春秋の花大西巨人


てんと蟲一兵われの死なざりし
安住敦

俳人。東京生(一九〇七〔明治四〇〕〜一九八八〔昭和六三〕)。立教《りっきょう》中学卒。逓信官吏養成所《ていしんかんりようせいしょ》修。『貧しき饗宴』、『古暦』、『市井暦日』、『午前午後』など。

*しぐるるや駅に西口東口

 句集『古暦』〔一九五四〕所収。「八月十五日終戦」という前書きが付けられている。それは、たとえば、中村草田男《なかむらくさたお》の「切株《きりかぶ》に踞《きょ》し蘖《ひこばえ》に涙濺《そそ》ぐ」〔『来《こ》し方行方《かたゆくかた》』、一九四七〕、金子兜太《かねことうた》の「スコールの雲かの星を隠せしまま」〔『少年」、一九五五〕が作られて、また腰折れながら私自身の「秋四年《よとせ》いくさに死なず還《かへ》りきて再《ふたた》びはする生活《いき》の嘆《なげ》きを」〔『昭和萬葉集《しょうわまんようしゅう》』巻七、一九七九〕が作られたころである。そののち、たとえば、斎藤史《さいとうふみ》の「夏の焦土《せうど》の焼けてただれし臭《にほひ》さへ知りたる人も過ぎてゆきつつ」〔『ひたくれなゐ』、一九七六〕が作られて、いま敗戦五十年目の夏が来た。私は、万感《ばんかん》胸に迫る。


前に戻る次を読む目次 表紙