口担当者は、中学校の制服を着た水色の髪の少女の、株式買い注文を取り次ぐことをためらった。

「・・・・碇司令が言ってた・・・なにか不都合がおこったら、これをみせればいいって・・・・」

レイはNERVのIDカードを印篭のように担当者にかざした。

担当者は青くなって支店長と相談した上で、NERVに電話をかけた。


「なんの用だ。今忙しい。用件をはやく言え。」

「あ、あの、綾波レイさんという方が、当店におみえになり、株式を購入したいと」

「ふっ・・・問題ない」

レイは「保護者は誰か?」と聞かれて、とっさにゲンドウの直通電話番号を教えていた。


レイは手持ちの現金を全て株式投資につぎ込んだ。

貯蓄は貯蓄でも、証券貯蓄は元本保証のないものもあるということを知らずに。

レイのいたいけな瞳は、

仕手グループに乗っ取られた新姥子建設が手形を乱発して2ヶ月後に倒産するという、運命をまだ知らない。



一方、ゲンドウは本当に忙しかった。

ジオ・フロント内には、彼の豪邸がある。

あの、だだっ広い司令室の何倍もある書斎で、

彼は人類補完委員会宛ての報告書を漸く書き終えたところだった。

彼は書斎のさらに何倍もある別室に入ると、机に向かい、

椅子に座って顔の前で両手を組んだ。

そしてニヤリと口許を歪めると、机上のいくつかのボタンの中から、緑のボタンを押した。


轟音が巻き起こり、室内の床一面に、「生命の樹」の形に張り巡らされた

Nゲージの線路の上を精巧な模型の蒸気機関車が走り始めた。石炭を燃やす煙まで吐きながら・・・。

彼は、筋金入りの鉄道模型マニアだった。

大学で碇ユイと出会ったのも鉄道研究会だった。


が、しかし、彼の楽しみにも暗雲が迫ってきていた。

彼がNERVの経費で高価な模型を買っていたのが、ゼーレにばれかかっていた。


翌日、ゼーレから派遣された係官が会計検査にNERV本部を訪れた。

「これら一連の不明瞭支出が果たして問題含みかどうかは、MAGIにかければ一発で判明する」

このように言う係官に対して、

ゲンドウは相変わらず色付きの眼鏡をかけ、両手を顔の前で組んだまま、口許だけでニヤリと笑った。

が、実は冷や汗をかいていて、視線も宙をさまよっている。


「バルタザールから、不明瞭支出の問題性について提訴」

「バルタザール、賛成」

「メルキオール、賛成」


「どうしてカスパーは答えを出さないのかしら」

マヤは不審に思った。

「いつもなら、すぐに回答を出すのに・・・・」


係官はいらついてきた。

「どうなっているんだ。MAGIは壊れているんじゃないのか?」

その時、ドアが開いてリツコが入ってきた。

「MAGIは、ちっとやそっとで壊れるような、そんじょそこらのパソコンとは違います」

「じゃあ、これはどういうことなんだ。説明したまえ」

「壊れてはいません。が、・・・・科学では割り切れないこともあるんです」

係官は取り敢えず原因がわかるまで、宿舎に戻ることになった。


その6時間後、薄暗い夜の第一発令所にたたずむゲンドウとリツコ。

「なぜ、カスパーは回答を出さなかったんだ?」

「カスパーはすぐに、あの支出を問題ありと判定しました。

しかし、カスパー、いや、女としての母さんは、回答を出すことが司令を窮地に立たせることを知っていました」

「だから回答を出さなかったのか」

「違います。MAGIは必ず回答を出します」

「でも、現に」


その時、MAGIから音声が流れた。

「カスパー、反対。よって、賛成2、反対1。経費支出は違法と判定されました」


「カスパーは、司令への配慮から、反対、という誤った回答を出そうとしましたが、

バルタザール、メルキオールが賛成という回答を出すのはわかりきっています。

3台のコンピューターの回答が揃えば、MAGIが採決をとってしまい、

経費支出が違法という結論がでてしまう。

でも、回答を出さなければならない。

そこで、自発的に演算処理スピードを低下させることによって、回答を示すのを遅くし、

時間切れを狙ったんです。つまり、採決の実施に物理的抵抗を行ったわけです」



MAGI、

民主主義の基本原則である多数決原理に忠実に基づいて

案件の処理を行う。


あまりにも民主主義に忠実であろうとするため、

いつのまにか

日本の国会で野党が使っていた「牛歩戦術」まで学習していた。



メルキオール、バルタザールの学習機能は、本日の一件から、

以下の結論を出した。


「今度、カスパーがごねたら、有無を言わさず強行採決しよう・・・」


MAGIが強行採決による混乱の責任を取って、解散総選挙を選び、

自爆したのは、それから半年後であった。




SS集に戻るには、このを押してください。