一勝一敗 |
仕事を終えてやっと屋敷に戻ってきた。この前我が家の門をくぐったのは一ヶ月半も前の話だ。夏侯惇と二人でずっと一ヶ月半も暮らせたというのは幸せの極みだが、やはり我が家も落ち着いて良いものだ。門をくぐると、すでに知らせを聞いていたらしい妻と側室が、子供の手を携えて並んで出迎えてくれた。 「ただいま。長い間、留守を守ってくれてありがとう。何か変わったことはなかったか?」 「お疲れ様でございました、旦那様。今回のお仕事などは短い方でございますわ」 「はい。戦と違って、妾達も気が楽でした。ね、お姐様?」 「そうよね、小環v」 相変わらず、妻と側室が異常に仲が良い……。何故そこで見つめ合って微笑む?そりゃ仲が悪いより良いに越したことはないが、なんだろう、この疎外感は……。 「と、とりあえず、お土産とかあるし、中入ろうか……」 「はい、旦那様」 久しぶりに子供達の顔を見ながら食事をし、不在の間の報告などをしてもらうと、色々な疲れが出てきてどっと眠たくなってきた。 「ごめん、昨日は主公のところで朝まで飲んでたから眠くて……。先に眠らせてもらって良いかな」 「はい、旦那様。お休みなさいませ」 そう言いながら、妻の桃香だけ臥室について来た。そして臥室に入るなり、「ね、旦那様?」と切り出す。 「元譲のお従兄様と、一ヶ月半も一緒にいらしたんでしょう?」 「ん?そうだね。二人一緒の行軍は久しぶりだったな」 桃香が、夏侯淵ににじり寄る。 「どうでした?」 「何が?」 「んもう!分かってらっしゃるくせに!ステキなことになりました?」 「は?」 妻はこの話がしたくてしたくて堪らなかったらしい。頬を赤らめてクニクニしている。 「旦那様がずっとお従兄様に片恋していらしたことは、妾もずっと存じておりましたわ。で、どうだったんです?ちゃんと想いは遂げられました?」 「なななんの話だ!?」 「誤魔化さないで下さい!お従兄様、やっぱりそういう時もあの涼やかなお顔を崩さずに?」 「ちょっと待ちなさい!!桃香!なんの話!?」 「だって、こんなに二人きりで長いこと旅をするなんて、もう最後のチャンスかもしれないのですよ!?まさか旦那様、意気地なしな事に終わったのではないでしょうね!?」 そう言えばこの妻は、昔夏侯惇に対して「うちの主人は上手ですのよ。お従兄様、一度お試し下さいませ」とまじめに言って、夏侯惇を五分くらい石にしたことがあるのだ。その話を聞いて、当時自分の気持ちを必死に隠していた夏侯淵が、どれだけ焦ったことか!!!あの時以来、夏侯惇は今でも「妹妹は怖い……」と言っている……。 「あのね!?仕事で行ってきたんだよ!?二人きりじゃなかったし!おっかない副官もいたし!」 「まぁ!旦那様、それはさぞ残念だったでしょう?」 「そうじゃなくて!それに何で俺が元譲と!?」 「今更お隠しにならなくても。お好きなくせにvv」 「……いや……」 「もうv 存じておりますわv」 「……いや、だから……」 「でも旦那様、私どもに気を遣って行軍中に事に及ぼうとなさらなくても良いのですよ?どうぞこの屋敷で!むしろこの屋敷で!妾、ちゃんと隠れて見てますから!」 「見てるの!?」 「それぐらいは良いじゃないですか〜。うふふふvv」 こいつならやる!きっとやる!!夏侯淵は額から流れる汗を止めることができなかった。 「いや違って!本当にそんなんじゃないから!!」 「まぁ!意気地なし!!旦那様の意気地なし!!」 「うるさいわ!」 「そんなんじゃお従兄様、文遠様に取られちゃうんだから!」 「何で文遠!?っていうか、お前その情報はどこから!?」 自分が最もチェック入れいている張遼の名前が妻の口から出てきて、正直夏侯淵は焦った。どんな情報源!?つうか、やっぱり張遼の野郎、狙ってるのか!? 武将が男の情人を持つことが結構流行っていた漢末、奥方同士の横の連携が意外と緊密なことをダンナは知らない……。気をつけろ!