読書メモ
・「大転換 〜世界を読み解く」
(榊原英資 :著、藤原書店 \1,900) : 2010.05.04
内容と感想:
2004年春から2008年春にかけて17回に渡って著者が「環」誌に連載した論考を集めた本。
国際金融、世界経済、アジアと日本などをテーマに、時代が大転換している「いま」を描いている。
その今の日本については、「若者も、親たちも、そしておそらく多くの教育者も二十一世紀の大転換についていけず、戸惑い、方向感を失い、結果として意欲を失って」いる、
と書いている。しかし、立ちすくんでいては世界から置き去りにされ、衰退を待つのみだ。
本書では金融危機後の新たな世界の中での日本の役割について考えさせられる。インド・中国の台頭など21世紀はアジアの時代だ。「パックス・アシアーナ」なる言葉も出てくる。
W章の「日本のネオコン」という文章では、最近の保守主義の再評価の動きについて、
「比較的軽い乗りでイデオロギーとしての保守主義をかついでいる感じが強い」としている。
それは「反左翼・反リベラルというニュアンスが極めて濃く」、「戦後日本の現実主義的妥協に対する抗議という側面が強い」、
「本来の意味での保守主義ではないのであろう」と指摘している。
実はこの文章は安倍内閣誕生時に書かれたものだが、日本のネオコンとは彼のことを指しているのである。
当時、ニューズウィーク誌は安倍氏周辺を保守主義やネオコンでなく「修正主義」と呼んだ。
著者は「修正」自体は否定していないが「安易なイデオロギー的「修正」は日本の将来を危うくする」と警鐘を鳴らす。
世界の変化に対応するにしても、目指すべき姿を明確にして、国民を混乱させない方向に修正していく必要がある。
巻末には宗教学者・山折哲雄氏との対談が収録されている。教育について語り合っている。
戦後教育は戦前の全否定だったという榊原氏。「それは歴史の全否定にも等しい」、
「原点を失った教育、教育に必須であるはずの歴史観を欠いた教育」だったと、その誤りを嘆く。
山折氏は自立意識について、「ひとり」になれない日本人の問題について話す。
それは「富を平等に公平に分配したところで、つまり社会主義的な理念では解決できない問題」だとしている。
お上への依存、会社への依存、親への依存など自立できない人間が多くなっているようだ。
一人一人が自立できなければ、いつかこの国も他国に依存するようになってしまうだろう。
アメリカや中国の属国でいい、というならご勝手に。私は御免だ。
○印象的な言葉
・中長期的利益を重視する日本的経営。ステークホルダーを大切にしてきた。全面的に放棄する必要はない。
・ポスト産業資本主義の時代。知識・情報・技術が資本に代わって主役に
・為替市場取引における貿易にかかわる実需は5%に満たない。残りはゲームに過ぎない。(→なぜこんなことが許されているのか?)
・中国の巧みな対米外交。言うべきことは言い、反米には傾かない。多くのニューリーダーたちはアメリカ留学組。
・タイやマレーシアなど東南アジア諸国の日本離れ。米中と直接取引きを始めている
・株主資本主義の先駆者たちは他の利害関係者(従業員、政府、地域社会、サプライヤー、顧客)の存在を考慮しなかった
・キリスト教原理主義、市場原理主義はプロセスを大切にする民主主義とは相容れない
・格差は構造的問題。景気回復では解決できない。成長を目指せば目指すほど時代の流れから取り残される人が増え、人々の将来への不安が高まる(水野和夫)
(→格差が問題なのではなく、貧困が問題)
・共産主義:格差解消、平等主義化が最大の目的
・アメリカ社会は4つの階層からなる階層社会。特権階級、プロフェッショナル、貧困層、落ちこぼれ。中産階級が分裂し、大部分が貧困層に。
・日本のデフレは構造的。21世紀も長期間続く。100年単位の現象(水野和夫)。市場統合の時代には長期的デフレが起きる。巨大な技術革新の波も影響している。
・原材料価格の高騰にもかかわらず製品価格が上昇せず、長期金利が上がらない(→企業努力と政策の誘導によるものでは?ジワジワとマグマが溜まり、いつか噴出するのでは?)
