読書メモ

・「豊かさの探求 〜『信長の棺』の仕事論
(加藤廣:著、新潮文庫 \400) : 2010.10.10

内容と感想:
 
本書は著者が「信長の棺」で作家デビューする遥か前の平成元年から三年までの間に日本工業新聞に「豊かな生き方の人事学」と称して連載していたものを収録した本である。 当時はまだサラリーマンだったとか。 テーマは都会での生活や、老い、働き方、経営、遊びなど多岐に渡る。 本当に20年も前に書かれたのかと思うほど、その内容は古さを感じさせない。それほど著者は未来、時代の先行きが見えていたということになる。驚くべきことである。 しかし、見方を変えれば逆に、20年間、日本は何も変わらなかったとも言える。
 「おわりに」で本当の豊かさを実現するための処方箋を3つ挙げている:
・家庭を砦として戦うこと(配偶者も戦力として)
・生活に棲み分けの知恵を持つこと(身の丈に合った生活水準で暮らす)
・ポータブル・スキルを持つこと(できれば複合スキル、あるいは稀少価値である職人技術)
これらは豊かさを実現するためと同時に、経済が低成長の今ではサバイバルに必要な必須科目とも言えるものかも知れない。
 巻末には著者と東大教授・山本博文との平成19年の対談が収められている。 その締めくくりとして著者は「豊かさは効率優先を捨てなければ手に入らない」と、無駄やゆとりの必要性を説いている。 経済が成熟し、日本は物質的な豊かさは手に入れた。従って二人の対談でいう豊かさは精神的な豊かさを指している。 これからは身の丈に合わせて、物心両面でほどほどに豊かであればいいのではないだろうか。

○印象的な言葉
・中高年に徹底した再教育を
・江戸時代、都会はあくまで出稼ぎの場だった。地方から口減らしのために出てきた。借家住まいが普通
・小売業は本来、地方産業。その動向は気候、風土、習慣によって異なる。小売業にとって望ましい人材は地域の事情を熟知し、同じ言葉、味覚を持つこと
・意識的に故郷から遠く離れ、仕事を覚え、見聞を広げる。故郷を突き放した目で見る。その上で、故郷の悪いところを直すにはどうしたらよいか、自分の役割を考える
・人事をヒトゴトと読む
・元気な高齢者。元気なのに働く場所がないのが問題
・日本は昭和初期、人口推計を誤った。当時の人口6,500万人が一億人に達する時期を早く見込み過ぎた。これが国外進出、満州進出やむなしという世論形成の一つとなった
・日本の長寿世界一というのは明治、大正人が頑強であることを示すだけで、永遠に日本人が長寿であることを保証するものではない。現代人の体質は虚弱化が進んでいるはず
・「少数精鋭」はあっても「精鋭多数」はあり得ない。それが組織の妙。精鋭ばかり集めても、彼らを潰してしまう
・新発想の多くは執念の果てにポッと出てくる瓢箪からコマ。試行錯誤が必要
・成果主義の土台は、能力高揚、能力向上者への仕事・チャンスの提供、仕事への更なる意欲高揚を目的としたもの。能力開発や適正配置の土台を構築した上で、 人事評価と処遇、報酬を決めるべき。
・非正規雇用者に対する昇給・昇格の制度がある企業はごく少数
・年功特性の基礎は経験と知識の集積が生み出す専門性と大局的判断力
・アメリカでは管理職は部下の仕事を微に入り、細をうがち把握しておかなければ務まらない。複数の専門職のような観を呈する
・年功序列が問題なのではなく、年功特性が身に付きにくい組織となっていること。身に付ける手っ取り早い道は管理職に昇格した後もプレイングマネジャーに徹すること
・欧米企業は管理職ほど金をかけて研修や勉強をさせる。企業に重要な人だし、投資効率もいいから
・腕に職をつけるという意識。蓄積された専門性を企業の永続性に生かす。プロ・エグゼクティブ制
・人間は遊ぶ存在(ホイジンガ)
・千利休は茶の湯を死出の儀式(一期一会)と考えた。遊びではんなく、真剣勝負だった
・強靭な自我を持たない者は、弱い未熟な個でいることを嫌い、特定の集団に身を投げ込み、己を卑小化する。自由からの遁走。その共同体の要請に全身全霊でぶつかり、自虐的傾向を帯びる。 共同体意識の恐ろしさ。
・19世紀以前のバロック、古典、ロマン派の音楽に現代に欠けているもの、忘れてきたものを求める。神を慰める遊び心、神を讃える荘厳さ、神を怖れる畏怖の念。
・技術開発は芸術と同じく、創造の営みに近い。神(自然)が隠している神秘の帳(とばり)を開く神聖な儀式
・一つのことに入れ込み過ぎない。一方で自分を突き放したクールな目を持つべき
・下流社会と言われることによって、努力を放棄する若者が沢山出るようになると危ない
・江戸時代の身分社会、階級社会は「棲み分け社会」。落ちこぼれることもなく、出世しないことに対するストレスも少ない
・暇と夢と心に関わって人間の存在をもう一度回復させるような産業
・日本で墓が増えてくるのは19世紀初頭。社会が安定してからでないと、家なり子孫なりを考えられない
・個人は企業に自分のスキルと能力を問う、企業はそれに答える。正面から向き合う関係

-目次-
1章 東京と地方
 狭い国に住んでいるから
 病める東京
 放射線人事のすすめ
 地方は企業に人を預けている
2章 歳を取ることの科学
 誰がために鐘は鳴る
 日本的定年制への疑問
 賃金の研究
 年功特性を考えよ
 終身雇用と能力主義そして成果主義
 管理職と責任の範囲
 昆虫のような生涯を
3章 仕事と遊び
 人生最良の時に仕事、仕事…
 ホモ・ルーデンス
 遊びの復権
 経済遊び、技術遊び
 労働神罰説
 風土と時間と環境
 怠惰と華美と
4章 豊かさへの陥穽
 日本的企業経営の中身
 神を喜ばせる行為
 ケンイ(権威)菌の危険