お前らの奥方もダンナの動向を狙ってるぞ!! 「とにかく!そんな意気地なしの旦那様はおうちに入れてあげませんよ!」 「もう入ってるよ!飯も食ったし!」 「じゃあ明日からは入れてあげません!お従兄様のおうちで寝て下さい!」 「先方にご迷惑だろう!?」 「大丈夫です。お嫂様も私と心は一つです」 「だから何の話!?!」 ……前々から、うちの嫁は変だと思っていたが、どうしよう……。 「あのね、桃香が思ってるような、ステキな物でもないんだよ?」 「……つまり、ステキな物ではなかったよ、と?」 「え?」 「感想ですね?」 「……は……?」 「やっちゃった感想ですね!?」 「違っ!!」 「まさか旦那様、積年の想いを遂げられると思ったら、勢い余って失敗してしまったのですか!?」 「うわ〜〜!!恐ろしいこと言うな!そんなこと無いよ!!」 「じゃあ上手にできました?お従兄様、ちゃんと満足してくれました?」 「え?いやそれは……って、違う!そうじゃない!!」 「失敗したんですか!?満足させることができなかったんですか!?どうせ旦那様のことだから、いざお従兄様を前にしたら、嬉しすぎて失敗しちゃったんでしょう!?旦那様のバカ!甲斐性無し!!」 「ふざけんな!ちゃんと元譲満足して……あっ!」 言ってから「しまった」と口を覆っても遅かった。妻は天にも昇るような顔をしている……。 「良かった〜。お従兄様、満足して下さったのですね〜?」 「いや、違う!そもそもしてないから!」 「うふふふ。それを聞いて安心しました。それでは旦那様、もう夜も遅いですわ。お休みなさいませvv」 妻が嬉しそうに部屋を出て行くのを見送って、夏侯淵はどうしよう〜〜〜!!!と頭を抱えて泣きそうになった……。 一方その頃夏侯惇は、子供達も寝てしまって、久しぶりに妻の麗月と二人で酒を酌み交わしていた。 「元譲様、お疲れでしょう?そろそろお休みになられてはいかがですか?」 「そうだな」 臥室に入るなり、麗月が夏侯惇の襟元を寛げる。 「おい、今日はさすがに疲れてるから……」 「ふふ。元譲様、このステキな痕は、どなたが?」 「……え……?」 しまったと思ってももう遅い。今更襟を合わせるような真似をしたら、余計にこれを肯定したような物だ。妻はにっこりと、怜悧な美貌にこぼれるような笑顔を上らせた。 「元譲様?」 「……なんだ……?」 「可能性は二つです」 「……可能性?」 「一つ目の可能性は、妻である妾の目に付くような場所に平気でこの様な物を残す女がいるという可能性。もう一つは積年の想いを遂げられて、後先のことも考えずにあなたのお体を妙才様が好き勝手にしたという可能性です」 「え……」 みょ、妙才がそこに入ってくるのか……?っていうか、今なんて言った?積年の想いを遂げられて……?こいつ、俺達のことなんだと思ってたんだ……? 結婚して相当の年月を積み重ねてきたのに、初めて知る衝撃の事実。さすがの夏侯惇もどう反応して良いのか分からず、返事をするはおろか、身動きすることすら出来なくなってしまった。その夏侯惇の胸の袷を、麗月がゆっくりと開いていく。 「まぁ、こんな所まで……」 麗月が相変わらず笑顔を絶やさずに夏侯惇を見つめる。 「それでは、選んで下さい」 「……はい……」 「一つ目の可能性の場合、妾はケンカを売られたと考えて宜しいのですね?でしたらそのケンカ、買って差し上げるのでその女を連れてきて下さいませ」 「……二つ目の場合は……?」 「永遠に叶わない初恋などという不毛かつこちらに不利な状況から脱して、同じ戦場に立っていただいたのですもの、もちろん歓迎いたしますわ。で、元譲様。どちらの可能性を選択なさいますか?」 「い…今選ぶのか?」 「もちろん今です」 夏侯惇は少しの間だけ考えた。どこまで本気なのだろうか……。いやでも……。 「元譲様?」 「じゃあ、二で」 一応、どちらとも取れるような返事を返しておく。