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NERV広報部、完黙す!

Update 08/15/98


   国際連合特務機関NERV、その所掌する事務は、人類補完計画の遂行、使徒の殲滅が主目的だが、それらを

   円滑に遂行するために、そのほかの様々な仕事も行っている。

   加持さんでお馴染みの特殊監察部や保安諜報部、そしてミサトの所属する作戦部、リツコやマヤさんの所属する

   技術部といった部署は有名であるが、そのほかにも多くの職員が働く多数の部署が存在している。


   例えば、国連の一機関なので、NERVも年間予算制度によって運営されており、資金の出入りについては経理部が

   比較的厳しく監視しているし、職員の採用や評価を担当する人事部や、職員の福利厚生や本部内の施設の修繕、

   清掃などを管轄する総務部、そして今回のお話の舞台となる広報部も地道な活動を行っている。


   NERVに広報部が置かれているという事実は、テレビ本編第弍話「見知らぬ天井」で、ミサトが

   「うちの広報部は仕事ができたって喜んでいるけどね」と呟いていることからも確認できる。






広報部の朝は早い。 職員たちは7時には出勤して仕事を始める。 なんでこんなに朝早くから出勤しないといけないかと言うと、まず国内の新聞をみてNERVに関連する記事や 保安諜報部の工作に役立つような記事を切り抜くという、地道かつ重要な任務があるためである。 国内の主要新聞や週刊誌、はたまた第3新東京市のタウン誌までに目を通す職員たちは真剣そのものである。 2015年の今日でも、新聞はまだペーパーで販売・購読されている。 やはりペーパーの方が一覧性があるためであるが、電子化されていないために職員達は切り抜いた新聞や雑誌の 記事をいちいちA4版の紙に張り付けて、それをスキャナーで読み込んで、構内回線に乗せて司令室ほか 各部署に送信している。 「おい、また記事が抜けてるぞ。それにこれは記事の一部が欠けているし・・・・ちゃんとしてくれないと、 困るよ! こんなのがウエに回ったら、やばいぞ!! ほら、これは記事が少し曲がって貼ってあるし・・・」 今日も朝から、竹生広報部長が職員を叱っている。 そんな姿を横目で見て、広報部員の八丈は本日何回目かの溜め息をついた。 (役所というところは、すべてにおいて完璧主義で「万が一の洩れ」があるのを非常に嫌うからなあ・・・・。 とくにうちはウエにうるさい人がいるからな。碇司令は「んな細かいことは俺はよう知らん」という態度だから、 問題ないんだけど、もっとも危険なのは冬月副司令だ・・・・) 八丈はカッターを持つ手を休めると、隣の机で眼を皿のようにして今朝発売の週刊新潮を眺めている福江に声を掛けた。 「なあ、なんで副司令って、新聞記事の切り抜きにあんなに細かく注文つけてくるんだろう? 普段、食堂で 見かけるときには、好々爺って感じなんだけど、こと新聞切り抜きに関してはまるで人が変わったみたいだよ」 福江は、「またぞろ出てきたM資金詐欺に引っ掛かった軍人たち」という記事から眼を離すと、うんざりした顔で 答えた。 「なぜって、お前、そりゃあ、副司令という職位が非常に危ういものだからだよ。 まずもって碇司令がNERV本部にいる間は、まったく何も仕事がない。 平時には、だだっ広い司令室で詰め将棋の練習かなんかをしているくらいだし、あ、そうそう、「副司令室」だって 与えられていないだろ? 使徒襲来時だって、司令の後ろに腕を組んで立って、ときどき、自称「寸鉄人を刺す」 警句を発するくらいしか仕事が無い。まあ、人はそれを通常、「茶々を入れる」って呼ぶんだけどさ。 書類の決裁権限も司令が握っていて、副司令は司令決裁後の書類しか見ていないんだ。 かつては稟議書は副司令を経て司令に上がる仕組みになっていたが、「決裁ルートの短縮によって意思決定を迅速化 しろ」という国連の会計監査官の指摘によって、今や部長クラスから直接、司令に上がってしまうからね」 「つまり、司令が出張で留守にするときに代理権限を行使する以外は、書類に文句をつけることすらできない んだね。まさに「ナンバー2の悲劇」だな。そう言えば、普段もなんか影が薄いもんな、あの人・・・」 八丈は、部長から見えないように、そっと缶コーヒーを口に含むとぽつりと呟いた。 「そうさ、だから、職場に出勤しても暇な副司令にとっては、いきおい、広報部が回覧してくる新聞や雑誌記事の チェックに割く時間がその他の誰よりも長くなってしまうんだ。