第8日(平壌→ウラジオストク→新潟)


5月6日(木)

 今日は最終日なので、朝食はホテルでとらず、外でとるのだそうである。クッパの朝食が出るそうで、楽しみである。

 結局、我々の出発時間までに、ポスターは届かなかった。皆、ポスター代を払うために余分に両替していたのであるが、その分は余ってしまった。案内員はホテルで再両替ができると言ったが、やってみた人の話では、断られたそうである。

 外のレストラン、と言っていたが、そのレストランは我々のホテルのすぐ近くであった。と言うより、ほとんど向かいの路地を少し入った所であった。チャングァン(蒼光)清涼飲料店の地下1階である。入口だけ見ると、他の建物と変わりばえがしなかったが、中に入ってびっくり。日本の喫茶店のような、きれいな作りのレストランであったからだ。

 ところが、出てきた朝食を見てがっかりした。クッパのはずの朝食が、事もあろうに和定食になっていたからだ。和定食ならば、何もここで食べなくとも、あと何時間かすればいつでも食べられる。ぜひクッパが食べたかっただけに、残念である。リピーターの人によると、ここは在日朝鮮人の経営らしく、それゆえ、日本式の内装になっていて和食も出るのであろう。

 朝食を済ませて、我々はバスに乗り、空港まで行った。運転手に
「カムサハムニダ」
と言うと、にこにこして
「ト・オセヨ(また来て下さい)」
と言ってくれた。

 しかし、空港でもパックントンの再両替はできないことが分かり、帰ってからCG旅行社で、ということになった。帰り際になってポスター、再両替と納得の行かないことが相次ぎ、我々は皆気分を害してしまっていた。

 最後に、P案内員にポスターの件を再確認して、我々は出国審査場に向かった。待合室では、台湾の団体に出会った。先日妙香山でであった団体とは別の団体らしい。聞いてみると、台北からマカオ経由で平壌入りし、我々と同じ飛行機でウラジオストクに行って、それからロシアを観光するという。台湾の「リーシャン・リューヨウ(理想旅遊)」という旅行会社主催のツアーで、この人たちは、高麗航空の文字が入ったカバンや帽子を持っていた。高麗航空グッズなど、リピーターの人たちにとっては垂涎の的であろう。

 ビザは出国審査のときに取られてしまうので、北朝鮮に行ったという証拠はパスポートには残らない。ただ、高麗航空の搭乗券にも出国スタンプが押されるので、これが唯一の証拠となる。搭乗券はまだチョソン・ミンハン(朝鮮民航)のままになっており、エコノミークラスなのでイルバンチャリピョ(一般席票)と書かれていた。その搭乗券に押されたスタンプは、上の列に「チョソン(朝鮮)★ピョンヤン(平壌)」、真ん中の列に「1999 05 06」と日付表示があり、下の列に「ハンゴン・トンヘン・コムサソ(航空通行検査所)」と書かれていた。機内持ち込み手荷物にはタグをつけてくれるが、「チョソン・ミンハン、ケクシルチムピョ(朝鮮民航、客室荷物票)」と表示がある。また、うれしい事に平壌空港の空港税の領収書がもらえた。

平壌空港に駐機する高麗航空の旅客機。

さらば、北朝鮮よ。

 高麗航空JS271便は、予定より10分早い午前10時30分に出発し、ウラジオストクに向かった。機内で、またペタンムル(梨甘水)が出てきた。最後の最後まで、飲み物はペタンムルである。

 それから、2人いるこの便のスチュワーデスのうち、1人は語学が非常に達者である。機内では、まず朝鮮語のアナウンスがあり、続いて英語のアナウンス、そして極めて正確な発音の中国語と、流暢な日本語でのアナウンスがあった。ただ、北朝鮮の人は皆同じようなしゃべり方をするので、アナウンスは実はテープであったのかもしれない。

スチュワーデスが、またペタンムルを持ってきた。

 機内では、雑誌や労働新聞を配っていた。労働新聞は、日本や韓国の新聞と違い、横書きであった。真ん中に大きく「ロドン・シンムン(労働新聞)」と書かれ、その下に「朝鮮労働党中央委員会機関紙」とアンダーライン入りで発行機関名が書いてある。その下に、
「第126号[累計第196060号]チュチェ88(1999)年5月6日(木曜日)」
と書かれていた。「労働新聞」の題字の左には、アンダーライン付きで
「全世界労働者達は団結せよ!」
と書かれ、その下に
「偉大な首領金日成同志の主体思想で堅く武装しよう!」
と、題字の右側には
「偉大な領導者金正日同志の思想と領導を専心一意に仰ぎ奉ろう!」
とある。

 本日のトップ記事のタイトルは

「朝鮮人民軍最高司令官金正日同志におかれては、朝鮮人民警備隊第1216部隊養魚場をご視察になりました」

であり、記事の冒頭部分は

「朝鮮労働党総書記であらせられ、朝鮮民主主義人民共和国国防委員会委員長であらせられ、朝鮮人民軍最高司令官にあらせられる、わが党とわが人民の偉大な領導者金正日同志におかれましては、朝鮮人民警備隊第1216部隊養魚場をご視察になりました」

であった。記事中、「金正日」の部分は全て太字になっていた。これは、記念に買ってきたCDの歌詞の中でも同じで、金日成および金正日の部分はやはり全て太字になっていた。

ウラジオストクに到着。

 ほどなくして、我々はウラジオストクに到着した。乗り継ぎ手続きを取る。ここのトランジットルームで待っている間、Fさんの奥さんが嬉しそうな顔をして

「実はいいものを持ってるの」

と言うので見ると、何と、北朝鮮のビザであった。出国審査のときに、審査官が回収するのを忘れたのだ。何と言う幸運!北朝鮮のビザを手元に残して持っている人は、ほとんどいないに違いない。

 我々は、ウラジオストクでしばらく待った後、ウラジオストク航空XF807便に乗り換えた。同機は、離陸したときの衝撃で天井板の一枚が外れてしまった。それで、近くにいたスチュワードに

「スカジーチェ。パスマトリーチェ・ターム(すいません。あれを見て下さい)」

と言って外れた天井板を指差すと、

「No problem」

と言われた。いつもの事らしい。

 新潟空港に着いて、外に出ると、日本であった。うれしい。もう案内員に付きまとわれることもない。自由で豊かな国に帰ってきた。日本に生まれてよかったと思った。

新潟に帰ってきた!

(おわり)


後日談

 注文したポスターは、後日、無事届きました。
後から届いたポスター。
「母なる党に栄光あれ」


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