読書メモ
・「円安バブル崩壊 〜金融緩和政策の大失敗」
(野口 悠紀雄:著、ダイヤモンド社 \1,600) : 2010.10.29
内容と感想:
「週刊ダイヤモンド」誌の連載「超整理日記」を再構成・編集した本。
テーマはタイトルの「円安バブルの崩壊」のほかに、年金問題や「ふるさと納税」なども取り上げている。
第1章では2008年のリーマンショック以前の日本の景気回復が円安によってもたらされていたことを分かりやすく説明している。
そもそも円安の原因は日銀による異常な金融緩和策(内外の金利差拡大)と円安誘導が行なわれた結果である。
そして景気回復も円安により製造業が輸出で稼いだだけであり、日本経済の実態は古いままだと厳しく批判している。
そのため米国の住宅バブル崩壊、日本の円安バブル崩壊による急激な円高のダメージが大きいのだ。
海外の投資家らが円キャリー取引によって低コストで調達した資金は、世界的な金余りの中、
サブプライムローン関連の金融商品に回った可能性もある、と指摘する。
つまり日本の金融緩和がアメリカの住宅バブルを煽ったのだ。日本にも世界金融危機の責任の一端があることが分かる。
また、本来は日本の将来を支えるべき新しい企業の育成に資金が充てられるべきなのに、
外国に資金が流出していたことは日本にとって損失だったとも述べている。
もし輸出産業中心の経済構造から脱却できていれば、日本はこれほどの打撃は受けなかったのかも知れないのだ。
輸出産業全体の怠慢とも言えるだろう。
現在の円高進行は為替レートが正常なレベルに戻っているだけであり、
為替レートを購買力平価で見れば、1ドル=70円程度になっていなければいけない、と言う。
80円前後でも輸出企業はヒーヒー言っているのに、まだまだ先があるのだろうか。
第6章では年金問題に関して、社会保障目的税案は増税のためのトリックだと指摘している。
そもそも年金財政は消費税を数%引き上げるだけでは解決できない問題だという。
高齢化の進展により社会保障費はGDPの伸びを超える速度で増大するが、
消費税はGDPの成長率と同じスピードでしか増加しないことは自明である。
もし消費税だけで社会保障費を賄うとすると、税率は自動的に引き上げられていくことになるのだ。
いっそのこと、年金は民営化すべきだと、私には過激とも思われる提言もされている。今後も年々、社会保障費の増大が確実だ。
この問題は先送りすればするほど問題は悪化すると、著者がいうように、国が財政破綻する前に何とかしなければならない。
○印象的な言葉
・異常な円安を誰も批判しなかった。輸出産業の声が経済政策に強く反映された
・不動産価格の上昇は低金利の歪み
・サブプライム損失より深刻な日本の対外資産
・本当に必要なのは産業構造を変えること
・年金は制度設計の基本に誤りがあった。年金財政は維持不可能。賃金上昇率が2.5%、積立金の運用利回りが4.1%という前提としているのは問題。
人口高齢化の影響を著しく過小評価していた。
国民年金保険料の徴収率が6割なのも問題(サラリーマンは国民年金の尻拭いをしている)。社会保険庁が徴収能力を持っていないなら国税庁に徴収させる。
年金の民営化は可能。議論さえされていない。年金問題は日本経済を破壊する時限爆弾。
保険料率の引き上げより、保険料負担者を増やすことを考えるべき(労働者の増加。女性、高齢者、外国人)。
・円安によって一人当たりGDPが諸外国と比べ低下した
・超低金利と円安の継続は本来は両立しないもの
・円キャリー取引は円売り・ドル買いのため円安を加速させる。貸し手は日本の銀行
・変動為替制下では国際収支の不均衡は為替レートが変化して調整される
・自国通貨で資産を保有することがリスクとなり、外国に投資しなければならない事態は、日本国民が政府と日銀を信頼しないことを意味する
・製造業就業者の全就業者に対する比率は日本では2割。英国は1割
・REITは不動産の流動性を高める点はよいが、すぐに売れるため逃げるのも早い
・米国向けの日本の輸出は輸出全体の23%、GDP比率では3%程度しかない
・為替レートが株価を決めるという関係がほぼ成立している
・ファンドの情報開示など市場規制が必要。金融市場の安全を確保するためのインフラ