そうすると、誰もみつけられなかったような記事の 漏れを見つけちゃうんだな、これが。なにしろ、朝出勤してから新聞各紙をすみずみまで2回ぐらい目を通している ような人だからね。そうやって記事の漏れを見つけると、広報部に直接電話して来て、文句を言うわけ。 稟議書類に文句をつけられない副司令にとっては、格好のストレス発散になるというわけだ。おっと、やべっ!」 福江は、部長が睨んでいるのに気づいて、慌てて雑誌記事に目を落とした。 「やれやれ、おかげでこっちはたまらないよ・・・・」 八丈も首をすくめながら、再びカッターを持つと、新聞紙面に視線を落とした。 朝の戦場のようなひとときが過ぎると、今度は記者達との応対が待っている。 周知の通り報道管制が敷かれているので、使徒襲来時の戦自や市民の被害状況は報道できないことになっている。 そればかりか、一応、公式にはエヴァについてすら報道できないので、記者達もストレスが溜まりまくっていて、 いきおい、挑戦的な取材姿勢になってしまう。 「ところで、NERVの上部組織である人類補完委員会についてなんですが、構成員は何名なんですか?」 今日も第壱日報の記者が朝から八丈に詰め寄っている。 「それは国連の広報部に聞いて下さい」 八丈は頭の中で想定問答集をめくると、公式見解をただちに回答する。 「それじゃ、この間の戦闘のことですが、あのクモみたいな使徒が市の中心部に到達するまで、 何も攻撃をしかけなかったのはなぜですか?」 記者は矛先を、第9使徒マトリエルとの戦闘のときにNERVがぎりぎりまで反撃しなかったことに向けてきた。 (まいったなあ・・・・本部が停電で動けませんでした、なんて言えないし・・・・えーと、想定問答では・・・) 八丈は内心焦りながらも顔色一つ変えず、回答した。 「その件に関しては、そういう戦略を作戦部で立てていたからです」 記者はなおも追及の手を緩めない。 「そういう戦略って、どういう戦略なんですか?」 「それは機密となっておりますので申し上げられません」 いつも最後には、この言葉で逃げ切るのがNERV広報部の常套手段である。 こんな回答で納得する記者はいない。 結局、こういう押し問答の繰り返しによって、NERVに対するマスコミの感情はまさに最悪の状態に 陥っていた。 「碇、いいのか? 今日の新聞での世論調査の結果、惨澹たるものだぞ」 冬月コウゾウは、今日も昆布茶の入った湯呑みを後生大事に抱えて、ふーふーと吹き冷ましながら、 照明の暗い司令室のソファに腰を下ろしていた。 「問題ない。世論がなんと言おうと、NERVには指一本触れることはできんよ。聞き捨てておけば良い」 端末を操作して何やら文書を作成していたゲンドウは、うるさそうに顔を上げると、突き放すように答えた。 「そうは言うがな、いざというときに、市民の協力を得られないとまずいのではないかな」 簡単には引き下がらない冬月である。 「ふっ、「いざというとき」が来ないように万全の態勢をつくっておけばいいまでだ」 今度はゲンドウももはや顔すら上げない。 「しかしな、上手の手から水が洩れ、なんて言う慣用句もあるくらいだからな。どんな予期せぬ事態が 起こらんとも限らないぞ。ここはやはり何か手を打ったほうが・・・・」 冬月は意図的にゲンドウに視線を向けず、あさっての方向を眺めつつ、執拗に話し掛ける。 「その「予期せぬ事態」が起こらないように水も洩らさぬ態勢をつくっておけぱいいだろう。そのための MAGIだ。伊達に予算も時間も投入しているわけではない」 ゲンドウの口調が明らかに「うっとうしいぞ、冬月!」という感情を帯び始めてきた。 いつの間にか、冬月はジオ・フロント内の風景に視線を移していた。 「おお、あんなところにスイカ畑が・・・・加持君が育てているっていうやつかな? 私が子供の頃は よく夏にスイカを食べさせられたな。ときに碇、スイカに塩をかけるのをどう思うか? 私はあまり 好きではないんだが・・・・」 呑気な口調で淡々と語る冬月を、ゲンドウはさすがに顔を上げて睨み付けた。 「今はスイカは関係ないだろ!」 今にもモニターの画面を殴り付けそうなゲンドウを、不思議そうな眼差しで眺めながら、冬月は呟いた。 「・・・・なんの話、してたんだっけ?」 ゲンドウは、思わず机をドンと叩いて怒鳴ってしまった。 「だからあっ、NERVに対する世論の受けが悪いっていう話だろ?! 」 そんなゲンドウをみて、冬月は大袈裟に肩をすくめてみせた。 「そうそう、それそれ!」 (そうそう、それそれ、じゃねえよ! しっかりしろよ、ジジイ! ぼけたか? ) 昭和42年生まれのゲンドウは、子供の頃にテレビで散々見たドリフ大爆笑の雷様コーナーにおける名言 「だめだ、こりゃ! 次行ってみよう!」を、ふと思い出していた。 「で、やっばり、手を打った方がいいのではないかと思うんだが・・・・」 冬月はまた最初から話を始めるつもりらしい。 (また、堂々巡りの話の相手をさせられるのか・・・・) ゲンドウは思わず頭を抱えると、半ば自棄になって叫んだ。 「もういい、わかった! わかったから、好きなようにやってくれ! こっちは委員会に出す書類作りで 手一杯なんだ! やりたかったら、そっちで勝手にやってくれ!」 冬月は、少し冷めてきた昆布茶をずずっと飲み干すと、老人とは思えぬような軽快な身のこなしで すっくと素早く立ち上がった。 「じゃ、何か手を打つことにするからな。理解してもらえて、嬉しいよ」 もはやゲンドウは冬月を無視して、言葉も返さない。 冬月は、そんなゲンドウの姿を一瞥すると、ゆっくりとドアに向かって歩き出した。 そして、自動ドアが開く直前に室内を振り返った。 「そうそう、ユイ君って、赤木博士とお前の関係って知ってたんだっけ?」 ゲンドウは顎をゴムで弾かれたかのようにぴくりと顔を上げて、驚愕の表情で冬月を見つめた。 「もし知ったら、補完計画の発動時にえらいことになるだろうね。困った、困った・・・」 冬月は心底困ったような表情で溜め息をつくと、そのままドアを出ていった。 そしてドアが背後で閉まると、ニヤリと笑った。 (・・・・碇を説得するには、この手に限る・・・・) 一方、ゲンドウは執務机に腰掛けたまま、凍り付いていた。 (・・・・冬月・・・「まだぼけてないぞ」というアピールのつもりか・・・まったく食えない男だ・・・・ ・・・・・だが、確かにユイに知られてたら・・・・) ゲンドウは人知れず鳥肌を立てながら、天を仰いだ。 「副司令室」という個人スペースを与えられていない冬月は、司令室を出るとその足で広報部にやってきた。 「・・・というわけなんだが、なんかNERVのイメージアップになるような企画を練ってくれんかね?」 「はあ・・・しかし、難題ですね・・・・」 広報部長は、降って湧いたような冬月の思い付きを聞いて、まさに苦渋の表情で答えた。 「実はね、ここに私の腹案があるんだが・・・・」 冬月はまたしてもニヤリと笑うと、作成に1週間は要したと思えるような分厚い資料を差し出した。 「どれどれ拝見させて頂きます。ほう、「CM作成と放映」ですか? よろしいんじゃないですか。 成功したCMが企業イメージをアップすることは珍しくないですからね。で、誰をCMに起用するんですか?」 冬月の起案したプランなので、内心、戦々恐々としていた部長は、予想外に平凡な文書のタイトルに、ほっと 安堵していた。 「ああ、それね。もう当たりをつけてあるんだよ。ほら、そこの12ページに書いてあるよ」 冬月は文書を引ったくると、なぜかとても嬉しそうにページを開いてみせた。 「あ、どうも。ええっと、あ、ここですね。「従って、CMには温厚かつ紳士な人物の起用が適当と考えられる。 ついては、この条件に合致する職員を選任すると、冬月副司令が適当と考えられる」・・・・・」 部長はそこまで読み終えると、思わず無表情のまま顔を上げて冬月を見つめた。 「いや、私もね、他の人がいいんじゃないかなーって思っていろいろと検討してみたんだけどね。やっぱり 適任者がいなくてね。いや、私自身もこういうことはあまり気が進まないんだけど・・・いやはや参った、参った」 冬月は言葉とは反対に顔を赤らめて至極嬉しそうである。 「・・・・・で、どんなシチュエーションをお考えなんですか?・・・・」 部長は頭を抱えたくなるような心境であったが、取り敢えず聞くだけは聞いてみようと思い直して、 顔をほころばせている冬月に向かって、おずおずと尋ねた。 「おお、よくぞ聞いてくれたね。今考えているのはね、朝日が昇る場面のあと、私がばちーんと将棋の駒を 盤面に打ち付ける。そこで「王手、飛車取り」というテロップが浮かび上がり、次の場面でね、私がNERV本部を 背景に立って「使徒を倒して、新しい夜明けを迎えられるようにできるのはNERVだけです」って 高らかに唱える、っていうやつなんだけど・・・・」 部長は目眩を覚えて、へたり込みそうになった。 (そんな古臭いベタなCMじゃ、逆効果だよ。やらない方がましじゃないのか?