ここで一と言ったらいもしない女性を連れてこなくてはいけなくなる。大体嘘はついてないし、「じゃあ」を付けることで「お前が言うから合わせてやってるんだ」と、言い訳も立つ。 始めから、妻は「可能性」と言っている。夏侯惇に逃げ場を与えて答えやすくしている辺りは、壺関包囲の曹仁の献策を思い出す。そう。「皆殺しにしろ」と言われては、敵は徹底的に抗戦してくる。逃げ道を一箇所空けておくことで、逆に簡単に攻略できるのだ。 「じゃあ、二で?」 麗月は復唱してから頷いた。 「適切な選択です」 そのまままた唇を合わせてくる。一瞬どうしたものか考えたが、久しぶりだし、取りあえず唇だけは美味しくいただくことにした。 唇を合わせながら、麗月が先ほど開いた袷を、更に広げていく。 「こら、今日は眠らせてくれ。主公に朝まで飲まされてほとんど寝てないんだって、さっき言ったろう?」 「寝かせて下さらなかったのは、殿かしら、妙才様かしら?」 「おい」 「何日も前の痕には見えませんわ?」 「勘弁してくれ」 胸に残る痕に唇を付け、軽く吸い上げると、麗月は夏侯惇を臥牀に押し倒した。 「よろしいですわ。今日はゆっくりお休み下さい。その代わり明日は、分かっていらっしゃるでしょう?」 「……肝に銘じておく」 もう一度軽く唇を合わせてから、麗月は部屋を出ようと体を離した。部屋の扉に手をかけた時「おい」と、帳の中から夏侯惇の声がした。麗月は振り返って、もう一度帳を開く。 「ここで言い訳などすると、藪から蛇が出てきましてよ?」 「いや……ショウで装飾品の店があったから、瓔珞とか簪とか、いくつか買ってきたんだ。後なんだっけ。耳輪?」 「耳堕」 「そうそれ。俺の荷物の中に入ってるから、母上に取られる前に好きなのを取っておけ……」 「……あら」 本当に眠たそうだ。半分寝言のようになってきた夏侯惇の脇に、麗月は座り直した。 「あなたが見立ててくれたのでしょう?」 「あぁ……一応赤い玉のがお前ので、碧いのが母上かと思ったんだが、どっちもお前に似合いそうなのを選んだつもりだから、好きな方を取っておいてくれ……」 鬼将軍が任務先でどんな顔をして自分の為に玉などを選んでくれたのかと思うと、それだけで嬉しくなる。 「あなたの選んでくれたので良いわ。お休みなさい」 「あぁ…」 そのまま、夏侯惇は眠りの中に落ちた。 暫く、麗月はその寝顔を見下ろしていた。それから、そっと着物を脱がせてみる。戦陣の中ではちょっとの物音でも飛び起きる夏侯惇だが、麗月が知っている夏侯惇は、自分の家では安心しきって、一度眠ってしまえば何をされても起きることがない普通の……いや、普通よりはかなり鈍感な夫だ。 「あら、こんな所まで……?もう、妙才様も堪え性のない……。あらやだ、え〜、こんな所も?……やだ、今度私もやってみようかしら……」 どんな顔してこんな所に唇を押し当てられたのかしら。妙才様は大体想像が付くけれど……。出来れば、一度は屈辱に震えて欲しい。それでなければ恥じらっていて欲しい。あぁでもあの涼しそうな顔を崩さないのも捨てがたい……。 麗月は悔しそうに溜息をついた。 「……私も男に生まれれば良かった……。ああもう……ずるいわ、妙才様……」 寝ている夏侯惇の首筋に歯を立てる。こんなに気持ちよく寝ているなんて。甘咬みすると、夏侯惇は小さく呻いた。 翌日、夏侯惇が出仕すると、頃合いをい計らったように夏侯淵夫人の桃香が夏侯惇の屋敷に訪ねてきた。 「お嫂様!昨日はいかがでした!?」 「あら妹妹。ふふ」 「あ、お嫂様ったら何か掴んだお顔ね?」 桃香と麗月はお互いをお嫂様、妹妹と呼ぶほどの仲だ。この二人の目下の目標は、お互いのダンナをさっさとくっつけ、「不毛な片思い」を終わらせることにある。 「そんなことより、妙才様はどうだったの?」 「つつきまくったら、お従兄様を満足させたと口走りましたわ」 「まぁ。妙才様もなかなか言うわね。でもそうね。それはそうでしょうとも。