リチャード様に頂いた小説

「Stimulation」



「ロン!タンヤオ、ドラ2」
 曹丕が得意げに笑んだ。司馬懿はノーテンだったのか静かに牌を伏せ、曹真は面白くなさそうに煙草をくわえ、振り込んだ呉質は点棒を数え始めた。
「季重、点棒よこせ〜。積み場の分も、付けてな」
「分かってますって…」
 しぶしぶ点棒をそろえて曹丕に手渡すと、呉質は崩した牌を卓のホールに落とす。
 南三局四本場。オーラス前で地味だが手堅くアガりはじめた曹丕の勢いは止まりそうになかった。単なる暇つぶしの遊びで始めた事務所の麻雀でも、金が動けば真剣になる。
「ったく、子桓は勝ちすぎだ」
 全自動卓が洗牌する音に曹真の溜息混じりのつぶやきがかき消える。この時点でのトップは曹丕で、44900。ついで司馬懿が27300、曹真20200、呉質11200。曹丕の優勢を覆すのは難しかった。
「俺、このままだと一人沈みじゃん」
「ま、オマエ一人なら沈んどけ」
 冷たく言い放ち、曹真は煙を吐き出した。呉質はむっとしたものの、言い返す術もなく残りの点棒を扱っていた。それを見ながら缶コーヒーを飲んでいた司馬懿が、対面の呉質に語りかけるように言葉を挟む。
「跳満以上に、御祝儀つけませんか?このまま子桓様にマクられるのも悔しいですし。一発逆転狙うのも一興では?」
 呉質の顔が喜びに輝くのを見て、司馬懿が同意を求めるように曹丕へ視線を移した。曹真も苦笑しながら煙草をふかして頷いている。仕方なく曹丕も頷いた。
「オーケー。つけようぜ。取ったヤツが、取られたヤツに好きに命令しとけよ。どうせ誰もそんな手、出せやしないさ」
「よぉーし!俺、役満狙っていこ〜」
「はしゃぎすぎなんだよ、オマエ」
 舞い上がる呉質に吐き捨てて、曹真は煙草をもみ消した。牌山が卓に並び、賽が回る。五本場が始まった。
 牌を取り終えて、理牌しながら、曹丕は腕時計に目をやった。24時をまわっていた。
「時間が気になるようですね」
「ちょっと、な。約束があって……」
 司馬懿の問いに素っ気なく答えて、牌を切る。つまらないことで時間を食っていることに苛ついてはいた。しかし、遊びで始めた麻雀とは言え、勝っている麻雀を、組の打ち手のプライドもあって、投げ出す事は出来なかった。それに「彼」なら、待てと言えば待ってくれる。言わなくても分かっているはずだという甘えがあった。ただ、二人きりで会うのが久しぶりなので、早く切り上げてしまいたいと焦ってしまっていた。
(勝って巻き上げた分、アイツと何か美味い物食いに行くのって、悪くねぇよな)
 心中でほくそ笑んで、曹丕は浮いた字牌を整理してしまう。二巡・三巡とツモってくる牌は良く、ドラはないが三、四、五の三色に仕上がってきていた。
 七巡目、仲達が静かに二筒を切った。
「リーチ」
 千点棒を紳士的に卓に置く。ドラ切りリーチに呉質が頭を抱えた。
「あ〜。もったいねぇ〜っ!」
「あいにく浮いていたもので」
 曹丕は煙草に火を付けながら河を見た。仲達の捨て牌は字牌が多く、殆どツモ切りしていたことから考えて、元からの好牌を安いアガりに整理したものだと踏んだ。
(俺も、安いアガりのイーシャンテンなんだけどね)
 曹丕が思っていると、曹真が舌打ちして安牌の「南」を切った。呉質はツモ後、しばし考えて手牌から現物を切った。常にペースを崩さない司馬懿のリーチにベタオリ気配だ。彼らにすれば、曹丕の親を流したいに違いない。でも、自分からの直撃だけは避けたいのだ。
 曹丕のツモ番。手にしたのは「四萬」。不要だが、場に高い。横目で司馬懿を見るが、表情からは何にも読めなかった。
 意を決して「四萬」を切ると、司馬懿が口元で笑んだ。
「ロン。リーチ、一発……裏もなしで2600」
 曹丕から出るのを狙っていたような、カンチャン待ち。
「ふん、安くて良かったよ」
 曹丕は煙草を消して、点棒を放った。点差は16000。司馬懿のラス親である。