・・・・っていうより、 これって副司令が自分の存在感をアピールしたいだけなんじゃ・・・・) 「あ、それもなかなか良いプランですね。どうせですから、それをメインにして、その他にも何バージョンか 作ってみましょう。その方が広告代理店に発注するときにも安上がりでしょうから・・・・早速、検討に 入ります! いやあ、ほんとに副司令はアイデアマンですね! 我々の気づかないような要点を鋭敏に 見抜かれて、しかもプランまでお造りになるとは! 到底、我々の及ぶところではありませんよ!」 さすがサラリーマン生活が長い広報部長は、喜色満面の顔で冬月にお追従を答える。 「やっぱり、そう思うかね? いや、私も,、もしかしたら、自分にコピーライターの素質があるんじゃないかとか 思っちゃったりしてね。いや、仮に、仮にだよ、そういう素質があったとしても、それはそれ、これはこれだから、 ずっとNERV副司令としてとどまる方を望むつもりだがね! あっ、もうこんな時間か。ちょっと人と会わなきゃ いかんのでね。これで失敬するよ!」 冬月は頬を染めて足取りも軽く広報部から出ていった。 自動ドアが閉まる瞬間、廊下を振り返った広報部長は、冬月がスキップをしながら廊下を歩いていく後ろ姿を 見てしまった。 「諸君! 今、聞いておられたとおりだ。今、広報部はNERV創設以来の危機に直面している。 少なくとも、副司令の出演するCMだけを放映すれば、NERVの人気は再起不能となるだろう。 とにかく、何かいいプランを考えて見てくれ。予算については、まあ、副司令のお声掛かりだから、ほぼ無尽蔵と 考えていいだろう。とにかく頼むぞ!」 こうして広報部では、NERVのイメージアップのためのCM制作が検討されることになった。 広報部ではいろいろなプランが検討されたが、結局、意見がまとまらない。 それもそのはずである。 今まで他人の目を意識してCMなんか作ったことの無い素人集団の集まりなんだから。 毎日、結論のでない小田原評定をさんざん繰り返した挙げ句、みんなで頭を捻って出した結論が 「本部内でのCM公募」という苦肉の策だった。 かくして、NERV本部の自意識過剰の職員達は、自分を被写体としたCMプランを練り上げて、 それを試写して、広報部に続々と送り付けてきた。 プランその1「副司令の出した案」 広報部の評価「とにかく発想が古い。今どき地方局でも流さないようなCMである。前世紀の公*式のCMを を連想させる。NERVが古い体質の官僚組織だと誤解される危険性がある。」 プランその2「人類補完委員会の会議風景。老人達が年齢に似合わぬ白熱した議論を繰り広げている。 世界を救うための真剣な議論の後で、キール議長がサンバイザーを外し、「NERVは 国連の下部組織として活動しています。国際連合は各国の分担金、つまりみなさんの税金で運営されています。 清く正しく明るいNERVを作るために私たちは努力しています」と、つぶらな瞳で呼びかける」 広報部の評価「いつのまにか人類補完委員会から送られてきたCM案である。委員会自体が非公開なのに こんなCMを流して良いのか疑問が残るが、それはさておき、試写内容を見る限り、委員達が今までこういう 晴れ舞台に出た経験がないせいか妙に緊張していて、台詞が棒読みでいかにも作り物っぽくなっている。 キール議長がおどろおどろしい声で、「清く明るく正しい」なんて言っても全然説得力が無い。」 プランその3「中央作戦司令部ののんびりとした日常風景と作戦中の発令所の緊張感溢れる風景を 対比して流す。絶望的な状況下で奮闘するオペレーター3人衆の姿をアップにしたあと、一転して 使徒を倒した喜びに沸く発令所の遠景を流す。最後に「NERVって、人類を守る大切な仕事してるんです。 だから、やり甲斐もあるし、それにこんなに明るい職場なんです」という、伊吹二尉のナレーションを流す」 広報部の評価「伊吹二尉の起用は評価に値するが、暇なときにマンガ本を読んで悦に入っている日向二尉や うっとりした表情でギターを弾く真似をしている青葉二尉の姿を放映するのは「税金泥棒」という批判を 受けそうだし、何よりもオペレーターばかりをクローズアップすることについて、彼らの女性上司から 強いクレームが来ている」 プランその4「作戦指揮中の葛城一尉の勇姿をアップで流す。次のコマでは、もの憂げにジオ・フロントを 眺めながらコーヒーを飲む葛城一尉のちょっと寂しげな姿を遠景から映す。