平成10年3月10日(火)成田空港12時30分発のエールフランス機でパリに向かう。機内は満席であった。周りは新婚カップルばかりで、そんな中に一人座っていると、どうも場違いな感じがしてくる。
パリには、現地時間の17時40分着。一度外に出て、両替をした。40万円替えて、17862フランになった。23時発のドゥアラ行きまで、ロビーでずっと待っていた。
21時頃から、続々と人が集まってきた。来たのは、エアバスA340で、これも満席。意外に黒人は少ない。やはり、エールフランスに乗るのはヨーロッパ人が主なのだろうか。日本人も一人いた。身なりからして、商社マンらしい。その他、中国人も何人かいたほか、隣の席の人はフィリピン人であった。丁度、先月マニラに行ったところだったので、その時の話をしながら、離陸を待つ。7機が離陸待ちとのことで、離陸まで約1時間かかった。その間、エールフランスでは
「まだあと2機が先に離陸しますので、当機の離陸はあと約15分後になる予定です。お急ぎのところ恐れ入りますが、今しばらくお待ちください」
というように、状況を刻々とアナウンスしている。フランスなどはずぼらな国で、運行時間などはいい加減かと思っていたが、頻繁に状況をアナウンスするので、少し驚いた。
3月11日(水)夜中1時に夕食、早朝4時30分に朝食が出た。ドゥアラには5時45分に到着した。思ったよりも大きい空港である。
着陸したときは、まだ、真っ暗であった。入国、税関共に、すんなり通ることができた。銀行は閉まっていたので、売店のオッサンに両替をしてもらう。気温は26度とのことであるが、湿気がものすごい。今まで行ったどの国よりも蒸し暑い。しかも、空港には冷房が無い。空港のターミナルビルを出た頃には、シャツが汗でべとべとになった。
外に出た頃には、辺りは、もうかなり明るくなってきていた。空港から市内に行くバスを探すが、そんな物は見当たらない。後で分かったことだが、西アフリカの空港はリムジンバスなどないのが普通で、タクシーしか交通手段は無い。しかし、着いたばかりで相場も分からないし、市内の方角も分からないので、タクシーに乗る勇気がなかった。第一、空港で客待ちをしているタクシーにろくなのは無い。
タクシー運転手の勧誘を無視して、その辺を少しうろつくと、別の客引きが来た。「タクシー?」と聞くので、「バス」と言うと、Hotel Akwa Palaceの車まで連れて行ってくれた。今晩ここのホテルに泊まるのなら、ホテルまで無料で送迎するという。車には、同じ飛行機で来たヨーロッパ人がすでに3人ほど乗っていた。1泊28000CFAらしく、やや高かったが、最初の一日なのでOKして乗せてもらった。
市内までは、15分位であった。町の様子は、何となくプノンペンに似ているような気がした。 Hotel Akwa Palaceはかなり大きなホテルで、自由通りに面していた。28000CFAの部屋は、確かに大きいが、エアコンは無く(機械は置いてあったが、室外機に配管してなかった)、扇風機も無い。温水は出るものの、バスタブは無く、シャワーのみである。1FF(フランスフラン)=100CFA(セーファーフラン)なので、昨日パリで替えたレートで計算すると、このホテルは1泊6300円ということになる。それでいて、バスも冷房も無い。タイなら700円位の部屋だ。聞いていた通り、ホテルは高いようである。
シャワーを浴びて、洗濯をして、それから市内に出ていく。歩いてみた感じ、特に危険を感じるほどではない。これなら、治安は中国並みか、あるいは中国よりもむしろやや良い位、恐らく、インドネシアと同じくらいの治安状況ではないかと感じた。
ドゥアラ(カメルーン)の市内。 心配していた食事だが、やはり、安食堂は少なく、高級そうなレストランばかりである。スーパーで食料を買って食べるのが良さそうである。薬屋はあちこちにある。まず、マラリアの予防薬を買いに行った。マラリア予防薬は、クロロキンは持って来ていたが、最近のマラリアはすでにクロロキンに耐性を持っているものが多いらしく、できれば他の薬の方がよい。ラリアムはなく、パリュドリンが8500CFA。えらく高い。その後、共和国通りまで出て行って、赤道ギニア領事館を探したが、見つからないので、タクシーを拾う。まず、値段交渉をする。事前に、125CFAと聞いていたので、「100CFA」と言うと、相手にされなかった。次のも次のも、そうであった。結局、5台目に来たタクシーに、400CFAで乗った(しかも相乗りで!)。
