読書メモ  

・「孤高の人(上・下)」(新田次郎・著、 各\590、新潮社)


はじめに:
 主人公の加藤文太郎は昭和初期に「単独行の加藤」と呼ばれた山岳界の異端児的存在であった。また「関西に加藤文太郎あり」ともいわれ、神戸にあって関東勢との対抗勢力の看板のように持てはやされた。

 彼の名前は「われわれはなぜ山が好きか」や「みんな山が大好きだった」など、これまでに読んだ山の本で知っていた。彼も山で亡くなった一人として。また、雪山で冬眠中の熊のように眠ることができるという伝説や、超人的な存在として。
 彼はそれまで裕福な学生や山岳会にしか開かれていなかったブルジョア的(死語ですね)な登山を、広く一般の社会人にも解放したという功績があったことで知られている。
 本人のその性格もあって、短い一生の山行の全てを単独で通したが、皮肉にも唯一パートナーを組んでの北アルプス北鎌尾根へのアタックが彼の最期の山行となってしまった(昭和11年正月、31才)。
 本書は加藤文太郎のアルピニストとしての人生を中心に、会社や友人、家族との関わりを絡めて描く伝記小説である。

内容と感想:
 
加藤本人が残した資料(著書「単独行」)をもとに著者が書き下ろしたものだが、恐らくほとんどは創作でありフィクションであろう。なぜなら加藤という人は余程の事がない限り他人とは口をきかなかったらしいし、そもそも単独行の加藤であるから、その山行の実態も明確ではないと思われるから。また、最期となる北鎌尾根での遭難死の過程などは著者の推理からなるものであろう。ただ、著者は富士山観測所の勤務時代に加藤と会っているというから、彼の人柄は感じることは出来たのだろう。

 本書は以下のような構成となっている。

第一章(上):神港造船所の研修生時代。5年間の研修の間に、神戸の山々を歩くうちに登山に目覚め、研修を終えて技手となり、夏の日本アルプス槍ヶ岳に挑むまで。
第二章:年号が大正から昭和に替わり、夏山も一通り歩いた彼は、昭和3年暮れ、冬の八ヶ岳で雪山に目覚め、5年暮れから正月にかけて富山県側の立山連峰から後立山連峰を経て長野県側に、吹雪の中を10日間かけて踏破するまで(遭難騒ぎにもなったらしい)。
第三章(下):雪洞でビバーク中にディーゼル・エンジンの霧化促進のためのアイディアを実用化に向かわせ、技師に昇進。園子との出会い、別れと、彼を慕い彼の後を追うように山へ行く宮村(後に、北鎌尾根で加藤とともに遭難死する)の出現。そして花子との結婚が決まり、独身最後の冬の立山に挑むまで。
第四章:花子と結婚し、娘が生まれて、山から遠ざかっていた昭和10年の暮れ。妻子のことを思うと後ろ髪を引かれる様だが、宮村のためと思って、生まれて初めてのパーティを組んで、これが最後の山行となる槍ヶ岳・北鎌尾根まで。

 加藤という人物像が生き生きと描かれ、読んでいるうちに彼に感情移入してしまう。
 物語のクライマックスでは感極まって丁度、下車駅に電車が停まっても呆然として体が動かないくらいであった。目頭が熱くなり、あやうく電車で泣くところだった。
 彼がそこで死ぬであろうことは分かっていたが、まるで結末を知っている映画を見るように、来るな来るな、と思いながらも泣かされてしまう。これも著者の力であろう。

 忘れてはいけないのは彼は最初から超人的な登山家ではなく、兎に角歩き回って足腰を鍛え、冬山にのめり込むと、冬山に打ち勝つために様々な研究と訓練をした。信じられない訓練がある。仕事場へ石を詰めたリュックを背負って通うとか、冬の夜、下宿では寝ないでビバークを想定して外で寝る、吹雪で身動き出来なくなり食料が尽きてしまうことを想定して、絶食して会社に通うなど。
 山での食事方法や、冬山での装備(特に衣服)にも様々な工夫をしていたようだ。

更新日: 00/10/20