一転して、チルドレンたちから なつかれて優しいお姉さんぶりを発揮している姿を映したあと、「指揮官として、女として、そして姉と慕われて 一生懸命生きているのに、なんで世間はわかってくれないのかしら・・・」というナレーションを流す」 広報部の評価「プランその3にクレームをつけた女性上司の作品である。広報部内では「あまりにも美化しすぎ」 という声が多い。仔細に眺めてみると、飲んでいるのがコーヒーではなくビールだったり、チルドレンたちのうち ふたりは半ば呆れた表情だし、ひとりは全くの無表情で、モノで釣った「ヤラセ色」が濃厚である。セカンド チルドレンが葛城一尉に抱きつきながら、素知らぬ顔で腹の肉をつまんで脂肪の厚さを誇示しているのもマイナス ポイントである」 プランその5「端末をもの凄い勢いで操作している赤木博士とそれをうっとり眺める伊吹二尉の姿を映す。 次の場面ではホワイトボードに書かれた数式を説明している赤木博士と、それを真剣に見つめてメモをとる 技術部員たちの姿を紹介。最後にMAGIを見上げながら、「母さん。母さんの作ったコンピューターと 一緒に戦っています。世界を使徒から守るために頑張っています。見ていて下さい」というナレーションを流す」 広報部の評価「まず赤木博士を見つめる伊吹二尉の眼差しが尋常ではない。明らかに尊敬を越えた何かが 感じられる。さらに赤木博士の説明シーンも、部員達が博士の視線に明らかに怯えている感じが滲み出ている。 最後のナレーションの撮影においては、なぜか初号機が突然反応して、悔しげな咆哮を上げるハプニングがあり、 全国放送した場合、どのような反応を示すかも懸念材料である」 プランその6「特殊監察部の加持一尉が女子職員達と談笑している風景を流す。次の場面では愛しそうに スイカに水を蒔きながら、サードチルドレンとしみじみと語り合う姿を放映。最後に男くさい笑顔をアップで 映し、サードチルドレンのナレーション「加持さん。僕のお兄さんのような人。辛気臭いオヤジだけじゃなく、 NERVにはこんなかっこいい人もいるんです」を入れる」 広報部の評価「加持一尉の女子職員を眺め視線が、妙になまめかしく、舐めまわすような感じがする。 職員の顔を眺めずに胸部ばかりを凝視しているのも問題。スイカ畑の光景は視聴者、とくに女性の心をつかみ そうであるが、サードチルドレンのナレーションのうち「辛気臭いオヤジ」の部分については、司令から強い クレームが来ている。ただし、副司令はなぜか絶賛しており、幹部の評価が分かれている」 プランその7「初号機専属パイロットの碇シンジが友人2名とともに第壱中学に向かって登校 している風景を流す。場面変わって、NERVの更衣室でプラグスーツに着替えながら、ふと使徒との戦闘を 思い出して、左手をぎゅっと握る姿を放映。最後のシーンでは、ファーストチルドレンと並んで月を眺めながら、 「僕はなんのためにエヴァに乗って戦っているんだろう? 自分のためか、みんなのためか分からない。戦闘は はっきり言って怖い。でも、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめなんだ」と呟いている姿を 流す」 広報部の評価「最初の場面では、サードチルドレンよりも友人二人の強烈な個性、つまり汗をだらだら流しながら 黒いジャージを着込んで妙な関西弁を駆使したり、眼鏡を光らせながら、女生徒の写真をとりまくる姿が前面に出て しまっており、それと対照的におとなしいサードチルドレンの影が薄くなってしまっている。 更衣室のシーンでは、左手をぎゅっと握ったはずなのに、いつのまにか閉じたり開いたりしており、 気弱な感じに見える。月を眺めるシーンについては、なぜかセカンドチルドレンから非常に強いクレームが 来ているうえ、この期に及んでまだ迷いを抱えている姿はマイナスポイントである。但し、そんな彼を 無表情ながら、いつもとは違った、やや優しさの感じられる瞳で見つめているファーストチルドレンの 姿は、視聴者の心をとらえる可能性がある」 プランその8「弐号機専属パイロットの惣流・アスカ・ラングレーが大胆な水着姿で華麗に泳いでいる 風景を流す。次に対イスラフェル戦でのサードチルドレンとのユニゾン練習風景を再現し、二人の息の合った ダンスを放映。最後の場面では、明るい太陽の下、新横須賀港をバックに赤いプラグスーツ姿で仁王立ちし、カメラを 見据え、「惣流・アスカ・ラングレー、「戦いは常に無駄なく美しく」をモットーにしている14歳。 世界の平和はアタシに任せてっ! アタシがそう言っているんだから、まちがいないわよっ!」