読書メモ

・「風の如く 水の如く
(安部龍太郎:著、 \600、集英社文庫) : 2003.02.05

内容と感想:
 
安部氏の作品は初めて読む。関ヶ原合戦を題材にした作品だが、歴史ミステリ(?)といった感じの一風変わった歴史小説。なぜミステリかと思ったかというと、刑事が犯人を追っていくような流れになっているから。関ヶ原合戦が主題だが本編には意外にも合戦シーンはない。どういうことかというと、合戦後、家康の家臣、本多正純(正信の子)が家康からあることの調査を命じられ、刑事のような役どころで大名たちを事情聴取していくのである。実は関ヶ原合戦のどさくさに乗じて、遠く九州では黒田如水(官兵衛)が兵を集め、疾風の如く各地の城を落としていき九州半分まで領土を急拡大していた。関ヶ原後の論功行賞に苦心していた家康は、如水の真意を知ろうとしていた。如水が自ら切り取った領地を認めるか否か?複雑なのは如水の子・長政は関ヶ原で家康方にあり、諸大名の陣営への取り込み工作などに非常に功績があったのだ。その長政にも正純の取調べは及んだ。他には竹中重門(半兵衛の子)、後藤又兵衛(如水の家臣)、細川忠興(藤孝の子)らが聴取を受ける。
 物語は現在(正純による聴取)と、過去(関ヶ原前)のシーンが交互に描かれ、展開していく。
秀吉死後、天下を窺おうなどと気概のある者は家康くらいであったが、如水はある秘策を練っていた。家康や彼の取り巻き連中の大名と、三成らを中心とする反家康勢を戦わせて、漁夫の利を得んとするものだった。双方の兵力が著しく損なわれれば、如水と密約を結んだ各地の大名(北の伊達、北陸の前田、西の吉川・小早川、加藤清正ら)が挙兵し、関ヶ原に出陣中で留守の大名らの領地へ攻め込もうというもの。この密約には意外にも家康の子・秀康も加わっており、如水から秀康に宛てた密書がどうやら、家康の網にかかったらしく、如水の企みに気付くこととなったのだ。
 如水の真意ははっきりしないが本書では、キリスト教の洗礼を受けたキリシタン大名である如水は、キリシタン安住の地を築かんとしており、日本をいくつかに分割し、各地の有力大名による統治という分権構想をもっていた、ということになっている。長政も父の意志に従うべく、秘密工作を進めていた。それは関ヶ原合戦の陣中でも続けられた。残念ながら関ヶ原合戦はたった一日で決着がついてしまい、東西両軍の相討ちで著しく兵が損なわれるような事態にまでは至らなかった。従って、如水らの挙兵は一時的なものに留まってしまった。
 結果的に長政は父を裏切り、家康に加担する形で関ヶ原合戦を勝利に導き、関ヶ原後には豊前中津18万石から筑前52万石にまで所領を増やされた。しかし父・如水が切り取った領地は全く、彼には与えられることはなかった。如水や彼の賛同者らの夢は破れた。そして時代は一気に徳川の世へ移行していく。
 合戦シーンこそないが、家康や如水の合戦以外での駆け引きや、正純と彼に尋問される大名らとの心理戦などの描写の方に力が入っている。

 秀吉の軍師として知られた黒田官兵衛が虎視眈々と天下を狙っていたという視点は非常に面白い。彼の有能さを警戒して、かえって秀吉は彼を遠ざけたというのも納得できる。しかし彼の大博打は一時は当たったが結局、外れてしまった。戦国末期、骨のある役者は絶滅に向かっていく、そういう時期であった。

更新日: 03/05/30