同じ眠り |
暖かいぬくもりに気がついて、甘寧は目を醒ました。寝台の広さでここが自分の屋敷でないことを確認する。 そうだ。昨日は呂蒙の部屋で呑んでいて、疲れが溜まっていた甘寧は呂蒙が席を外した隙に眠ってしまったのだ。 いつの間に運ばれてきたのだろう。まるで覚えがないことに驚く。 振り返ると子明が自分に背を向けて眠っていた。背中が少し丸まっている。 甘寧は呂蒙に近づいて、寝間着の背中を指でつついてみた。 「む……」 くぐもった声を上げて、呂蒙は僅かに身じろいだ。やはり呂蒙も相当疲れているらしい。 二人とも最近かなりオーバーワークだった。 魯粛と関羽で行う荊州問題についての会談に随行していく二人は、そのための何百という些末な事柄に翻弄されていた。呂蒙はもとより、大雑把に思われがちな甘寧も自分が関わる仕事に対しては驚くほど神経質で、どんなことでも必ず自分で確認しないと気が済まなかった。その為に二人はお互いの屋敷で会っても酒を呑んで終わりという、清い関係のままもう一月を過ごしている。 目が醒めてはしまったものの、まだ頭がはっきりしているわけではなく、甘寧は重い瞼をこすりながら呂蒙の背中を見つめていた。 呂蒙は甘寧よりも背も肩も腕も一回り大きい。今でこそ頭脳派のように言われているが、昔は体まかせの武将だっただけあって、優しい顔からは想像もつかないような逞しい体をしている。 背筋を手のひらで辿っていくと、沈んだ背骨を覆うように筋肉が盛り上がっている。布越しにその弾力のある感触をしばらく楽しんでいると、呂蒙が何ごとか囁いた。 「何? 寝言か?」 「ん…どしたの……? 起きちゃった……?」 「ああ」 「…うん……」 まだ半分以上眠ったままで、子明は寝返りを打った。 寝間着の間から裸の胸が見える。 「興覇、こっちおいで……」 「……行ってもいいのか?」 「うん……」 こっちと言っても一つの寝台の中だ。こういう時の「こっち」というのはどうも「自分の胸の中に来い」という意味らしい。最初それが分からなかった甘寧は、何度も力任せに胸元に引きづり込まれ、嫌だと言っても胸の中であやされてしまったのだが、今はもう馴れたものだ。自分から入って行きさえすれば、あやされないということ学習してずいぶん経つ。 そっと寝台の上を這い、呂蒙の胸元に顔を寄せる。 呂蒙は甘寧の頭を自分の胸に押しつけ、もう片方の手でしっかりと甘寧の腰を抱え込んだ。 呂蒙の息はまだ規則正しい。 甘寧は呂蒙の胸に鼻をこすりつけて、それから頬っぺたも押しつけてみた。どこかに自分の顔にぴったり重なる所があるんじゃないかと探しながら。 「んっ」 呂蒙が突然声を上げたので、甘寧もびくっとして「何?」と見上げた。 「あ、ごめん興覇。今寝てた……」 「いいよ、寝てな」 「うん…あぁでも……」 もぞもぞと動いている甘寧の動きを手のひらが追いかけてくる。 「あぁ…興覇とこうしてるの、すごい久しぶりだ……」 「寝てろよ」 「うん……」 うなじをしっかりと捕まれて、動きを封じられる。 「あ…」 「なに…? 阿寧…?」 「いや……」 呂蒙の手のひらが、自分のうなじにぴったりと貼りついている。 甘寧の頬がふふっと緩んだ。 「阿寧、したくない……?」 「寝惚けてる奴とはしたくない」 「ん〜〜〜」 体は眠っているくせに、声だけは不満そうだ。 そうか、一月してないもんな そんなに長い間清い体でいたのかと思うと、自分でも少し驚いてしまう。 甘寧はセックスが好きだ。 でもこうして呂蒙と自分の間に隙間が無くなっているのなら、それはセックスでなくても良いような気がする。 体の欲望ではなくて、心の欲望が満たされているから。 体の欲望の方は、自分でしちゃったって構わないしな、俺……。 ちょっと想像してみる。 きっと甘寧が口に出してそう言ったら、呂蒙は明日、例え役所の中であろうとも、甘寧の欲望に手を伸ばしてくるだろう。 いや、机に向かう子明の足の間に俺が潜り込むってのもちょっと良いな……。 ニヤニヤしていると、いきなり呂蒙が甘寧の首の間に顔を埋めてきた。 「あ、何だ?」 「ん〜〜」 耳の下でくんくんと鼻が小刻みに動いてくすぐったい。 「何だよ」 「阿寧の匂いがする……」 「おう。汗くさいか?」 「……汗の匂い、かがせて……」 ……マニアックなことを……。 少し呆れてしまったが、自分が今考えていたことを思えばお互い様だ。 「阿寧、眠れない……?」 「いや」 「する…?」 「平気」 「うん……」 呂蒙の額がぴったりと甘寧の首から肩に向かう曲線の中に埋まると、呂蒙は鼻の先で微かに「フフ」と笑い、それからまた規則正しい寝息をくり返した。 「……ぴったり重なってる……」 口に出して囁いてみる。自分の肩口に呂蒙の額が。自分のうなじに呂蒙の手のひらが。少し身じろぎをすると呂蒙が足を絡めてきたので、柔らかな腿の内側が吸いつくように重なった。 「俺達、一つになってるぞ」 真っ暗な寝室の中で、月明かりに照らされる呂蒙の耳元に囁いても、もう呂蒙は返事をしなかった。 甘寧は体から力を抜き、呂蒙の寝息に自分の息を重ねてみた。苦しくなるほどその呼吸は長く、だが何度かそうしていると、いずれ甘寧の呼吸も呂蒙のそれと自然に重なっていった。 明日からはまた当分忙しい日が続くのだ。たまにはこんな夜があっても良いだろう。 同じ寝息を立てながら、二人は同じ眠りに浸されていった。ぴったりと重なった体で、ぴったりと重なった眠りに。 |
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