と カメラに向かって指をつきつける」 広報部の評価「全体として明るいイメージで、セカンドチルドレンの魅力が余すところ無く現れている。とくに 健康的な水着姿は広報部も高く評価している。ただし、落ち着いて考えると、これはNERVのCMではなく、 セカンドチルドレンの個人プロモーションビデオに限りなく近いような気もする。これを放映した場合、おそらく セカンドチルドレンの人気は沸騰しようが、NERV本部のイメージアップにはつながらない公算が大きい。 また、事前にこれを視聴したファーストチルドレンが、ユニゾンの場面で、生れて初めて不快な表情を見せたことも やや気がかりである」 プランその9「零号機専属パイロットの綾波レイが、芦ノ湖をバックにたたずんで月を眺めているシーンを放映。 次にサードチルドレンとの対談のシーン。「NERVってどんなところなの?」「・・・知らない・・・」 「僕は、みんな頑張ってるって思ってるんだ」「・・・そう、良かったわね・・・」「・・・でも、市民の人たちは あんまり理解してくれないんだ。なんとかわかってもらいたいんだよ」「・・・じゃ、そうすれば・・・」 「毎晩、いろいろな考え事してるから寝不足でつらいよ」「・・・じゃ、寝てたら・・・」といったやり取りが 続く。最後にプラグスーツ姿でカメラの前に立ち、真っ直ぐカメラを見つめ、「あなたは死なないわ。私が守るもの」 と静かな口調で呟く」 広報部の評価「ファーストチルドレンが自らこうしたCMを作成し、広報部に持ち込んだことは大いなる驚きである。 CM自体は彼女の清楚で可憐な魅力がよく現れている。しかし、サードチルドレンとの対談のシーンでは、 取りつく島も無いような言葉を連発した上、サードチルドレンの「好きな食べ物は?」という問いに、 しばらく考えた後「肉は嫌い」と答えている。これが放映されれば、全国の畜産業者の強い反発を招くことが 懸念される。」 プランその10「NERV関係者ではないが、一般民間人がなぜか嗅ぎ付けて自主制作して広報部に 送り付けてきたCM。全編が数学の授業になっていて、老教師が淡々と自分の考え方を述べている。 N*Kテレビの通信高校講座に酷似しているが、なぜか黒板に書かれている数式についての説明は一切無く、 全く関係の無いセカンドインパクトの話が延々と続く。」 広報部の評価「却下」 広報部では、いずれ劣らぬ迷作揃いに、頭を抱えることになった。 広報部長は青白い顔で胃の辺りをしきりに押さえながら、苦渋の決断を下そうとしていた。 「こうなってはしかたがないな。司令と副司令のご聖断を仰ぐよりほかに手はない・・・・」 かくして、10本のCMはあの暗い照明の司令室で、幹部の閲覧に供されることになった。 「うむ、よくできてるじゃないか。とくにこの将棋のCMはいいねえ。将棋は心を潤してくれるね。 リリンの産み出した文化の極みだね。そうは思わないかい、碇ゲンドウ君」 冬月は、どこかで聞いたことのあるような台詞を呟くと、すこぶる上機嫌で煙るような微笑を ゲンドウに送った。 「・・・あ、ああ・・・も、問題ない、はずだ・・・私はどれでもいいと思うが・・・勝手に決めていいって 言っておいただろ?・・・・」 ゲンドウはなぜか背中に冷たいものを感じながら、かろうじて答えたが、冬月は少し不満そうな表情で、 ゲンドウを見つめ返した。 「失礼だが、君は自分の立場をもう少しは知った方がいいと思うな。管理職なんだから・・・」 こんな失礼なことを言われて、平然と「はい、そうですか」と受け流せるような、「できた」人間は ざらにはいない。 ゲンドウもさすがにむっとした表情で黙り込んだ。 (冬月、調子に乗りおって・・・・しかし、こんなことを言われて、引き下がるほど 私は円熟した人間ではない。今にみているがいい・・・・) 表情を消したゲンドウは、口の前で両手を組むと、何の感情も含めないような声で決断を下した。 「CM11本の中から、私が適作を1本選ぶことにする。冬月が出演する可能性は高いだろう」 冬月はニヤリと笑うと呟いた。 「・・・・勝ったな・・・しかし、CMは10本のはずだが・・・ま、いっか・・・・」 2週間後、シンジはミサトのマンションで夕食の後片付けをしていた。 ミサトは食後のエビチュを楽しみながら、アスカはファッション雑誌をめくりながら、それぞれリビングルームで くつろいでいる。 再開発地区の停電のため、レイもミサトのマンションに泊りに来ていた。 「ミサトさん、アスカぁ、梨でも剥こうか?」 食器の後片付けが終わり、シンジはエプロンで手を拭きながら、リビングルームに向かって声を掛けた。 「いいわねえ。