読書メモ

・「世界金融危機からの再生
(中村裕一 :著、東洋経済新報社 \1,800) : 2010.03.22

内容と感想:
 
リーマン・ショック後の2009年3月に出た本。 今回の危機の発端となったサブプライム問題の原因やその背景となった世界経済の構造の変化、危機発生後のアメリカを中心とする各国の対応などを解説。 そして危機からの再生と同じ過ちを繰り返さないための方策を考えている。
 既にサブプライム危機については語り尽くされた感があるが、本書はサブプライムローンが世界金融危機にいたった経緯や金融機関への影響、欧米中央銀行などの金融・経済安定化策などが 図表を交えながら整理され、詳細に説明されていて理解しやすい。
 第8章では本書のテーマでもある「世界金融危機からの再生」への処方箋について書かれている。 「金融は経済社会のインフラであり、安心・安全をもって第一とすべきビジネスである。利益追求のために社会における潜在リスクを拡大し、 システムの安定を脅かすことは、もちろん避けねばならない」と言うように、金融産業が実体経済を振り回した今回のような問題は本末転倒のことだと改めて反省する必要があるだろう。 今回の危機をうけて、「社会全体への影響やバランスを見ながら経済を発展させていかなくてはならない時代へと、すでに入っているのではないか」と時代の転換点になったとも著者は見ている。 また、今回のような金融「システムを揺るがすようなリスク・ポジションの蓄積には、何らかの”監視センサー”が必要である。ポジション蓄積に対しての大きなコストを負担させる仕組みがあれば」よい、 と金融システム安定のための規制と監視の必要性を説いている。
 今回のサブプライム問題を「公害」に例えていて興味深い。 これを「負の外部経済効果」と呼んでいる。 公害は「マイナス価格(=コスト)がつかないため、企業の経済行動に制約がかけられず、社会全体にマイナスの影響が発生すること」を 我々は過去に学んだ。 公害を伴うような企業活動には大きなコストが発生することを学び、公害を出すことを封じ込めることができた。 著者は、公害は「産業資本主義」が引き起こした負の外部経済効果の一つであり、今回の問題は「グローバル金融資本主義」の起こした負の外部経済効果といえる、と対比させて、 公害対策同様、我々の努力によってその封じ込めが可能であることを示唆している。
 終章ではグローバル化する経済に対して、 各国中央銀行の「金利政策だけでは、世界経済はコントロールできない」とし、「存在感を増している新興国との連携が不可欠」と国際協調の必要性を述べている。 短期的な利益追求の結果としての今回の金融危機に対して、今後は長期的視点が必要とされる。 また、「社会・経済・金融システムの全体最適と安定を目指すシステムの構築と、資本主義の新たな価値観・哲学の確立」が求められている、とも語っている。 しかし、それは長い年月を必要とするように私には思える。全世界が共有できる価値観・哲学とはどういうものなのか?そこまでの解答は本書にはない。 それでも「三方良し」といった日本の商人的価値観にも触れていて、有限な地球という環境の上で生きていくためには、 「あとがき」でも述べられているように、「持続可能な安定した経済」を構築するための価値観の提案が日本からも発信できるように感じた。