赤道ギニア領事館は、実はホテルの近くであった。小さな建物の2階にあり、歩いて探そうとしても見落としそうなところにある。要写真一枚で、料金32000CFA。何でこんなに高いのだ。全く、暴利である。今晩のホテル代と、さっき買ったマラリアの薬と、このビザ代だけで、初日にしてすでに1万5千円が飛んで行ってしまった。ビザ代がそんなに高いとは思っていなかったから、セーファーフランを持っていなかった。そこで、500フランスフラン札を渡すと、お釣りは受け取りの時に渡す、との返事であった。今日の午後2時に受領できるらしい。
帰りは歩いて帰ってきた。途中でミネラルウォーターを買う。400CFA。セーファーフランのコインは面白くて、発行国によってデザインが少しずつ違う。今日もらった100CFAのコインは、一つがガボン、もう一つがチャドで発行されたものであった。もちろん、どちらもカメルーン内で通用する。一方、紙幣は同一デザインで、どこの国発行かは分からない。
ドゥアラ(カメルーン)の市内。 気が張っているせいで、まだ全く眠くない(!)が、ここではあくせくしても仕方ないので、部屋で、これから行くところを考えたり、家に出す手紙を書いたりしていた。
午後、赤道ギニア領事館にビザを取りにいったが、ビザは出来ていたものの、お釣り18000CFAをくれない。そのことを言うと、とぼける。色々押し問答して、やっと、お釣りは明日返すということになった。
ビザをもらったあと、長距離バスターミナルや市場の方に行ってみた。この辺りは、自由通り周辺よりも治安が悪そうであった。市場の様子は、初期の中国の自由市場とほぼ同様。そのあと、マンガベル通りを歩く。ここは普通。ずっと西に歩いて行って、ドゴール通りに出る。この辺はオフィス街。のどが渇いたので、ジュース2本を飲む。その後、郵便局に行って、家に手紙を出した。450CFA。その後、教会の横を通って、自由通りに戻ってきた。クロワッサン(250CFA)と缶詰め(350CFA)2個を買う。しかし、すぐにはホテルに戻らず、その辺を少し歩いてみた。明日はもう少し安いホテルに引っ越ししたいので、その下見を兼ねてである。近くには、ホテルが何軒かあった。出来たら、1泊20000CFA以下の所にしたい。20000CFAでも、日本円に直せば4400円だから、結構な額である。
ドゥアラのオフィス街。
同上。 部屋に戻ってからは、真昼だったが、休むことにした。飛行機が長すぎたので、時差ぼけを通り越して、時間の感覚がなくなっている。午後4時半頃就寝、午後11時過ぎに起きた。その後また寝た。
3月12日(木)朝一度起きたが、朝食をとったらまた眠くなったので、再び眠ってしまった。起きたのは10時過ぎであった。他のホテルに変わるため、ホテル探しに出ていく。Foyer de Jeuness、Foyer de Marins、Hotel Lidoに当たるが、すべて満室で断られた。本当に満室かどうか分からない。単に、向こうが商売気が無いだけのような気がした(ありすぎても困るけど)。Hotel Beausejourには空き部屋があったが、12時以降にもう一度来いとの返事であった。今11時10分だから、ほとんど昼みたいなものだが、ダメ。そこで、一度今のホテルに戻って、シャワーを浴びて、荷物を担いで来たら、丁度12時になった。20000CFAの部屋を、「高い、高い」と言っていたら、15000CFAに負けてくれた。寝室と応接室とが続きになった、スイートルームである。冷房もある。もちろん、バス・トイレ付き。ただし、出るのは水だけで、温水は出なかった。でも、こっちの方が遙かに良い。
少し休んでから、また町へ出ていく。赤道ギニア領事館に行くと、今日はすんなり18000CFAを返してくれた。その後、パン屋に行って、パン(200CFA)とジュース(1100CFA)を買う。さらに、道端でパパイヤ(300CFA)とパイナップル(200CFA)も買う。そのあと、ガソリンスタンドでスプライト(150CFA)を飲んで、帰ってきた。果物はパイナップルとバナナが多いが、パパイヤとオレンジも少しある。ここのパパイヤは、東南アジアのパパイヤのように細長くなく、丸っこい。
ドゥアラの自由通り周辺。 帰ってきてから洗濯をして、夕方からまた寝る。