読書メモ

・「日本は「掃き溜めの鶴」になる
(長谷川慶太郎:著、PHP研究所 \1,400) : 2010.10.18

内容と感想:
 
「掃き溜めに鶴」ということわざがある。「つまらない所に、似つかわしくないすぐれたものや美しいものがいることのたとえ」だそうだ。 「掃き溜め」とはゴミ捨て場のことだが、著者は何を掃き溜めにたとえているのかはよく分からない。 金融危機によって生じた世界不況の状況から、世界が掃き溜めのように見えたのかも知れない。 その中で日本は「鶴」になると著者は言う。日本が世界に誇るものは数々あるが、ここでは経済の話だから、技術力や経済力、国民性を誇っていると思われる。 日本だけが鶴になるかは別として、日本の技術力や経済力による貢献を期待している国は多いことだろう。
 本書のテーマの一つはデフレ。 第二章の19世紀後半に起きていたデフレの話は興味深い。しかし、それが現在の日本で起きているデフレとは性質が異なることが分かる。 当時の世界の経済状況は現在とは異なるのだ。従って残念ながら日本のデフレ脱却の参考にはならない。 なぜなら19世紀末のデフレの後には戦争が起きて、インフレになったからだ。そもそも今の日本は需要不足なのだ。
 本書では、19世紀から現在までの世界経済の歴史を解説しながら、戦後日本の経済成長の様子や、磨き上げた競争力を解説している。 今回の世界経済危機の本質についても冒頭で触れている。
 不況対策としては「大規模な公共事業投資を展開することによって、経済活動の一段の成長を実現するための基盤を整備すること」と著者は言う。 「消費市場の縮小を補うだけの新しい需要の追加が可能」だと、政府へ財政出動を促す。そうすると国民が懸念するのは財政赤字の拡大だ。 しかし、著者は「デフレ時代の財政赤字は怖くない」と、財政赤字そのものが経済を破綻させる怖れはないと述べているが、説得力のある説明はない。 具体的にどんな公共事業を展開すべきか、それによりどんな需要が喚起されるのかまでは書かれていない。 多くの新興国がインフラ整備を進めている。今そこで日本が存在感を示すことが期待されている。そうした国の成長に貢献して、成長の果実をお裾分けしてもらうのというのが 当面の戦略になるだろう。また、政治に求められることは、リスクが大きい海外での企業の活動をバックアップすることだろう。

○印象的な言葉
・インフレ幻想の典型が「サブプライム・ローン」
・20世紀、敗戦国では必ず革命が起きた
・徴兵制は格差社会を生む(→その逆では?)
・米国ほど変化に機敏かつ的確に対応できている国は他にはない。政治力、政治体制の強靭さ、一貫性のおかげ
・リーマンショックで輸出基地だった中国・広東省では大型倒産が連発。最も規模が大きく、急成長していた玩具産業では、ショックから年末までに2/3が倒産
・19世紀後半、産業革命が地球上の広範囲な地域に伝播しつつある過程で発生した長期デフレ。大幅な価格下落が24年間続いた。すべての物価が半値まで下落。 欧州や北米で大工業国家が大量に発生し、世界的な規模で活動を展開した(→既にグローバリゼーションは始まっていた)
・1866年に欧州と北米を結ぶ海底電線ネットワークが開通。更にロシアを横断し、極東から日本、アジア全域にネットワークを広げた。電信線により国際資金の移動が展開しえる条件が整備された。 (→マネーのバーチャル化が始まった) 陸上交通、海上交通のネットワークも広がった。農地の開拓も始まり、冷凍技術も導入された。あちこちに大規模な製鉄所が作られ激しい販売競争が起き、鋼材価格は半値まで下落。 それにより新たな市場も誕生した。このときのデフレは経済のブレーキにはならず、逆に新たなニーズ、需要、市場を次々に生み出し、世界経済の成長に寄与した。 (→当時はまだまだ生活水準が低く、ニーズは多かったのだろう)
・19世紀、欧州では人口過剰があった。過酷な農業危機で餓死者まで出た。それが貧しい人々の北米大陸への移民を生んだ。
・デフレが本格化した時期、地球規模で大都市への人口が集中し、大衆文化が花開いた。新古典派と呼ばれる絵画、彫刻、演劇が誕生
・第一次大戦当時、欧州では国際的な分業体制が確立していた(→現在にも似る)
・ベルリンの壁崩壊時は、東西ドイツ間の生活水準の格差は大きく、平均寿命の長短にまで影響していた
・明治維新当時、日本人の平均寿命は30歳代半ばだった
・有限責任である株式会社の代表取締役が無限責任を負うなどいうことは日本以外にない。日本の個人保証システムはそれなりの大きな成果を生み、経済成長の要因となった。 その重い負担に晒されていることを従業員も理解することで改善提案を生む雰囲気を定着させた(→経営者に緊張感をもたらす効果はあるが、これから起業しようという者にとってはマイナス)
・第二パナマ運河の建設が始まっている。大型の高速コンテナ船の通行を可能にするため
・中国では高速鉄道の「四縦四横」構想がある。大陸を南北に貫通する幹線を4本、東西に4本を整備する計画

-目次-
第1章 経済危機の本質を見誤っていないか
第2章 デフレとは何か
第3章 二十世紀の特徴 ―戦争と革命が連続した時代
第4章 二十一世紀の世界 ―インフレからデフレへの転換
第5章 日本の先駆性 ―戦後の改革とその成果
第6章 日本経済の「不況抵抗力」