パリ


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パリを眺める
地下鉄に乗る
RERで迷子
ちょっとだけ観光
食事
マレ地区
結婚式


パリを眺める

コンコルド広場の噴水。その向こうにかすんで見えるのがエッフェル塔

「パリ」といって、エッフェル塔や凱旋門ぐらいしか知らなかった私。でも歴史のある街ですから、個性のある町並みがあるはず。ぶらぶら歩きがホントは好きだけど、今回はひとり「大荷物」・・・いや3歳になったばかりの長男KAZを連れて行くのでちょっと実現は難しいなあ・・・。

パリ市は東西に流れるセーヌ川の下流に向かって左と右に分かれており、さらに、ルーブル美術館などのある中心部を1区として時計回りに2、3・・・と外へ向かって20の区に分かれています。 地下鉄も道路も、もとは王宮だったルーブル周辺から放射状につくられています。 「区」ごとの個性はこちらに詳しいです。今回、2つの違うホテルに泊まって街の雰囲気が場所によってまったく違うことを実感しました。街が古いゆえなのか・・・


地下鉄に乗る

METROってフランス語なんですよね。パリは地下鉄発祥の地。一番古い1号線は1900年代に作られたものなんだそうです。だからなのかなー、小さい。狭い。駅はたくさんあり、本数も多いので東京や大阪の地下鉄みたいな感覚です。
1号線に乗ったときは、サックスの生演奏を車内で聞けました。小さい車内では結構な音量なんだよねー。KAZびっくり。
路線の複雑さも東京と似ています。終点の地名を確認して乗るのも一緒。
切符は、1.3ユーロ均一でパリ市内は乗り放題。これで、乗り入れているRER(エルウーエル)−高速郊外地下鉄線−という近郊電車やなんとバスも市内なら乗り放題。わかりやすい!グループで乗るなら10枚つづりで9.60ユーロの回数券「カルネ」がお得です。
改札乗り越え防止?の背の高いでかい扉が自動改札の出口にあり、押すのに力が要るので荷物の多いときは手間取りそう。スリが狙う瞬間でもあるそうなので、勢いつけてエイヤッと入ります。

ホームに下りる階段の壁に、やってくる電車の終着駅名が出ているので確認します。同じ番号の路線でも途中から分かれる路線もあるので注意。ホームには、次に来る電車は時刻でなく「何分後」と表示されていました。これ便利だなあ。


RERで迷子

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路線図をみると、地下鉄とRERは同じように描かれてます。全部地下鉄だと思った私たちは、13号線からノートルダム近くの駅のある「C」とある路線に乗り換えようとInvalide駅で降りました。
すると!駅のどこにも「C」という路線の表示はありません。改札の先に乗り換えていく人たちはいるのですがそこには発車時刻と「A」「B」の表示だけ。しばらくうろうろした後、駅の清掃をしていた女性に聞くと「B」に乗ればよいとのお話。じゃCって何だ!どこにあるんだ!あれはBじゃないか!とまたウロウロした挙句、意を決してBのホームに向かいました。すると、今度はオール2階建ての大きな電車が。やはりCの文字はなくて、不安は増すばかり。Bのホームに来た電車に乗り込むと・・・路線図にある駅を通ってちゃんと目的地のSt-michel Notre-dame駅に。「???」正しいみたいだけどこの路線図はナニを示してるの?

そう、私たちはRERを地下鉄の一路線と思っておりました。駅はつながっているし切符も市内なら共通で使えるのですが、RERは郊外まで行く電車で路線図では地下鉄は1から13、RERはAからEの表示になってます。駅の数は地下鉄より少ないけど、「オルセー美術館駅」はRERにしかなかったり、またヴェルサイユに日帰りで行くことも出来るみたいです。
例のA、Bはいわゆる上り、下りみたいな進行方向を示してるのか、InvalideからSt-Michelへ向かうのはB、逆はAでした。
帰りも乗り間違え、ずっと地下を走ってきたはずなのに乗った列車は地上に出てしまった!私たちは乗る方向を間違えました・・・。AとBってホームの番号なのかしら。謎。
ホームの上には次に来る列車の停車駅が(ものすごーく小さい字で)表示されてました。近眼の私には辛いものが・・・。降りる駅の綴りは覚えよう!読めなくても・・・。

しかし駅のどこにも「ココはRERのC線や!」という表示がないのはどういうことなんだろうか!車両も落書きだらけで、思い出されるのは日本の国鉄時代の駅や電車。英語表記、少なかったもんなあ・・・。
RERはフランスの国鉄との共同乗り入れみたいなものらしいので、必要最低限のものしかないってことかしら。確かに安いし。Invalide駅で地下鉄からRERまではエライ距離歩きましたので、乗り換えにはおすすめしないです。子供を抱っこして歩くのしんどかった!地下鉄同士なら、ラクでした。


ちょっとだけ観光

ほんの少しだけ、街を見ることができました。たくさんある美術館もブランドの店も行かなかったので、本当に、ほんの少しだけ。

今回は日程が短かったため、招待してくれたKumiちゃんファミリーに半日観光のツアーを組んでもらいました。初めての観光地ではツアーはラクで良いです。子連れではなおさら。
Citirama のミニバスツアーで、物知りの日本語ガイドさんが詳しく説明してくれました。