○印象的な言葉
・自由放任主義の限界、米国流合理主義。行き過ぎた水準までリスクを蓄積
・常に「規制の少ない市場」へのチャレンジを続けてきた米国
・金融には未来を先取りする機能がある
・ものづくりの世界には多様性を追い求める仕組みがある。独自のもの、競合しないものを作り出そうとする←→金融では類似した商品やサービスが生まれやすい
・米国の地方自治体の多くは起債の際、モノラインの保証を受けることで起債コストを引き下げることができた。一定の保証料は必要だが有利な条件で資金調達できた
・証券化のリスク分散の手法が、一転リスク拡散となった
・利下げの効果が実体経済に及ぶには9〜18ヶ月はかかる。パイプライン効果。金融政策は発動までは短時間だが効果が浸透するのに時間がかかる。 財政政策は発動までに時間がかかるが発動後は効果が出るのは早い。
・欧州では大手労働組合を中心に物価上昇率を賃金に自動的に織り込むシステム。インフレが更なるインフレを呼びやすい社会構造
・銀行は自己資本の1割の損失が発生すると、自己資本比率を維持するために、損失額の10倍分の資産圧縮(融資の回収、資産売却)を迫られる。増資努力をする
・そもそも投資銀行が(サブプライムローン証券など)巨大な資産を保有することはビジネスモデルではなかった。自己資本規制の対象にもなっていなかった。 リーマンの場合、自己資本に対する資産は30倍にも達していた(レバレッジ)。短期市場で安く資金調達していた。トレーダーがサブプライム商品をただ保有するだけで利ざやが得られた。 リスク管理責任者は問題に気付きながら、コントロールできなかった。
・AIGの巨額の損失は従来業務によるものではなく、CDSによるもの。損失が発生していなくても時価評価による評価損が出ていれば、それに見合う金額を担保として差し入れる必要があった。
・金融機関への資本注入は金額面や即効性の面で、不良資産買取りよりアドバンテージがある。しかし資産のリスクをなくすことはできない
・時価会計には好況の波や不況の波を増加させる側面をもつ。バブルの発生、崩壊にもつながる
・流動性供給の変動にブレーキがかかる仕組みを内包させることが必要な時代
・好況時に一種の保険料として資本を蓄積し、それを不況時に資本に充当・活用できる仕組み(資本保険)。好況期のリスク蓄積に各ステークホルダーが目を光らせる。
・経営者の評価は同業他社と比較した利益で行なわれることが多く、追いかけるほうに回った経営者はリスクを多大に取る傾向に陥る
・サブプライムに関与したものは問題は予見されていたが、ダンスを続けざるをえなかった。
・先進国から新興国への資本流入により資本や技術の最適配分が進み、世界をフラット化した
・世界の経済成長に占める新興国の比率は2007年時点で約70%に達する
・生産効率が悪い肉類
・欧州は家計部門の貯蓄率が米国より高い。米国のようなホーム・エクイティ・ローンのような商品はあまりない。金融機関以外の事業会社はバランスシートは良好。
・サブプライムローン・ビジネスには合理的な意義があり、米国的なフロンティア精神が新たなリスクへのチャレンジを駆り立てた。 ビジネスが加熱、競争が激化すると合理性が失われていった。ブレーキが利いても良かったはず。付加価値的提供の側面が薄れ、マイナスの社会性が発生・蓄積。
・社会システム(社会的公器)としての金融機関の安定性を高めるためのビジョンと行動が不足していた。ビジネスの存在意義と社会全体の利益を見失った経営者たち。 自らの行動が社会全体との整合性とどうかかわるか、安心・安全のたゆまぬ強化が求められる。
・日本ではビジネスマン(商人)は自らのビジネス(商売)と社会全体の調和を心がけてきた。いくら稼いでも社会に認められなければ、自分にマイナスがはね返ってくる。三方良し。 有限な社会のなかで生き抜く智慧。
・社会の利益に反するような、安易な利益追求の姿勢をいさめる
・日本の柔軟性。「すべてを水に流しましょう」は建設的関係構築のための叡智。
・金融システムの安定強化のため、予見されるシステミック・リスクの兆候や要因を官民で情報交換
・効率的経済システムがグローバルに確立された現代社会においては、集団同調によるバブルの代償は大きく、世界に及ぶ。
グローバル化した経済における変化の波、そのすさまじいまでの自己増殖と伝達のスピード、破壊力。
・企業のリスクや社会の安定性への貢献が問われる

-目次-
序章 世界金融を揺るがした「池のなかの鯨」
第1章 サブプライム問題とは何だったのか
第2章 金融機関への影響と米欧中央銀行の政策
第3章 公的資金投入を決断させた9月・10月危機
第4章 緊急経済安定化法とは何か
第5章 時価会計と米国金融機関経営の指摘される問題点
第6章 危機終息に向けての国際協調
第7章 先行した世界経済の構造変化と危機による実体経済への影響
第8章 再生への処方箋
終章 世界経済を左右する二つの潮流