 オーラス。ドラは「南」。曹丕の配牌に字牌はなく、数牌もバラバラだったが、上家の呉質の捨て牌によっては、鳴いて安アガりが目指せないわけでもなかった。そして、司馬懿の親を流してしまうだけに使っても、惜しくない配牌だった。
(とりあえず、タンヤオあたり狙ってみるか。アガり放棄はイヤだもんな)
 と、思うそばから、良くないことは起こりはじめた。呉質が第一打で「東」を切ってきたとき、司馬懿が鳴いたのだ。
「東、ポン」
 手牌からは「北」を捨てる。曹丕の風牌だ。
(俺のツモ番飛ばしやがった!)
 二巡目。曹真も字牌の整理に取りかかった。捨て牌は「北」。これで自風はもう無理だと思いつつ、温くなったビールを飲みながら呉質の捨て牌を待った。
「あー!勿体ないんだけど、使えねぇんだよなぁ〜っ!」
 溜息混じりに捨てた「南」に笑って、曹丕が牌山に手をかけようとしたそのとき、司馬懿がまた鳴いた。
「南、ポン」
「オイオイ、なんだよ。そーくるわけ?」
 曹真が呆れ声で目を丸くし、呉質は半泣きで言った。
「くぅぅぅ!持ってけドロボー!!」
 いたって冷静な司馬懿に、曹丕の苛立ちはつのった。今この場を支配しているのは司馬懿に他ならない。よく考えれば、ツモ切りをしていた前の局、あれは曹丕の必要牌を先読みして切りにかかっていたのだ。今回もアガりは、ツモより曹丕からの直撃を狙っているに違いなかった。
「やるじゃねーの。絶対アガらせないからな!」
「子桓様に本気を出されたら怖いですからね。気をつけますよ」
 苦笑する司馬懿にはかなりの余裕が感じられた。二巡目にしてかなりの手の進み具合だった。「五萬」を捨てて煙草に火を付けた顔は、勝者の顔だ。
(クソッ。何狙ってんだ?……ホンイツかトイトイか……そのへんだな)
『跳満以上に、御祝儀つけませんか?』
 確実に狙ってきていると、曹丕は思った。
 三巡、四巡と進み、曹丕は何とか数牌をそろえながら後半に響きそうな牌を切っていった。手は必然的に純チャンの方向に流れを変えた。呉質は司馬懿の鳴き以降、自身が振り込むことを倦厭して日和見に手牌を変えているようで、捨て牌はまちまち。無難な現物を切っているようだった。曹真は筒子のチンイツ狙いらしく、場に筒子が一枚もない。
(読みやすい子丹と季重はいい。問題は仲達……)
 注意に注意を払いながらの十巡目、曹丕は何とかテンパイした。待ち牌は「七索」、不要になった牌は「三索」。一、二、三とシュンツにしたあと、浮いてしまったのだ。既に場に2枚出ていたし、三巡前に曹真が捨てていたので、当然安全牌だと軽い気持ちで切った。
「デバサイ」
 司馬懿のつぶやきに曹丕は身を固くした。右手が挙がらないほど、重く感じた。
「……マジかよ」
「ロン」
 司馬懿が優雅な手つきで牌をなぞって倒していく。「三筒」の暗刻、「六萬」の暗刻に「三索」の単騎待ちだった。
「東、南、トイトイ、ドラ三……裏無し。跳満で18000、それと、御祝儀……」
「待ってても来るわけ無かったわけだ、三筒……。あーあ。俺も張ってたんだけどなぁ〜」
 煙を吐き出して、短くなった煙草を消した司馬懿が、曹真に意地悪く笑んでみせる。
「さて。これでラストです。清算を」
「おいおい、待てよ。ラストって仲達、そりゃねーだろ?親連荘だろーが!勝負はまだ終わってないぜ!」
 声を荒げる曹真に対して、司馬懿は一言切り返した。
「ラス親はアガりトップでアガり止め出来る決まりでしたよね?」
「そーだったよ。確かに。清算しようぜ、子丹」
 どこかそれでは収まらない様子の曹真を促して、清算に取りかかった。1000点1000円にウマが10−20。曹丕の取り分はマイナスにこそならなかったが、目指していた額とは1桁違ったもので終わってしまった。
「俺、明日アコムだぜ〜。あー。ピンとデカピンと間違えてた〜っ!」
「極道がサラ金に借りるなっつーの!ほれ、貸してやるから、泣くな下っ端」
 涙目になっている呉質に、曹真が10万ほど手渡していた。この二人は案外仲がいいのかもしれない。その様子を見ながら曹丕は自分の取り分を財布にしまって席を立った。
「じゃ、俺、人待たせてるし帰るわ。仲達の御祝儀は、送ってもらうときに払っとくから。オヤジに会ったら、テキトーに、な」
「もう帰っちゃうんスか〜?寂しいなぁ〜」
「また、勝負しようや。今度は負けねーから」
 曹真と呉質が手を振る。振り返して曹丕は司馬懿の肩を叩いた。
「仲達!帰りがけに子桓を襲ったら、容赦なく殺すからなー!」
 冗談とも本気ともつかない愛想笑いで手を振る曹真をよそに、曹丕は事務所を出た。司馬懿はすぐその後を付いてくる。地下駐車場への階段を下りながら、何となく言葉をなくして、曹丕はズボンのポケットの煙草を探った。すると司馬懿が、自分のダンヒルの箱を差し出した。
「メンソールじゃないですが、良かったら、どうぞ」
「何でも、先を読むんだな」
 苦笑して一本抜き取ると、絶妙のタイミングで火を付けてくれた。
「さっきの……俺をわざと狙ってただろ?あの、三索の単騎待ち……」
 足を止めて、曹丕は司馬懿と横並びになった。司馬懿はやはり表情を崩さなかった。
「そうです。あなたからでないと、何の意味もない。季重と子丹がバカで助かりました」
「途中で、俺の手を読んで、待ち牌を変えてたんだな」
「ご明察です」
「ふーん。親流したのも、振り込ませたのも、計算尽くかよ」
 曹丕は舌打ちして、煙草を踏み消し、壁に背をもたせかけた。
「……で、何がほしいわけ?」
 聞くのが、本当は怖かった。曹丕は司馬懿を見ずに、階段の端を見つめたまま答えが返ってくるのを待った。
 言葉は返ってこなかった。司馬懿の手が頬に触れ、ゆっくりと肩を滑り落ちながら抱きしめられた。軽いウッディーノートの香りがして、スーツによく似合っているなぁと遠くに感じていると、唇が重ねられて、曹丕は目を細めた。
 ほんの少しだけ、遠慮がちに司馬懿の舌先が歯列をなぞったので、曹丕はその舌を吸うように受け入れた。単純にサービスのつもりで。すると、今度は強引に、貪るように口付けられた。予想外に執拗で、巧みなキスにめまいがした。
「もぉ……よせよ……」
 このままだと乗せられて、最後までいってしまうような気がして、曹丕は司馬懿の体を軽く突き放した。だが、司馬懿は曹丕の腕をつかんで離さなかった。
 まともに司馬懿の顔を見ることが出来なかった。俯いたまま、曹丕は唇を袖で拭った。
「これ以上は、ナシだ。オマエとは……できねーよ。からかってんだろ……?」
「いたって本気です」
「バカ!なっ、何で、俺なんだよ!男も女も、オマエなら漁り放題じゃねーか!」
「ボスに知れたら破門でしょうが、本気で好きになりました。それでは、ダメですか?」
「ダメに決まってんだろ!」
 どんな顔をしてそんなことを言えるのか。見てみたかったが、顔を上げることはできなかった。曹丕はあまりの恥ずかしさに司馬懿の手を振りほどいて階段を降り始めた。司馬懿はすぐに後を追ってきた。
「また、勝負しましょう。私が圧勝して、今度こそあなたを手に入れますよ」
 その声に、曹丕は思わず背後を振り返った。
 司馬懿の、端正で余裕の表情。あの、跳満をアガった時の顔。さらりと感慨もなく言ってのける態度も、上手なキスも、スーツの着こなしも、麻雀の強さも、全部大好きだった。だが、反面その完璧さと強気の態度が憎らしくもあり、曹丕は鼻で笑い返した。
「バーカ。また負けてたまるかよ。イカサマしてでも俺が勝ってやる。そんなに安くねーんだよ!」
 黒塗りのベンツのロックを解除し、司馬懿は助手席のドアを開けた。
「じゃ、約束成立ですね。次を楽しみにしていますよ」
 滑り込むように車に乗り込んで、曹丕は唇に触れた。キスを思い出した。あの心地よさも、司馬懿にとっては計算尽くなのだろうか。
 タチの悪いゲームに乗ってしまったかもしれない。
(まぁ、それはそれで、生活の刺激……か)
「あーあ。乗せられてやるよ」
「では、行きましょうか」
 司馬懿がエンジンをかけ、車を出した。
 曹丕は暗闇で目を凝らして、ネオンの明かりで時計を見た。
 1時を少し、過ぎていた。