◇シテ島 ノートルダム寺院

初日、地下鉄がわからずウロウロしながらやっとたどり着いた、初パリ実感の場所。最初に地下鉄に乗りこんだ駅は下町っぽい所だったので、ココの駅について地下から出口に出たときの空と風景の拡がりに驚嘆!
おぉぉ!セーヌだ!両岸の建物たちも絵のよーだ!パリに来た!とDONは感じておりました。
KENはぐずるKAZを抱っこしていて、コイツは重たいわ地下鉄はワケわかんないわ(怒)でそれどころじゃなかったようですが。

シテ島はフランス発祥の地。ここにケルト人のパリシイ族がが住み着いてパリの歴史が始まりました。

写真を撮ろうとしたらぷんぷん怒っているKAZ(&しまじろう)

ノートルダムは最近化粧直しが終わったとかで真っ白。ぴかぴか。観光客の数も平日にもかかわらずものすごい。
ツアーで再び行った日曜の昼はミサの時間で、高い屋根に響く歌と、あの「ノートルダムの鐘」を両方タダで鑑賞できました。マナーを守って見れればミサの時間の教会はおすすめ。有名なステンドグラスがある「バラ窓」は絵のあまりの細かさに驚き。ちゃんと見るなら、双眼鏡を持っていくといいと思います。

入り口付近の行列は、鐘のある塔に登るためのものなのでその気のない人が間違えて並ぶと階段を何十段も登るハメになります。でも眺めはいいだろうなあー。高いところ好きの血が騒ぐのでした。

◇セーヌ川

イメージとしてはもうちょっと緑があると思っていたんだけど、パリでは季節がやっと冬から春に変わるころだったのでちょっと早かったかも。 ゆっくり川岸を散策の夢は、「そっちやだぁーあっちいくんだぁぁ」と叫ぶ息子の存在で吹き飛びました。はぁ。次回、次回。
川沿いで水面に近い高さにある道路は、日曜日は歩行者に解放されていて、ロバ?がのんびり何頭か歩いてました。

奥の尖塔が建っている建物が、牢獄だったコンシェルジュリー。

◇コンコルド広場

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別名「革命広場」。真ん中にエジプトから贈られたオベリスクがそびえ立ってます。広い!ここから見えるギリシャ神殿のようなマドレーヌ教会が絵になりますねー。
でも、どこかで以前に似たような風景を見たなあ・・・あ、ワシントンDCのワシントンモニュメントとリンカーンメモリアルだ!

◇モンマルトル サクレ・クール寺院

モンマルトルの丘は、エッフェル塔の次にパリで高い場所なんだそうな。私たちが訪ねた時は朝もやのパリが見れました。
モンマルトルは車でぐるっと見ただけですが、またまたどっかで見たような光景・・・あぁ、母が好きなユトリロの絵にこの坂の風景があったなあ。

テルトル広場。絵描きの皆さん、朝早いのにご苦労さま。

市内半日ツアーは、ホテルを8:15ピックアップで約3時間半のコースでした。日曜日だったせいか渋滞にも合わず、効率よくポイントを見れました。KAZがパリに来たという証拠写真をたくさん撮っておきました。
ノートルダムの周辺で、2階建ての2階部分がオープンになっている観光バスをたくさん見ました。 天気のいいときには気分よさそう!


食事

自由行動で楽しみ(困る?)のは食事。店はしこたまあるんですが、フランス語が読めないのでどーにもこーにも。
リヴォリ通り沿いに英語のメニューをどーんと出している店を発見!ワラにもすがる思いで入りました。お腹もいっぱい、まあまあおいしかったけど、パンに野菜とチーズをのせてトーストしたもの2皿にコーヒー、アイスクリームで5000円は高すぎた。観光客向けだったのね。
子供連れにはマクドナルドかなあ、と漠然と思っていたのですが、通った地域には一軒も無し。きびしかった!

夜は、徹底的に日本時間で生活しているKAZが爆睡していて外に食べになんか行かれないってことで、ホテルの近所の中華料理店でテイクアウト。 これが、ほっとする味でおいしくてまた安かった。感謝感謝。

甘泉 Chez Ge
131 bis, Av. de Clichy

フランス語が読めないとこんなに不自由だとは・・・観光地だし英語もあるだろうとタカをくくっていたのは失敗でした。そこで中華と同じくらい親しみのあるイタリアンの店に、なかば勢いでランチに入りました。
おお!メニューが理解できる!フェトチーネ、ボンゴレ、フリット、カラマリ・・・食べ物に関してはフランス語よりイタリア語が少し多く頭に入っていたということか?
ランチ時の料金で、一品8ユーロから15ユーロくらい。量も多すぎず、パスタは生でおいしかったです。男性には少な目かな? 店員さんは落ち着きの無いKAZにも温かい視線を注いでくださいました。涙。地元のお子様は、みんなお行儀がいいです。良くないと外に連れ出してもらえないに違いありません。

