読書メモ
・「未曾有の経済危機 克服の処方箋 ―国、企業、個人がなすべきこと」
(野口 悠紀雄:著、ダイヤモンド社 \1,600) : 2010.10.15
内容と感想:
世界金融危機後の世界経済の見通しや、日本が抱える構造的な問題とその解決策などについて、
豊富なデータを駆使して分かりやすく解説している。
著者は「はじめに」で今後、日本の自動車産業や鉄鋼産業の過剰な生産能力が企業収益を圧迫し続けるだろうと述べている。
急激な世界経済の減速で輸出は急減、おまけに円高で「輸出立国戦略の破綻が明白になった」、としている。
世界経済危機後、これから徐々に日本で顕在化してくる深刻な問題として次のことを挙げている。
金融安定化策のために問題資産を購入した日銀の資産が傷んでいること、
税収の激減による財政赤字の拡大、そして金融機関の不良債権と資本不足。
これらの問題は米国よりも深刻だと述べている。
また、今回の危機を「アメリカ発金融危機のとばっちりだ」、天災だ、といった被害者意識は間違いだと批判する。
日銀の超低金利政策が「円キャリー取引」を招き、資金をアメリカに供給し、住宅バブルを加速させていた。日本もバブルに加担していたのだ。
日本がこの危機を乗り越えるためには産業構造の転換が不可欠と説く。
内需拡大を著者は訴えるが、可能性のある選択肢としてはソフトウエア産業などサービス産業への移行を挙げている。
産業構造の転換、成長分野への集中的な支援が政治には求められるが、著者は「政治の貧困が解決可能な経済問題に対して大きな障害になっている」という(第6章)。
大都市圏のインフラ整備などの公共投資が有効だとし、出産・育児・教育への支援、対外純資産の適切な運用など、国がやれることはいくらでもありそうだ。
第7章ではこんな面白いことを言っている。「一般の家計が資産運用に時間を使わなければならない社会は不健全。定期預金で持っていれば安心できる社会が最も望ましい」。
これには私も同感である。しかし、預金にはほとんど利息が付かないのが現状だ。預金金利の上昇には、まずはデフレ脱却が先決だ。
○印象的な言葉
・バブル崩壊では通常の景気循環と違い、景気は横ばいが続く
・為替レートが2007年夏までのような円安になる可能性はほとんどない・輸出が急増することもない
・都市インフラは極めて貧弱、整備する絶好の機会。電線地中埋設、鉄道立体交差、首都高全面再構築など。
・設備投資の先行司法とされる工作機械受注額
・アメリカの経常収支赤字が2006年頃のレベルの半分程度にならなければ危機は終息しない
・不良資産買取は価格査定が難しい、時間がかかる、危機の進展に間に合わない、金融機関が損失の確定を嫌う
・CDS では実際に事故が生じれば、売り手の支払額は保証料をはるかに超えることがある。ゴールドマンサックスはCDSで損失を免れた。公的資金で救済されたAIGから支払いを受けた。
・日本の対中国輸出は中国の輸出産業を相手にしたもの。中国の内需拡大策では、対中輸出の減少を食い止めることは期待できない
・米国の住宅価格の下落が2009年いっぱい続けば、価格水準は2001年の水準、バブル以前の正常なレベルに戻る。そこで消費の減少は止まる
・経済理論を使っていえることは「プラスか、マイナスか」程度の話。モデルは大まかだが、大きな変動では意味を持つ(→トレンドは見通せる)
・物価調整をした実効為替レートは1ドル=60円。購買力平価をビックマック指数で見ると、1ドル=82円
・日本の銀行が保有する株式含み損がゼロになる日経平均は三井住友7,500円、三菱UFJ9,000円、みずほ9,500円。自己資本比率に深刻な問題が発生。地銀はもっと深刻
・最低限の道徳が存在しない社会では、ルールの強制、監視、ルール違反の摘発などに多大のコストがかかり、経済は機能しない
・金融工学やファイナンス理論が必要なのは金融商品の価値の評価。リスクを定量的に評価し、価格付けする
・中国は外貨準備の運用に関して英国の金融ノウハウに頼ろうとしている
・金融危機により自国通貨を維持してきたデンマークやスウェーデンがユーロ導入に前向きな姿勢を見せている
・アイルランドはユーロで金融政策の独立性を奪われていたため住宅価格高騰に対して適切に金融引き締めができなかった
・EU各国の財政事情が悪化して財政ルールがなし崩しに緩和されれば共通通貨の基盤が揺らぐ。システマティック・リスクに対処するには経済政策を柔軟に行なえることが重要。
・日本の対外純資産は2007年末で250兆円。これを取り崩しても125年間は資産はなくならない
・地方活性化はITなどを活用する新しい産業を興すこと。ソフトウエア産業の比重を高める。生産性の高いサービス業に移行
・出産と育児による所得損失は問題。教育費を含め補填するべき。第二子、第三子の年間出生数はせいぜい数十万人。一人当たり100万円支給しても総額は数千億。
・日銀によるCP(コマーシャルペーパー)の直接購入は、日銀が通貨を増発し、直接企業に融資するもの。企業破綻リスクを日銀が負うこと。破綻すれば日銀の資産は劣化、
通貨への信頼が失われる。企業の資金を手当てしても需要不足には金融的な措置は無力
・日本の大銀行は大幅な黒字を計上しているにもかかわらず未だに法人税を納付していない(→なぜ許される?)
・「アメリカ型成功者の物語」(新潮文庫、野口著)
・社会人の勉強する機会の整備。学費を所得税上の必要経費と認めるべき
・手っ取り早く学べることは、すぐにだめになることを意味する
・時代が変わるときは問題発見能力が必要。
・他の多くの人と同じことをやると抜きん出るのは難しい。別の切り口、アプローチ、視点で捉えること
・クラウドで起業。持たざる経営が可能。地方、中小企業、個人にとって有利
・経済指標の読み方:変化が激しいときは、対前年比をみていると誤解に陥る。対前期(月)比の年率換算値を見るのが、変化率を捉えるにはよい
-目次-
第1章 世界的巨大バブルの大崩壊
第2章 アメリカ経済の収縮はいつ終了するか?
第3章 深刻な危機に直面するもう一つの輸出大国・中国
第4章 日本経済の今後の見通し ──GDPが10%縮小して景気回復前に戻る
第5章 問題の本質は何か? ──空虚な批判でなく、現実を変える議論を
第6章 この異常事態にどう対処するか? ──内需拡大の実現戦略
第7章 危機に打ち克つため、個人がなすべきこと ──必要なのは金融投資でなく自己投資
補章 急降下は終わった その先の戦略は?
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