山崎行太郎氏「大西巨人は本物の『巨人』か?」のデタラメ

                                

大西 赤人


 先日、知人と会ったら、「大西さんのお父さんの事が『産経新聞』に載ってたよ、知ってます?」と言い出した。「ううん、『産経』見ないから。何だって?」と応えると、「いやあ、ムチャクチャ書いてあるんで、持ってこないほうがいいかなとも思ったんだけど……」と幾分ためらいながら、1月15日付『産経新聞』朝刊読書欄の切り抜きを渡してくれた。「斜断機」というコラム欄に「東工大講師 山崎行太郎」名で、「大西巨人は本物の『巨人』か?」と題する文章が載っている。

 山崎氏は、『群像』一月号に掲載された柄谷行人氏と巨人との対談を採り上げ、「文壇の老大家気取りで堂々たる大演説をぶち上げている」「対談でしゃべっていることは陳腐なことばかり」「群小作家・大西巨人」云々と言いたい放題に巨人をコキ下ろしている。

 大西巨人と大西赤人は同じく文筆を生業としている親子であるけれども、お互いに相手のおかげで自分の評判が低下していると冗談で言い合うような関係だし、ここで僕として、先のコラムの内容に反論、反撃等を試みるつもりはない(巨人に電話をしたところ全然知らなかったので、同記事をファックス送信しておいたから、そのうち本人は何かしらの対応をするだろうが……)。

 では、何を問題にしようとしているかというと、このコラムの中で山崎氏は、巨人を批判しようとするあまり、引いては僕にも関わってくるデタラメを書いているのである。本文を引用すると――

「挙げ句の果ては、同じく海軍軍人の家系ということで、故江藤淳が『文学博士』になったことをめぐって、ライバル意識を剥出しにして罵倒している。」

 最初に通読した際、この部分の意味合いが僕には判らず、ただ『巨人が江藤淳に“ライバル意識”だって?』と苦笑させられただけだった。ところが、再度読み返すと、どうもおかしい。「同じく海軍軍人の家系ということで」とは何なのだろう? たしかに故・江藤氏は、自身の祖父が明治時代の海軍中将であったことに強いこだわりを抱いていたようであるが、我々「大西」側には、「海軍軍人の家系」なんて影も形もない。

 そこでやっとピンときた。過去、巨人については、太平洋戦争末期にいわゆる「特攻」作戦を案出し、敗戦時に自決した海軍中将・大西瀧治郎の「孫」という全くのデマが流れたことがある。どうやら山崎氏は、その根も葉もない話を信じ込んだ――あるいは信じ込んだフリの――上で、江藤・大西両者の共通項として「海軍軍人の家系」を仮構し、“ライバル意識”を捏造したものと想像される。そうすると、当方は大西瀧次郎の「曾孫」かね? いやはや……。

 巨人が『神聖喜劇』という軍隊(ただし陸軍だが)を主要舞台とした小説を書いていたこと、また、大西という幾らか珍しい名字が共通していることなど、巨人イコール瀧治郎の孫という話は、それなりに信憑性を伴った面もあったらしい。とはいえ、巨人自身も以前に書いていた事ではあるが、敗戦当時、多分五十代であったろう大西瀧治郎と二十代後半だった大西巨人とが祖父と孫というのは、いささか年恰好が合わない(要するに、デマにしても「親子」とか「兄弟」のほうが真実味があったろうに、というわけで……)。

 先のコラムで山崎氏は、巨人の江藤淳批判に関連して「証拠があるなら、具体的な文献をちゃんと提示したまえ」とヤケに気炎を上げているが、大西が「海軍軍人の家系」であることについては、何か証拠を提示していただけるのでしょうかしらね?
(2000.1.31)


表紙に戻る