・アジアの市場統合では、同時に欧米との貿易や投資も増え、地域統合でありながらグローバルな側面も持つ
・グローバリゼーションはローカリゼーションと同時並行的に進む。グローバル化、デジタル化するほど、ローカル、アナログの価値が上がる。手作りの価値。
・医食同源
・モンスーンアジアの人々は自然に対抗することを断念し、受容的、忍従的にならざるをえなかった。自然に対して畏敬の念をもつアニミズム。
再生と循環を繰り返す歴史観。円環的循環史観。輪廻思想。
・アフリカからの奴隷制が廃止された後、中国やインドからクーリーがプランテーションに送られ、華僑や印僑の源流になった
・人工的かつ不健康な食料生産。生き物を工場生産。狂牛病や鳥インフルエンザという形で報復を受けている。
(→極めて近い遺伝子をもつ農畜産物ばかりになり、生命としては弱体化していないか?)
・戦前、日本の革新派は辛亥革命を支援し、孫文を日本にかくまい、魯迅や周恩来も日本に来ていた。日本はアジア植民地解放運動のメッカだった。
・近衛文麿らのグループはマルクス主義への傾斜が見られた。反英米主義、反資本主義、反自由主義。
・明治以来、欧化した日本はどこかでアジアを差別し、アジア人に対し、欧米への劣等感の裏返しの優越感をもっていた
・日本の「主張する外交」などナショナリストの論理は、外から見れば中国への牽制だけの目的としか受け取られない
・ナショナリズムの台頭は東アジア全体の傾向。中産階級の拡大を背景に民主化・大衆化の流れから盛り上がった
・安岡正篤:保守主義者たちの多くが私淑した
・日本の若い世代は価値観はよりアメリカ的で、アメリカへの遠慮も後退。豊かさからの自信とナイーブな理想主義の反映。
その問題点は現実主義的感覚を欠き、振り子を極端に左右に傾けること。
・梅棹忠夫はユーラシア大陸の中心部を第二地域、その縁辺を第一地域に分けた。第一地域は近代文明を作り上げた西欧と日本。
第二地域は長く近代化を達成できなかったロシア・中国・インド。第一地域の近代化の要因は第二地域からの侵略をまぬかれたこと。
・平和とは戦争のない状態。戦争がいつも主役で平和はその果実としての脇役(山折哲雄)
・天皇の権威。祭礼・儀式の中心。日本文化の伝統を継承。権威の永続性を保証するのが「血の継承」と「霊威の継承」
・日本的生活様式の中心は貴族的な雅嗜好、日本特有のスノビズム。粋の文化。高度に様式化され、反自然的、精神性の高い反動物的属性。
・日本は「美の文明」、西洋近代の「理の文明」(川勝平太)。美しいという感動は人間を超える。正誤は所詮、人間が作った価値体系。
・日本の「美の文明」の背景にある明るい無常観
・歴史を知らない→精神的空白。過去を消していくうちに、自分のいる位置を見失った
・「死の覚悟」の復権。戦後は死をタブー視した
・教科書は文科省の最大の利権。教育関係の規制は異様。社会主義そのもの。
・英国のパブリックスクール。中高生の時期を禁欲的な生活を送り、それに耐えた人間を紳士として扱う
・職人やプロの世界には終わりがない。学び続ける。自分より上を目指すのがプロ。
・「ひとり」になれない人は絶えず他人と比較し、比較地獄に陥る。嫉妬、妬み、敵意。
・中国文明は儒教と固く結び付き、死者であっても許さない文明。攻撃的。
・インドではシーク教徒やソロアスター教徒など絶対的少数派が社会の中枢に少数派のまま存在する。異質なものが異質なまま分立、共存。
<感想>
・平安・江戸時代の平和のメカニズム。あくまでも日本国内だけの平和
-目次-
序 世界と日本
1 国際金融を読み解く ―肥大化する金融の歪み
2 世界経済を読み解く ―グローバル化の本質は何か
3 アジアを読み解く ―インド・中国の台頭にどう向き合うか
4 日本を読み解く ―「平和」こそ日本的なるもの
5 対談 日本の教育を問う!
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