あんなすごい痕を夫につけているくらいですもの」 「まぁ!?それはどういう事ですか?」 「ふふ。昨日夫の着物をめくってみたら、ちょっと人には言えないような所にまでステキな痕が嵐のように」 「えぇ!?まぁ、うちの夫がすいませんvv」 「あれはまだつけられて日の変わっていない痕に違いないわ。殿のご自宅に招かれたなどと言っていたけれど、まさかそこで……?」 「それならお姉様からのお手紙と符合いたしますわ」 「奥方様からの?」 「そうなんです。こちらをご覧になって」 桃香は下夫人からの手紙を、例の部分について書かれている箇所だけ持ってきていた。そこには言葉を濁してある割にははっきりと読み取れる内容で、夏侯淵が曹操に勧められた女と相当激しいことになっていたらしいこと、どれだけ探しても相手の女を見つけ出すことが出来なかったこと、曹操は夏侯惇にも以前からかなりしつこく女を勧めているので、これから先、夏侯淵にもしつこく勧めてしまう可能性があり、申し訳なく思うことなどが切々と綴られていた。 「……これは……」 「ね、お嫂様。殿が勧められた女などは、始めから存在していなかったのではないかしら。そもそもこの旅は殿が仕組んだことでしょう?」 「そうね。何故殿が元譲様達をくっつけようとしているのかは分からないけれど、この手紙を見る限り、やはり殿はそれを目的にこの旅を仕組んだと考えて間違いなさそうね」 二人は顔を見合わせてふふふと笑った。 「長かったわね……」 「はい、お嫂様v」 「これでもう妙才様も元譲様も、お互いに手を伸ばしても届かない、永遠の初恋ではなくなったのね?」 「はいvvやっぱり今までの関係は不毛でしたもの。これで旦那様とお従兄様が……お嫂様、やっぱりお従兄様が受けって事で良いんですよね?ステキな痕が、いっぱいついてたんですものね!?」 「当たり前よ!妾、元譲様が受けでなければ許せないわ!あの涼しい顔でやめなさいとかいい加減にしなさいとか、妙才様を嗜めて下さらないと!!」 「はい!下克上ですね!超大好物です!」 「ふふふふふふ」 二人は顔を見合わせて、うすら暗く笑った……。 調練所で顔を合わせるなり、夏侯惇と夏侯淵はお互いに気まずい気持ちになった。ど、どうしよう……。昨日の話はしておいた方が良いのだろうか……。でもなんて言って!?あんな事、何て言って切り出したらいいの!? 「……元譲、久しぶりの自宅、どうだった……?」 「……いや、別に……」 「……そっか……。そうだよね……」 なんとなく、相手のよそよそしい態度から自分ちと似たようなことがあったんじゃないかという事は予想がついた。だが怖くてそれを確かめることが出来ない……。 「……今日、家空けて出てくるの、ちょっと怖かったんだけど……」 「……奇遇だな、俺もだ……」 今日はどっちかの家で、絶対二人一緒に何か話してるはず……!しかも妙才夫人は下夫人の妹……!! 怖い……怖すぎる……!!! 「……今日家帰るのやだな……。黄巾賊の残党討伐って、今日から出かけられないのかな……」 「ずるっ!なんだよ、俺どうせ留守居役だよ!……くそう、だったら俺河南尹だし、もう許都行っちゃおうかな……」 いくら夏侯惇が都のある河南一帯を治めている言っても、そして法令に縛られずに自分の裁量で何事も判断して良い権限を与えられていると言っても、曹操の許可もないのに勝手に許都に行くわけにはいかない。というより、今日家に帰らなければ余計にすごいことになるのは目に見えているではないか。 「作戦なのか……?俺達が一緒に居づらくなるように、わざとあんな作戦を……?」 「いや!嫂上はともかく、うちのは本当にただの趣味だと思うから……!」 そう言ってから、二人はどちらともなく溜息をついた。 ……暫くは家庭サービスに努めた方が良さそうだ……。いや、でもそうしたら俺、あっちゃこっちゃの討伐に出されちゃうよ?当分帰ってこれないよ?元譲と一緒にいられるの、すごい短い期間だよ?