読書メモ

・「金融危機の本質は何か 〜ファイナンス理論からのアプローチ
(野口 悠紀雄 :著、東洋経済新報社 \1,800) : 2010.07.29

内容と感想:
 
本書は「週刊東洋経済」に連載されたものを再構成したものだ。 難しそうなファイナンス理論を素人にも分かるようにやさしい言葉で解説している。 ブラック=ショールズ式とか、CAPMとかいった理論が出てくるが、そんなに詳しく知りたくなければ読み飛ばせばよい。 私も細かいところは一度読んだだけでは理解できないところもあった。
 今回の世界金融危機はサブプライムローンがらみの証券化商品や、それを更に合成した商品、 更には企業の倒産を賭けにするようなCDSといったものまで、金融工学やファイナンス理論といったものを駆使した金融技術が背景にあった。 著者はこの危機が金融工学やファイナンス理論を「使ったから起きた」のではなく、「誤った使い方をしたから、あるいは「使わなかったから」起きたと喝破する。 そうした金融技術を全て悪とするのは誤りである。本来はそれらを適正に用いれば、「われわれの生活を豊かに安全なものにしてくれる」はずなのだ。 本書では、金融工学が生まれた背景や、それがどのように使われるべきものか、使われてきたかを学ぶことができる。
 第10章では面白い提案をしている。 介護サービスに先物市場を創ってはどうかというものだ。 生鮮食品の場合、現在の市場と将来の市場は分断されているため、現在価格とは独立に将来の需要と供給によって先物価格が決まる。 介護サービスなど多くのサービスも同じ理屈で考えることが可能なのである。仮に先物市場が整備されるとすれば将来サービスが必要になるだろうと考える人は、 いま先物で買っておけば費用を確定できる。また先物価格が高くなれば、供給を増やす努力がなされることになる。 高齢化社会が深刻化することを考えれば、こうした手法により介護問題を解決できると、著者は指摘する。国家財政が逼迫している中、検討に値するのではないか。 しかし、モノ以外のものを先物取引している市場は存在していないのではないか。それだけにユニークな案である。
 第16章では民間や外貨準備がアメリカ国債などドル資産に偏っていることを指摘し、 低収益率でかつ、為替リスクに晒されている「愚かな集中投資」をしていると厳しい。 「貯蓄から投資へ」は「金融のプロに向かって求めるべきこと」と皮肉っている。 日本の行政や金融機関には真のプロはいないのか?

○印象的な言葉
・ロスチャイルドの富は「情報力」で築かれた
・欧州を近代に飛躍させた「保険」
・物理学や化学の分野では疑似科学は見破りやすい。ファイナンス理論では実証が難しく、疑似科学が横行しやすい
・ファイナンス理論は投資戦略の策定に多大の寄与をなしうる
・日本の対外資産総額はGDPとほぼ同規模。収益率を上げれば、経済成長率を上げたのと同じことになる(→そんな簡単にはいかない)
・格付けによるリスク評価は不完全。何を格付けしていのか不明。定量的な評価がない。市場リスクが評価されているのか不明
・バフェットは幸運によって巨額の富を築いた。株式投資の結果が過去の成績に依存しなければ、勝ち抜く人が必ずいる。
・ランダムウォークは単なるデタラメではなく、ある種の法則がある。価格変動を統計的、確率的に記述できる。ピンポイントに値は特定できないが、重要な性質は分かる。 分布の形を特定できる。株価は対数正規分布によって近似できる。為替レートも同様。
・効率的な市場においては裁定機会が「存在しない」。裁定取引をする人は裁定機会が「ある」ことを信じて、それを探している。 市場に非効率な部分があると信じている。こういう人がいるから市場が効率的になる。裁定機会を見つけて裁定取引によって潰している。
・罫線やチャートの考えは実証研究により、「系列相関は存在しない」とされている
・ランダムウォークとは系列相関がない時系列データ。株価がランダムウォークに従っているなら、テクニカル分析は無効となる
・分散投資は合理的な投資法。入学試験の科目数にも応用可能。個別リスクを回避するために分散する。
・大航海時代の15世紀末、自然科学的技術においては欧州より中国のほうがはるかに進んでいた。しかし中国は大航海を行なわなかった。官僚国家であり、リスクに挑戦するインセンティブがなかった。
・保険は各事故が独立という仮定で作られている。市場リスクのようなものには保険は対処できない。市場リスクがある場合、株式の個別リスクは失われる
・国内外の金利差は本来、為替変動により調整される
・日本の外貨準備は極端にドルに偏り、為替変動に対してヘッジされていない。国民の財産がリスクを抱えたまま放置されている
・ブラックとショールズが生み出した理論によりオプション価格を誰でも客観的に計算できるようにした。それによりオプション取引が急増した。新たな産業を生んだことになる。 連立一次方程式を解くだけでよい。
・サブプライムローン関連の証券化商品は価格付けが適切に行なわれなかった
・CDSはプットオプションの一種。オプション取引はリスクの交換。オプションは市場リスクにも対処できる。日本の金融機関も取引を行なっているが、正しい価格評価を行なっているかは疑問。 取引相手は外国の金融機関が多い。彼らの言い値で取引を行なっている可能性がある。
・シャープレシオは投資判断の尺度にはならない。エセ専門家は基礎を理解していない、素人をだますために使うこともある
・株式会社制度とは投資家の安全を確保しつつ、企業がリスクの高い事業に挑戦することを可能にするためのもの。リスクのある事業に挑戦しなければ存在意義がない。 従業員の雇用は労働市場を流動化することによって確保すべき。

-目次-
ファイナンス理論は悪魔の発明か?
第1部 金融・証券投資の大成功と大失敗
 世界を揺るがすアメリカ金融危機
 バフェットはなぜ大金持ちになれたか? ほか
第2部 金融・証券投資の基礎理論
 市場価格は正しいか?
 株価はランダムウォークする ほか
第3部 リスクコントロールの理論と手法
 先物取引によるリスク回避
 為替先物、円キャリー、FX取引 ほか
第4部 ファイナンス理論をどう役立てるか?
 日本は金融立国できるか?
 結局のところファイナンス理論は役に立つか?