CARUSO
3, rue de Turenne

マレ地区

日程が短い上に子連れではなかなか移動に手間がかかります(ウチだけかなあ?)。なので、必然的に時間はない!唯一買い物ができたのが、ホテルのあったマレ地区の店でした。
ユダヤ人街があるこのあたりは「流行発信地」なんだそうで、ファッション・雑貨などの小さいけど個性的な店がたくさんありました。

L'OCCITANE ロクシタン で石けんを購入。クセのないほのかな香りでいいですね。ギフト用のラッピングがとてもおしゃれ。

MARIAGE FRERES マリアージュ・フレール ではKAZが男の店員さんにステッカーをもらいました。おいおい、めるしー、でしょ!おーい!(KAZ逃亡)

パリの店が日曜日に揃って閉める中、ここだけは宗教上の安息日が別の曜日だということで店も開いてます。
そんなわけで、日曜の夕方にはものすごい人だかりになるらしいです。
子供のおもちゃの店もありました。カラフルな木のおもちゃがたくさん。もちろん、日本で買うより安いです。ああ、もう一度行きたかった!


結婚式

今回の旅の最大の目的は、Kumiちゃんの結婚式に出席することでした。
本物の教会での結婚式は初めての私たち。KAZに至っては結婚式自体初めてということで少し不安・・・。
新郎はヒュー・グラント似のさわやかなポルトガル系フランス人。

会場はルーブル裏のサンミッシェル・ロクセロワ教会。上にまっすぐ伸びる屋根の、ステンドグラスのきれいな教会です。

プログラムを配っているブライズメイドの彼女たちは、同じ色の同じ生地でデザインを少しずつ変えたドレスを着ています。
後で聞くと、お互いまったく面識がない者同士で、住んでいる場所もフランスやアメリカとバラバラなのに、メールでやり取りして同じ生地を選んでドレスを各自作って来たとのこと。
それにしては同じ店で作ったようにぴったりでした。

新郎は、ママと一緒に先に入場。その後、音楽とともに新婦入場!腕をとるパパの一人娘。お互いどんな気持ちなのかしら。聖歌は女性が一人で朗々と歌い上げてました。教会で生のアヴェ・マリアが聞けて感動。

宣誓、指輪交換をしたらまた神父さんのフランス語。いつ話が終わったのかわからなくて、いきなり二人が退場!外に出てフラワーシャワー。配られた花びらは、袋をママが手作りして、花屋で花びらを受け取り詰めたもの。

その後、貸切バスで1時間ほどで郊外のパーティ会場 "Chateau de Breteil" ブルトイユ城へ。
「シャトー」と聞いて、想像力貧困の私がイメージしたのはシンデレラ城みたいなそびえ立つ真っ白なヤツだったのですが、実際は「お屋敷」(あたりまえか)でした。

ルイ14世の大蔵大臣も住んでいたというブルトイユ城は現在も子孫が管理しています。きちっと管理されたうつくしーい庭園がありました。植え込みも、池も通路もカクカクしているのは作られた時代の流行なんでしょうね。

日本人向けの結婚式を日本の旅行代理店で扱っています。庭園をバックに良い写真が撮れそう。

5時に会場に到着。その後、オードブルをつまみながら立食でお話。庭へ移動して、写真などもとりつつ、またお話。部屋にもどって、またお話。席についたのは7時ごろ。そこからフルコース開始。満腹だーとなったところでチーズが。おおお、もう入りません。

ここで友人たちのスピーチ。Kumiちゃんはアメリカ育ちなのではるばるアメリカから来ている友人もいました。
会場のどのテーブルも、国際派の二人らしくフランス、アメリカ、ロシアに日本といろいろな国の人が集まって話が盛り上がってました。日本人のテーブルである私達のところにも、ソルボンヌで日本語を学んでいるという通称「ゆきこさん」が来ておしゃべり。とっても上手な日本語で、日本にはよく行くけど、あの旅館の共同浴場だけはダメデスネ!と言ってました。

その後、ダンスターイム!なんと、大きなスピーカーからは大音響のサルサのリズムが!背中ざっくりの衣装の女性ダンサーたちまで現れ「この人たちもKumiの友達?」と私たちはびっくり。いや、プロの人たちだよね。
そして、ケーキに点灯!キャンドルではなく花火でした。デザート、コーヒーと経て一段落したらもう10時すぎ。

その間、日本時間で動くKAZは別室で熟睡中でした。日本では深夜だものね。
Kumiちゃんたちの車にはいつの間にか「Just Married」と書かれていて、後ろには空き缶ならぬペットボトルがいっぱいぶら下がってました。
起きてきたKAZの相手をしているうちに二人はいつの間にか出て行ったみたいで見送れなかったのが残念。(ブーケトス、盛り上がってたみたいなんだよなぁ)その後、11時過ぎに迎えに来たバスに乗って市内に戻り、ホテルに着いたのは12時過ぎ。
でも、土曜の夜だからか外にはまだまだたくさんの人があふれてました。
元気な人たちは2次会とか行ったのかしら?再び熟睡のKAZと私たちは貸切バスでホテルへ戻りました。


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