うわ〜〜〜!!どうしよう!!! 「ね、元譲、もうどうせばれてるんだから、開き直らない?」 「俺はやだぞ!」 「そう言わずに!」 やっぱり元譲の言うとおり、主公が良い思いをさせてやろうって言うときは、色んな事を肝に銘じておかないと後が大変だ……。本当に良い思いはさせて貰った。本当に、主公が段取りしなかったら、俺一生元譲とこんな関係にはならなかった。それは分かってる。本当にありがたい。 でも! でも本当に大変なんですけど!!本当にすごいことになってるんですけど!!どうしたらいいの!?本当にこれ、どうしたらいいの!? 「お、どした、二人とも?」 珍しく軍装の曹操が調練所に来て、元凶であるにも拘わらず、深刻な顔で向き合っている二人に暢気に声をかけた。 「どうしましたはこちらの台詞です。何です、主公、その軍装は?」 「いや、おまえら二人とも帰ってるから、ちょっと儂も調練でもしようかと思って。どうだ、一日経ってみて」 その問いに、二人とも盛大に溜息を吐き出す。 「何!?何、その溜息!!」 「……いや、まぁ、色々あったんですよ……」 「主公が余計なことするから、うちの奥さんとか元から勘づいてたのに、アレ絶対奥方様が何か言ってきちゃったんですよ!もう動かぬ証拠を掴んだとばかりに鼻息荒くなっちゃって大変だったんですから!」 その台詞に、夏侯惇が反応する。 「え?元から勘づいてたって何だ!?」 「……だからほら、前元譲、うちのから一遍試してみろとか言われたって言ってたじゃん?あれあれ。俺は前から言われてたんだよ。いつまでそんな意気地無しなんですか?とか。もういい加減コクったらどうですか?とか。嫂上だってそうでしょう?言われたこと無い?」 「……無いよ!昨日初めて妙才殿も積年の想いを遂げられてとか言われて、俺死ぬかと思ったのに!!」 「え?そうなの?俺にはいつもチクチク言ってたよ?妾は席を外しますから、どうぞお好きになさって?とか。主人はまだ起きないと思いますから、好き勝手しても大丈夫ですよ、狙って来たんでしょう?とか……」 「そ、そんなひどい事を!?いつから!?」 「かなり初期から……?」 「うわ〜!じゃあみんなお前の気持ちを知ってて、俺一人だけが知らなかったって事か!?」 「大丈夫だ元譲!儂も知らなかったから!」 「いや、当事者当事者!某当事者ですから!!」 「お前、さりげなく儂を今仲間外れにしたな!?」 「しょうがないでしょう!?主公だけは本当に部外者なんですから!」 「傷ついた!今すごい傷ついた!元譲がいじめた!!」 「も、うるさいから主公あっちに行ってて下さい!」 調練所の詰め所の片隅で、国のトップがひそひそと何やら会談をしているので、誰も入ることが出来ずにいる。時々伏波将軍が司空閣下を怒鳴りつけている……。すげぇ光景だ……。騒ぎを聞いて、心配した曹洪が駆けつけてきた。 「何やってるんですか?あの、みんなが心配してるんですけど……。なにか相談でしたら、主公の執務室とかに移動してもらえませんか?」 「子廉まで儂のこと仲間外れにする気か!?」 「な、何の話です?」 曹洪の顔を見るなり、夏侯惇がこれだとばかりに飛びついた。 「……良いところに来た!子廉、お前今日暇か!?」 「え?元譲兄、何かあった?」 「何にも聞かずに、暫く俺んちに泊まりに来ないか?」 「え?やだよ!何?嫂上とケンカ?」 「だから、何も訊かずに!」 「いや、元譲の所はそんなでもないだろ!?うちの方が大変なんだから、うちに泊まりに来い!」 「どうしたんだよ二人共!ショウから帰ってきたばっかりだってのに、もうケンカしたのか?何?緊急?俺は一人しかいないんだから、子孝も呼ぶ?」 「……子廉、お前、本当に良い奴だな……」 「少しくらいケチでも、こういう時は輝いて見えるぞ……!」 「うるさいわ!」 意味も分からず夏侯惇達の話に乗ってあげようとする辺りは、子供の頃からの刷り込みで、この二人に頭が上がらないせいである。