読書メモ
・「虚構のインフレ ―騙されないための裏読み経済学2009」
(上野泰也:著、東洋経済新報社 \1,600) : 2010.02.13
内容と感想:
リーマンショックの直前、2008年7月にはレギュラーガソリンがリッター180円台になるなど高騰した。
原油高騰で漁師が船を出せなくなったり、運輸業界も(車通勤する私も)悲鳴を上げた。
そうしたガソリンや食品が値上げされたときに一時、インフレが来ると騒がれた。
原材料高が招いた一種の恐慌だ。
しかし、それは「海外発の食品・エネルギー関連に限定された、国内需要の裏付けのない物価上昇圧力」という限定的なものだと著者は言う。
背景には新興国の経済成長に伴う需給の逼迫が噂されたのもあったし、サブプライム・バブルの崩壊で行き場を失った投資・投機マネーが商品市場に流入したことが原因だ。
本書はタイトルが意味するように「インフレ時代到来説」への反論である。
インフレ期待する人(いわゆるインフレ論者や預金金利に期待する年金生活者)もいるだろうが、残念ながら現実は違ったようだ。
実際には日本国内に限っては人口減少、少子高齢化に伴う中長期的なデフレ圧力が根強い。政府も2009年11月にはデフレ宣言」をしているとおり
(デフレでなく「ゼロインフレ」といっている)。
インフレが虚構だったからといって安心してもいられない。一時の高騰は収まったが、
厳然と資源高は存在する。世界的なトレンドだ。資源輸入国の日本では、企業としては商品価格に差額を上乗せするかどうかで苦悩している。
安易な値上げでは消費意欲を減退させる恐れがある。一方で値上げしないと会社としては利益が出せない。
本書では、第1章でその誤ったインフレ認識の実態を解説。
第2章は原油高騰がバブルであること、いずれ崩壊することを説明する。
第3章は原油や穀物の高騰に対する反作用、つまり代替物質を作り出すような産業のダイナミズムについて述べている。
第4章はそうした時代の生活設計や資産運用についてアドバイスを試みている。
「賃金が構造的に上がりにくくなった」今、
現在の重苦しい暮らし向きを良くしていくには「人並み以上の努力によって機会の平等を生かして上昇志向を強めよう」としていくしかないと著者は言う。
「自己責任の時代がこの先も続いていくだろう」と厳しい見方をしている。
それでも諦めないで前向きに進むしかない。
○印象的な言葉
・原油、食料価格の上昇は脆弱な人々には深刻(→物価上昇が限定的とは言え、これらの消費比率が高い世帯には影響は大)
・英米、ユーロ圏でも消費者物価指数(CPI)コアは低位安定
・70ドルを超える原油価格はバブル。70ドルを超えると新規の油田開発や代替エネルギー投資などが動き出す。原油価格のうち40ドルは採掘コスト、40ドルはOPECカルテルの上乗せ分。
・鉄鉱石には先物がない。供給は大手3社による寡占体制。
・低品位・高コストで潜在的に量が豊富な資源を開発(オイルサンド、オリノコタール、オイルシェール、メタンハイドレートなど)。
オイルシェールは米国、ブラジル、ロシアなど従来の産油国以外にも広く分布。地政学的リスクの回避になる。
代替エネルギーの開発が強化されれば原油の需給に余剰感が生じ、価格が急落することも。
・希望:人類の知恵、進歩を信じる
・ガソリンは地方圏では生活必需品
・生活感覚に根差した消費者の直感は軽視できない
・消費者物価指数(CPI)コア:日本は「生鮮食品を除いた」CPIだが、欧米では「食品とエネルギーを除いた」もの(市場ではコアコアと呼ぶ)。
・ユーロ圏では労組の力が強いため賃金が上昇しやすい
・インフレ警戒感を煽って収益機会拡大を狙う投機筋
・中国当局は人民元の上昇を容認することで米国向け輸出が大きく減少することを回避している
・経営者は株主や市場からのチェックを意識して、好況期でも賃金を含むコスト削減に注力するようになった
・資源価格の上昇分を消費者価格に転嫁していくことが難しい。企業間取引でコスト負担の押し付け合い。その力関係は公平ではない。立場の弱い方がババを引かされ収益を圧迫される。
・悲惨指数:失業率と消費者物価指数を足したもの
・ファニーメイ、フレディマックの危機は最後の出来事ではない。今後も危機は到来する(ソロス)
・日本の原油備蓄量は半年分
・原油供給の今後の課題:採掘が困難な油田ばかりが残る。それを採掘するには高い技術と資金が必要。資材・機材の価格高騰。人材不足。原油の質の低下。環境問題。
・重質油を分解し軽質油を取り出す技術、重質油から直接ガソリンを精製する技術
・商品先物市場で買いポジションを長期保有する商品指数ファンドは、巨大な買占めをしているのと同じ
・脱鉄鋼。現行より最大4割軽い「炭素繊維カー」
・耕作可能な土地は世界にまだ十分ある
・レアメタルの供給不足や価格高騰の危機を乗り越える方策:使用量を減らす、代替物、リサイクル、探査、利用不可能な物質の利用可能化、貯める
・ベロタクシー:自転車タクシー。人力。電動アシスト付き。環境にやさしい。動く広告。
・油を大量に含んだ植物「ジェトロファ」、藻
・低品質の石炭「褐炭」:世界の石炭埋蔵量の6分の1に相当。3〜5割が水分。発熱量が少ない。自然発火の危険性。通常の石炭より安くなる可能性.
・じゃがいもを見直す:栄養価が高い。食糧難対策の切り札。五大食用作物。じゃがいもパン。
・セルロース系など穀物と競合しない次世代バイオ燃料
・全米の遺伝子組み換え品種の作付け面積は2008年はトウモロコシが80%、大豆が92%。害虫駆除、除草剤耐性などの効果
・経営者は賃金コストは実績に応じて個々人でメリハリをつけつつ、総量は間違いなく抑制しようとしている
・オーバーバンキング:金融機関の過剰。採算度外視の貸し出し金利のダンピング。金利のデフレ。
・20世紀の石油危機も食糧危機も人類は冷静に対処し、乗り越えた
・どんな熱狂の時にも、もう一人の冷静な自分、立ち止まって考える自分を持つ(橋本徹)
<感想>
・中国が世界中で資源を買い漁っているのも資源インフレを想起させる
-目次-
インフレ報道に騙されるな? ―まえがきに代えて
第1章 虚構のインフレ ―原油・食品高だけでは本物の「インフレ」ではない
第2章 「原油バブル」崩壊のシナリオ ―1バレル=70ドルを超える原油価格はバブル
第3章 価格高騰が生み出す価格抑制の種 ―次々と生まれる「反作用」の萌芽
第4章 「虚構のインフレ」を生き抜くヒント ―生活設計&資産運用についてのアドバイス
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