(少しおまけ)
「で、子桓様、どこまで行けばよろしいですか?」
「んー。パークハイアットまで」
「……あの、気になっていたんですけど……だいたい、こんな時間から、どなたとお会いするんですか?」
「……バーカ。聞くなよ……。あと、オヤジに報告するなよ」
「……(ああ、送りたくなくなってきたなぁ……)」
 


 



リチャード様のコメント


 す、すみません。言葉遣い悪いし。現代版でやくざモノで、ほぼ麻雀小説で(汗)
とりあえず、情けない呉質はハコテンという事で…。
今度の御祝儀は一発にイッパツ!(苦笑)ダメだ、私もう、オヤジです。  

桐沢のコメント

いや〜〜〜ん、いや〜〜〜ん、リチャード様ったら、本当にヤッチャン小説下さるだなんて、犬吉、望外の喜びです!! 実は麻雀分からないのですが、この間のご本のヤッチャン麻雀小説がかっこよくてかっこよくて……(うふふ)

司馬懿ったら大人で本当にまったく格好いいことったらないっすよもう!! そしてこの後子桓様は彼とうふふふ〜〜な訳ですな!! (是非彼には事の次第がばれてしまって欲しいわたくし……ふふふ)

あぁあぁぁ、堪らないっす!!! どうかまたご本の続きを書いて下さいね!! 関西の動向が気になって気になって仕方のないわたくしですvvv

リチャード様、本当にありがとうございました!!!


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