食後の梨なんて、シンジ君、気が利くわね。やっぱり主夫とかが似合ってたりして・・・ アスカ、楽できるわよっ!」 ミサトはキッチンの方に視線を移しながら、悪戯っぽく微笑んだ。 「な、何を言うのよ! なんでアタシがバカシンジなんかとっ!? 」 まなじりを決して立ち上がるアスカも、なぜかほんのりと頬が赤い。 そんな騒ぎをよそにシンジが梨を剥き始めたとき、バスルームから淡々と囁くような声が聞こえてきた。 「・・・・お風呂・・・・お湯・・・・暖かい水・・・・「お湯を沸かす」という言い方は誤り・・・・ ・・・・・お湯を沸かしたら、蒸気になってしまう・・・・「水を沸かす」という言い方が正確・・・・ ・・・・・「瞬間水沸かし器」というのが正しい呼び方・・・・ばばんば、ばん、ばん、ばん・・・・・ ・・・・・これは歌? 歌っているのは私? 初めてだけど初めてじゃない気がする・・・・・ ・・・・・この歌、知ってる・・・・ドリフターズの「湯煙り旅情」・・・・ ・・・・・往年の名番組「8時だョ! 全員集合」の冒頭で流れていた歌・・・・・ ・・・・・ヒトは視聴率を恐れ、体当たりの演技を使って、裏番組の人気を削ってきたわ・・・・ ・・・・・人気・・・・上がる人気・・・・気持ちのいいもの・・・・碇君・・・・」 「あのさあ、綾波、そろそろお風呂から上がったらどうかな? もう1時間になるし・・・」 シンジは梨の皮を実に器用に剥きながら心配そうな声をかけた。 「・・・・・命令があれば、そうするわ・・・・」 「いやその、命令がなくてもそうしないと、やっぱりその、健康に悪いんじゃないかと・・・・」 いつもの通り、シンジは相手からの反論に極めて弱い。 こんなときには、仕方なくミサトが助け船を出すことになるのが常である。 「レイはまだお風呂入ってんの? いい加減に出ないと、のぼせちゃうわよ」 「了解。これより更衣室に入ります」 ミサトの声が聞こえると、レイは風呂から上がって更衣室に入ったようだ。 「どーせ、風呂の中で、また連想ゲームやってたんでしょ、ほんとファーストも好きよねぇ・・・・」 あきれたようなアスカの声が響く。 そんな微笑ましい光景を眺めながら、シンジが切り分けた梨を皿に盛り付けていると、 レイがきちんと着替えてバスルームから出てきた。 レイの姿を一瞥したシンジは、そのままの姿勢で凍り付く。 「・・・・やっぱりその、まずいんじゃないかな・・・・プラグスーツを普段着にするのって・・・・」 「・・・・どうして?・・・・」 「だって・・・・その、汚れちゃうし・・・・それに、みんなから変な目でみられちゃうよ・・・・」 レイはいつものような無表情のまま、それでも僅かに小首を傾げてシンジを見つめている。 「・・・・これを着て街を歩くと、おなかが満たされるのに・・・・・」 「えっ、どうして? そんな機能、プラグスーツについていたっけ?」 さすがにシンジも怪訝な顔に変わっている。 「・・・・知らないおじさんが、レストランでご飯食べさせてくれるから・・・・」 (それって・・・・やばいよ、綾波・・・・・) シンジは一挙に吹き出てきた汗を拭いながら、レイを見つめていた。 「もしかして、いや、もしかして、だよ。その後って、どうするのかな?」 「・・・・その人がトイレ行っている間に、私だけレストランから出て家に帰ってくる・・・・」 「・・・・それって、無銭飲食なんじゃ・・・・」 そんなにシンジに向かって、レイは不思議そうな表情で呟く。 「・・・・ちゃんと後ろ姿に、「じゃ、さよなら」って言ってるから・・・・」 (そういう問題じゃないんだけど・・・・・) シンジは頭を抱えて座り込みたい気分に陥っていた。 「そう言えばさあ、あのCM公募ってどうなったのかしらねえ?」 腹ばいになって雑誌をフォークでめくりながら、アスカは梨を呑み込むと誰に問うとも無く呟いた。 「ああ、あれね。そろそろ放映されるらしいわよ。たしか昨日、碇司令がそんなこと言ってたから。 アタシも応募したんだけど、さてさて誰のが採用されたか、楽しみよね。たしかアスカもシンジ君も 応募したんだったわね?」 「そんなの言うまでもなく、このアタシのが採用されるに決まってるじゃないっ! こーんなボケボケっとしてる シンジのどうせつまんない作品なんか当選しないわよ!」 いつものようなアスカの悪態に、シンジは黙って苦笑いで答えた。 「・・・・私も応募した・・・・」 レイの一言は一瞬にして葛城邸の茶の間を凍らせた。 「ぴっ、ぴっ、ぴっ、ぽーん」 静まりかえったリビングルームにテレビの午後8時の時報が流れた。 