読書メモ

・「日本経済復活一番かんたんな方法
(勝間和代、宮崎哲弥、飯田泰之:著、光文社新書 \740) : 2011.02.16

内容と感想:
 
宮崎氏が経済の素人として、勝間氏・飯田氏に質問をぶつける。 日本再生の処方箋を作り上げていこうとしている。
 第3章ではデフレ脱却のために勝間氏は「インフレになるまで定額給付金を配り続ける」べきという。 「残高が100万円を超えるまでになれば、みんな必ず使い始めます」。 果たしてそんな財源があるのだろうか。国債増発は避けられない。それを日銀に引き受けさせろという。 みんながお金を使い始められるまでお金をばらまき続けなければいけない。 果たして国民の理解を得られるのか?社会保障予算も増加の一途。政府にとってはお金はいくらあってももいいが、 国債増発にも限界がある。国家破綻が先か、デフレ脱却が先か微妙だ。

○印象的な言葉
・お金が社会の中で回らない。人の流動性も下がる
・弱者が困らないようおな資本蓄積、社会資本の蓄積をサボったツケ
・脱デフレにより新陳代謝を活発にしたうえで、改革による体質改善を行なう
・一身独立して一国独立する
・不幸は昔ながらの「貧・病・争」に関わるものが多く、政策的に解決可能な部分もある
・投資減税や技術開発への税制優遇といった環境整備に対して政府ができることはある
・ブラック企業:労働法への抵触、ハラスメントの横行、劣悪な労働環境を放置・容認する企業
・ゆとり教育:最低限の必須学習内容を設定し、それ以上の部分は自由に教えてよいとした。習熟度別の暮らす編成も可能。それが「最大限」と誤解されたため学力低下を招いた
・国の経済政策の柱:経済成長、安定化、再分配。再分配は運不運による成功・失敗への保険。安定していたほうが成長する。産業の栄枯盛衰があったほうが経済は成長する
・景気循環が激しい国では経済成長率が低い。不況は企業の効率化や雇用の拡大を導かない
・平均値として成長しても格差が広がるばかりでは国民の反発が生じる
・定常型社会:ゼロ成長下においても十分な豊かさを享受できる。社会保障の充実や持続可能な社会
・香山・勝間論争は噛み合っていなかった
・勝間じゃなくてもそれなりに生きていける社会、ぬるくても生きていける社会、上を目指したい人はどんどん上に行ける社会を目指す。どちらも共存可能な社会
・頑張って報われなかった人、頑張り方が下手な人
・長期的な経済成長は潜在的な供給能力で決まる
・現在の日本経済は実力を出し切れていない状態
・日本の生産性が悪いのは過当競争にばかり向かうから
・市場開放して競争すべきはホワイトカラーとマネジメント部門
・林業従事者の所得はリスクにまったく見合っていない
・デフレのダメージは1%賃下げでは吸収されない。みんな平等に生活レベルを下げるのは政治的には難しい
・デフレは弱い奴を叩いた奴が勝つ世の中を作ってしまう
・借金がない企業=成長を諦めた企業、と見られる
・消費税は低所得者のほうが実質税負担が大きい
・囚人のジレンマ:協調可能ならば両者にとって得な選択にもかかわらず、強調できない結果、互いに損な状態になる
・既存の労働者の労働時間が延ばされること(残業)は、それだけ雇用を求めている人たちの就労機会を奪うこと
・官僚、日銀職員、学者、大メディアの記者たちは当面失職も大幅減収もない。放って置くと鈍感の極みに達する。政治家のほうがセンシティブ。選挙があるから
・物価安定⇒為替安定へ
・明治期から敗戦までは、官僚にとっての依頼人は国民ではなかった。天皇陛下の藩屏(守り手)、社稷の臣(皇国の臣下)との意識が強かった
・官の「お上」意識の暴走、公益を偽装した「省益」の増進
・日銀と財務省との対抗関係。財務省への過剰な警戒心
・利潤動機を原動力とした数多くの人間たちの「血のにじむような」創意と努力
・メディアに登場している経済学は少し時代遅れのものになっている。90年代後半の欧米中心とした経済学の実証研究の蓄積。新しい議論をインストールできているのは若い学者
・大衆的な運動にしていくには、メディア・世論への訴えかけ、政治家や官僚へのロビーイング。活動家を含めたネットワーク作り
・経済的な喪失が様々な場面で社会的な喪失を連鎖的に引き起こしている。生活上のゆとり、他者への寛容さ、社会参画の機会、獲得できたかもしれない幸福への道筋

<その他>
・分権化で国の課題を小さく分けて解決していく

-目次-
はじめに
第1章「失い続ける日本」の課題 --閉塞感を打破するために
【コラム】GDPって何?
第2章 デフレは百害あって一利なし --実力を発揮できない日本経済
【コラム】フィリップス曲線は消滅したか?
第3章 正しい金融政策を実行せよ --デフレ脱却のポイント
【コラム】勝間的・脱デフレのための「5つの提言」 
編集後記 荻上チキ