読書メモ

・「松下政経塾とは何か
(出井 康博:著、新潮新書 \700) : 2011.02.12

内容と感想:
 
故・松下幸之助が私財を投じて創立した松下政経塾。 1979年、「政治家養成機関」としてスタートした。オイルショック以降の不況の深刻化などで混乱状態にあった当時の日本。 「国家百年の計」をもった「本物の政治家」を一人でも出したい、という思いで塾は開かれた。 今や塾出身の議員や首長は多い。菅第二次改造内閣・閣僚内にも数人おられる。特に民主党内に多い。
 2004年に出た本だが、松下政経塾の歴史と実態に迫っている。 塾自体は混迷を極め、運営方針を巡る対立、職員と塾生の溝、塾出身者の世代間のギャップ、松下父子の確執などが描かれている。
 序章には「細川(元首相)に頼るしかなかったところに、私は政経塾の限界を見る」とある。 塾出身者たちが「余りに簡単に、そして早く国政の場に出すぎたのではなかろうか」とも。 かつては「政経塾新党」構想もあったらしい。
 著者が取材した中では「政経塾は所詮、松下イズムの士官学校で、そこに横着な若者が集ったに過ぎない」という人もいる。 大勢の国会議員を出したが「何をしたかという成果がない」という厳しい声も。 「政治家になること自体が目的になっている。無難で、弁舌さわやかだが、危険性がなく、大物になりそうなタイプもいない」、 「人をだますことはできても、心までつかむことはできない」という人も。 本が出てから7年。その間に政権交代があり、塾出身者の閣僚も輩出した。それはそれで一つの成果なのであろう。 しかし、彼らがどれほどの志・覚悟をもって政治家になったのか、私にはよく分からない。 塾に集まってきた若者は政治家を「志した」のか、それとも政治家を単なる職業の一つとして選んで来たのか、 そういう興味もあり、本書を手にとった。
 紆余曲折を経て、新・民主党に結集した塾出身者たち。その目的は「政権獲得のため」。 塾も党も「所詮は自分たちが成り上がるための装置に過ぎなかった」としたら、国民を愚弄したことになる。真実はどうか。 閣僚を輩出し、国を動かす立場にある今、真価が問われている。
 第五章では著者は次のように痛烈に批判する。 塾は「本来の趣旨である「人物」の養成に本腰を入れるべきではないのだろうか。政経塾の名前を使い、自らの出世を求める若者たちと、 ブランドを維持するために政治家の数を追い続ける政経塾」となりはてたと。 しかし「普通の若者に国政への道を開いた」ことは幸之助の功績だと評価している。 いろいろ批判もあるが、それも期待の裏返しと出身議員の方には、混迷する今の政局の中、自分のためではなく、お国のために頑張っていただきたい。

○印象的な言葉
・無税国家:余剰金の積み立てによる
・幸之助は新党を作ろうとしていた。明治維新のようなものを起こそうと考えていた。戦争を引き起こした政治への不信感。坂本龍馬への憧れ。 三島由紀夫のような人が10人いたら一年ぐらいで改革できる。国民運動を起こそうとしていた。
・松下政経塾出身者には細川元首相が設立した日本新党にも参加
・勝海舟「氷川清話」」:勝が語る志士の人物像
・強烈な信念に立ち、身を挺して、世界に範を示し、世界の繁栄に尽くす
・地方政治が「サービス産業」でしかない実態
・選挙を手伝うのが伝統。選挙が研修の場。選挙では金も人も塾が面倒をみた。選挙手法を学び、あとは選挙に出るだけ。選挙漬けで自分のテーマを深める機会もない
・何度も師匠の門を叩いて、やっと入れるもの。それで諦めるようでは志は低い
・明治維新は失うものがない若い人たちだから命がけでできた
・政治は国家の経営。よき経営者は正しい経営理念をもつ。政治に経営感覚を。税金の無駄遣いをなくせ
・政治行政は生産性が極めて低い
・日本の民主主義は各自が権利のみを主張し、義務を果たさない勝手主義
・幸之助は運と愛嬌の人
・塾出身者は「松下電器のひも付き」
・前原誠司:国際政治、外交がテーマ。塾生共通の楽天家。切れ者だが迫力に欠ける
・野田佳彦:重厚な感じだが、大きな仕事をするとは思えない
・選挙区、比例区の重複立候補は「二股を掛ける」こと、国民を愚弄すること
・大物・小沢一郎の前に埋没する塾出身の議員たち
・塾出身の山田宏の「志士の会」は稲盛和夫も資金支援。稲盛は旧民主党と自由党の合併を仕掛けた。小沢と親しい稲盛。政権可能な政治を目指す稲盛。「ミスター政経塾」の山田。 幸之助になりたい稲盛。稲盛の盛和塾。財界には稲盛への反感をもつ者も少なくない
・勝ち続けてきた人間だけが社会を動かすのはおかしい。負けた悔しさ、つらさ、悲しさ、弱さを知っている人間が社会のことを考えるべき
・権力を目指すとはひたすら上を見て生きていくこと
・新党で国政に打って出て、派手に「21世紀維新」を成し遂げる
・塾は政治的な運動をやりすぎた。塾はあくまで研修機関。運動体になれば財団法人の定款にも触れる
・社会人を経験しないで何が政治だ
・宗教事業とは悩める人々を導き、安心を与え、人生を幸福ならしめること
・水道哲学:経営の神様、思想家として浮世離れした幸之助。財界本流とは一線を画す存在
・中村天風の信奉者:稲盛、幸之助
・成功の要諦は成功するまで続けるところにある(幸之助)
・「とにかく自分」な塾出身者。集団行動も苦手。上ばかりを見て生きている
・我々人間はお互いに飼い合いをしている(幸之助)
・幸之助は巨大な欲望を抱えた人。経営者としての成功に飽き足らず、日本を自らの信じる姿につくり変えようとした
・中田宏・前横浜市長は「首相を目指したい」といったことがあるらしい
・塾は幸之助の道楽

-目次-
序章 「殿」と政経塾
第1章 昭和版「松下村塾」の誕生
第2章 「幸之助新党」の真実
第3章 日本新党ブーム
第4章 「政経塾新党」への挑戦
第5章 大政奉還
第6章 夢のまた夢
終章 深き「業」の果てに