「あっかるーいねるふ、あっかるーいねるふ、みんな、うちじゅうなーんでもねるーふー」 聞き覚えのある若者3人による自棄気味の調子外れな歌が流れると、画面が切り替わった。 見たことのある広く薄暗い部屋。訳の分からない模様が天井と言わず床といわず、ところかまわず描かれていて 陰気臭いこと、このうえない。 そんな中で、髭まみれの中年の男が中央の大きなデスクに座り、なにをするでもなく、ただ手を顔の前に組んでいる。 画面一杯に色眼鏡をかけた髭づらが広がった瞬間、それは口元を歪めてニヤリと笑った。 「うげーっ、ごほごほごほっ」 シンジは呑み込みかけていた梨を苦しそうに吐き出すと、激しく咳込んで涙目になった。 次の瞬間、画面が再び切り替わった。 今度は会議室での風景らしいが、隠し撮りされたものらしく、画質はちょっと悪い。 赤いスタジャンを着た若い女性と金髪の若い女性、それにショートカットの若い女性、 長髪の若い男性、眼鏡の若い男性、そして、白髪の初老の男性、最後に再び髭づらの男へと、 カメラはターンしている。 音声が消されていて、何を議論しているのかわからないが、重々しく陰欝な雰囲気が漂ってくる。 お世辞にも活発な議論が行われているとは言い難い。 出席者は、髭づらの男の表情をちらちらと盗み見ていて、萎縮しているのが手に取るようにわかる。 突然、音声が甦った。 「・・・・これは君のミスということだな、葛城一尉・・・・」 「・・・・申し訳ありません。以後、気をつけます」 「・・・・君には失望した。もう顔を見ることもあるまい・・・・」 その瞬間、泣きそうになったミサトの顔がアップになる。 「ぐはあっっ!!」 葛城邸の茶の間では、ミサトが飲みかけのビールを派手に吹き出し、正面に座っていたシンジが 見事にびしょ濡れになっていた。 「ひどいや、ミサトさん・・・・」 またもや涙目になるシンジ。 テレビでは、再び画面が切り替わっていた。 和室で紋付きを着た、やはり髭づらの男が画面に向かって正座して茶を飲んでいる。 後ろの床の間には、見事な草書で「時計の針は戻せないが、自らの手で進めることはできる」と、 物騒なことが書かれた掛け軸がかかっている。 開け放たれた障子の間からは、うっすらと三角形の建物が松林越しに見えている。 「あれ、NERV本部じゃないの?! ジオ・フロントにあんな座敷なんかあったの?」 アスカがあきれたような声を挙げたとき、「獅子脅し」の音が響き、画面にテロップが流れた。 「碇ゲンドウ、48歳。特務機関NERV司令。地球の平和はこの男の双肩にかかっている」 突然、襖を蹴破って座敷に踏み込んでくる異形の者。 蹴破って、というより、突き飛ばされて座敷に転がり込んできたような格好である。 よく見ると、イカのような衣装の脇から僅かに白髪が覗いており、額にあたる部分には、 極太明朝体で「使徒」と大書された紙が貼ってある。 「・・・・あれ、副司令ね・・・・」 冷静な声で、レイが淡々と呟く。 そんな異形の者を、すっくと立ち上がったゲンドウが、いつの間にか手にしている竹刀で一刀のもとに打ち払い、 異形の者はぴくりとも動かなくなった。 またしても、テロップが画面に流れる。 「NERVであんしん! 明日のニッポン!」 画面では僅かに滲んだ汗を軽く拭いながら、ゲンドウがニヤリと笑っている。 「・・・・ふっ、問題ない・・・・」 CMは終わり、「大岡越前」のテーマソングが茶の間に流れ始めた。 発令所では、ゲンドウと冬月がテレビ画面を眺めていた。 「・・・・どうだ、冬月。これでイメージアップはまちがいないだろう。 微笑みをふりまく一方、仕事には厳しく、そして使徒には力強く立ち向かう・・・・理想像だな・・・・」 ゲンドウはいつになく上機嫌で後ろに立つ冬月を振り返った。 「・・・・ああ・・・・すべてはこれからだよ・・・・」 痛々しい包帯姿の冬月は、松葉杖でゲンドウを殴りたい衝動を必死で押さえながら立っている。 「・・・・世間の反応を聞きたい。広報部につなげ・・・・」 ゲンドウは電話の受話器をとると、オペレーターに告げた。 「・・・・広報部との回線、つながりません! 外部からの電話が殺到していて、職員が他の電話に出られない模様です!」 オペレーターの緊張した声を耳にすると、ゲンドウはゆっくりと受話器を下ろし、誰に向けるとも無く、 満足げに微笑んだ。 「・・・・サインの練習、しておかなくちゃ・・・・」
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