読書メモ

・「空白の桶狭間
(加藤廣:著、新潮社 \1,600) : 2010.01.23

○印象的な言葉
・水害のたびに土地支配の権利関係が不明瞭となる濃尾平野。突然、領有を主張できる可能性があった
・山の民:牛馬を飼って牧草を求めて移動する人々
・将軍・義輝の京への信長招聘は尾張の出来星(成り上がり)武将・信長抹殺の陰謀。藤吉郎が危機を未然に防いだ。これにより彼は足軽頭に取り立てられた
・戦国時代、庶民は個々に墓などもてなかった。家の裏手に勝手に墓を作るか、寺参りが先祖供養だった。墓は権力者や金持ちだけのもの
・信長の目は異様な「三白眼」。中国では覇王の目
・清洲城は当時、海抜ゼロメートル地帯にあり、毎年台風による洪水で水浸しになった。
・尾張には台風被害のない米作に適する土地は意外に少なかった
・尾張の産業は桑を植えて蚕を飼い、絹織物を生産する繊維産業に傾斜せざるをえなかった。女子労働への依存度が大きかった。男は比較的自由だった。 信長は男を兵士として通年雇うことができた。兵(男)は農(米作)から分離していた。男の土着性は低かった。土地を守る執着心が弱く、弱兵化を招いた。
・「飛び道具は卑怯」という鎌倉武士の伝統
・義経の鵯越(ひよどり)の「馬の逆落とし」は美談。鵯越は馬を降ろすにさして困難な所ではない。平氏側に戦意がなかっただけ
・桶狭間合戦直前の四月、松平元康(家康)に信長からの親書(密書)が届いていた
・武家社会になって武器としての馬の放牧飼育が急速に発達
・合戦後の簗田政綱の異例の出世は合戦の真実の口封じのため
・長篠の戦いの徳川軍の馬防柵は、元は秀吉が美濃攻めで工夫したもの
・信長は上杉との戦いの前、大納言、近衛大将への官位昇格を狙っていた。上杉軍団との対決を避けるため、朝廷の官職の鎧を飾ろうとした。 近衛大将なら謙信は名目上、賊軍となる。
・秀吉は筑前守という官職の地名が嫌だった。将来、九州まで追い落とされると思った

-目次-
第一章 秘めたる願い
第二章 密偵行
第三章 内なる戦い
第四章 空白の激突
第五章 それぞれの桶狭間
終章 消えた合戦譚