年下の幼馴染みは立場が弱いのだ。だが、そこは曹操が冷静に止める。 「アホか!こんな時にこいつら連れてったら逆効果だっつうの!元譲、お前本当に今まで奥方とケンカしたこと無いな?いいか、お前は暫く、とにかくいつも通り振る舞うことだ。何か言われてものらりくらりと逃げ回って、いつも通りに構えてろ。それがお前んちには一番正しい対処法だ。妙才の方は多分、子廉がついてってやった方が良いだろう」 「本当ですか!?本当に信じて大丈夫ですか!?」 「大丈夫だっつうの!儂がどれだけの家庭問題をかいくぐってきたと思っとるんだ!」 「本当ですね!?本当に信じますよ、主公!」 曹操の手を取ってにじり寄る夏侯惇に、「こいつが戦以外のことでこんなに儂のこと頼ってくるの、初めてかも!!ちょ!!すげぇ楽しいんだけど!!」と思わずニヤニヤしてしまった。普段の夏侯惇と違って「何にやついてんですか!」とか突っ込まれないのが更に楽しい。 「……ね、本当に元譲兄も妙才兄も、何があったの……?」 「訊くな!」 「お前も主公んち行くときは気をつけろよ!?」 「あ……やっぱり主公関係なのね……?」 「儂か!?儂のせいなのか!?」 「主公のせいですよ!決まってるでしょう!?」 「あぁそうかよ、どうせみんな儂が悪いよ!」 調練所の外では時間の経過と共に、滅多に見られない物が見られるという噂が広まって、兵卒クラスからそれをまとめる部将クラスまでわらわら集まってしまって、御一族の様子を遠目で眺めている。本当はもう調練なんだけど……。ど、どうしよう……。 「何やってんだ?」 「あ、子孝将軍!」 唯一中に入って行かれそうな曹仁がやって来たので、助かったとみんなが曹仁を見たが、曹仁は中の様子を見ると、「主公、楽しそうだね。あのままにしといてやれよ。いよいよとなったら、元譲兄が正気に戻るだろ」とにべもない。 「いや、それが元譲将軍がさっきから閣下をどついてみたり張り付いてみたりしてて……」 「ああ、そういう時、主公一番のお楽しみの最中だから、そのままにしといた方が良いよ。気にすんなよ、さ、調練やっちゃおうぜ」 「お、お楽しみなんですか?どつかれてますよ……?」 「主公のことどつけるの、元譲兄しかいないだろ?主公もたまにはどつかれたいんだよ。気にすんなって。ほら調練調練」 とっとと曹仁がみんなをまとめて調練の手筈を整え、一応曹操の秘書の楊修に連絡も取って、主公はここにいますよ〜と教えておくことも忘れなかった。曹仁もたまにはやるのである。 「それより儂が思うに、元譲の所は表面上はそんなに大変なことにならないが、大変なのは妙才だろう?」 「やっぱりそう思いますか!?」 「お前当分の間、元譲の所行かない方が良いぞ?」 「それ以前に元譲をうちに呼べません」 「やっぱり作戦なんじゃねぇの?」 「いや、うちのは本当にただの趣味で!」 「だから奥方と何があったの!?」 「訊くな!」 「ひどっ!」 曹仁の苦労もよそに、詰め所の中の御一族は、時間が経つのも忘れてウンウン唸っている。それがなんだかとても楽しそうに見えるのは、曹仁のやっかみだろうか……。 その日の夜、何事もなかったような顔をして、帳の中で昨夜の約束を果たして妻の満足を勝ち得た夏侯惇と、曹洪を連れて帰ったために頬っぺたを膨らせた奥方がむくれてしまった夏侯淵とで、勝敗が分かれた。曹操の策も一勝一敗である。 「も、何で連れてくるにしても子廉様なんですか!?他に連れてくるべき人がいるでしょう!?」 「何で俺こんなこと言われちゃうの!?ホントに妙才兄、何があったの!?」 「だから訊くな!」 ……曹操には本当に気をつけよう……。私生活では本当に曹操の言うことにホイホイ乗らないようにしよう……。夏侯淵はそう堅く心に誓ったのであった……。 |
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