・製造業は水平分業に移行すべき。ベンチャー企業の新規参入の機会も増える。規模があまり大きくなく、選択と集中に成功した企業が強くなる。ただし個々の企業は単一生産物に
特化することになるためリスクは高まる。規律より創造性、巨大さよりスピードが、安定性より革新とリスク挑戦が求められる
・ライブドア事件の実刑判決はは、米国と比べると緩すぎる
・ファイナンス理論:リスクのある資産の価値評価の理論体系
・同じ問題意識をもつ人々が集まることは意味がある。そこから新しいものが生まれる可能性。集積の利益(シリコンバレーのような)。直接のコミュニケーションが重要。
・政府が主導しないと問題が解決できないという発想が問題
・ふるさと納税:毎年同額の収入が期待できるとは限らない
・バラまき政策は人々のやる気を失わせる
・大都市の交通施設整備にお金を回せば、都市の生産性が高まり、所得が増加する。その一部を地方に配分すればいい
・地域所得が一定以下の地域の住民に対して所得税で「地域控除」を認める
・日本で地域間格差を是正するためのオンライン・ビジネス:企業のバックオフィス的業務の請負。書類整理、データ入力、計算など。病院の予約管理や患者との連絡業務。家庭教師。
生活相談などアドバイスサービス。連絡代行サービス。セキュリティ管理や防犯・防災サービス。監視業務
・技術進歩を政策的に誘導することはできない。政府が重点分野を選び、そこに研究資金を投入すると自由な研究が窒息死する
・研究こそは最高の「遊び」
・マスメディアは寡占構造のため、報道される意見の幅が著しく狭い。賛成意見もあるし反対意見もある、という取り上げ方しかできない。テレビでは誰でもすぐに理解できるような
意見しか登場しない。論理が込み入った議論は行なえない。論議は二分法になってしまう。多様な意見の報道は難しい
・比較優位原則(リカードの理論)に従って交易をすれば、領土拡張(戦争など)をしなくとも、無理に経済成長率を高めなくても豊かになれる。必ずしも量的に拡大する必要はない。
中国が工業化した今、せいぞうぎょうにおける日本の比較優位は失われている。新しい産業構造に転換しなければならない。
-目次-
はじめに「時局落語:圓高か圓安か。横丁は大騷ぎ」
第1章 円安バブル頼りだった景気回復
1 景気回復は改革ではなく円安で実現した
2 円安バブル発生と膨張のメカニズム
3 異常な円安を誰も批判しなかった
4 不動産価格の上昇も低金利の歪み
第2章 サブプライムローン問題が円安バブルを破壊した
1 円安バブル崩壊による株価下落
2 これは二一世紀型の危機か?
3 サブプライム損失より深刻な日本の対外資産
4 きわめて困難な今後の金融政策
5 本当に必要なのは産業構造を変えること
6 日本型経済を沈滞させる真の原因は戦時体制
第3章 「金融立国」は必要だが、可能か?
1 イギリスを復活させた金融業
2 どこかおかしい日本の金融規制
3 「金融立国」に必要なのは人材
4 大学院は理想のインキュベイター
第4章 ただ驚嘆するほかはない「グーグル」
1 インターネット時代の「ビッグ・ブラザー」?
2 世界はグーグルの前にひざまずくか?
3 情報はグーグルに預けるのがいちばん安全
4 すべての日本企業を抜いたグーグル
第5章 地域間格差の是正はバラまきでなく創意で
1 「ふるさと納税」にだまされてはいけない
2 「ふるさと納税」は、寄付の崇高な精神を踏みにじる
3 日本を崩壊に導く法人事業税の改悪
4 バラまきで経済は活性化しない
5 地域間格差是正と分権促進は矛盾しない
6 格差を利用して格差に対処する
第6章 年金改革をいかに進めるべきか
1 ずさんな記録管理とは別にある年金の根本問題
2 年金に関する本当の争点は負担と給付の関係
3 維持できるはずがなかった国民年金制度
4 制度設計の基本に誤りがあった
5 楽観的な見通しで年金改革が遅れる
6 いかにもおかしい民主党の年金改革案
7 必然性がない税方式への移行
8 税方式への移行は政治と企業のご都合主義
9 社会保障目的税は増税のためのトリック
第7章 政策論議の基本とすべき思考法
1 社会を進歩させるのは知的好奇心
2 政策論議を歪めるマスメディアのバイアス
3 量的拡大でなく比較優位原則で解決しよう
あとがき
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