読書メモ

・「世界と日本経済30のデタラメ
(東谷 暁 :著、幻冬舎新書 \760) : 2010.08.03

内容と感想:
 
世界金融危機後の世界と日本の経済が直面する30の課題を挙げ、それらについて世間で語られる議論がデタラメなものばかりであることを本書は指摘している。 著者の指摘が100%正しいかどうかは読者自身が判断する必要がある。 序文にも書かれているように「現在流布している経済情報について、まず、疑ってかかることから始めなくてはならない」。 要するにテレビなどに登場する経済学者やエコノミスト、評論家らが語る言葉を鵜呑みにするなということだ。 それが自分の生活に直接関わってくることであればなおさらだ。その言葉に根拠があるか、論理性はあるか、よくよく検証する必要がある。
 目次を見るとずらりと著者が選んだデタラメな議論が並んでいる。 中には正しいのでは?と思わせる項目もあったりする。例えば「不況対策に公共投資のバラマキはまったく効かない」とか、 「ムダな支出を減らせば増税は必要ない」、「非正規雇用を規制すると日本経済は活力を失う」などは一見、正しいと私は感じたものだ。 著者の意見を読むと、ある一面から見れば正しそうに見えるが、別の視点から見ると実はそうでもないということになる。 それぞれの問い自体が短いフレーズであるため、判断を誤りやすいのだと思うが、一つの問題も深く突っ込まないと見えてこないものがあり、 わずかな情報だけで判断すると間違いをおこすという点は忘れてはいけない。
 著者の意見には賛成できるものもあれば、できないものもあった。読者には自分の意見を持ちながら読んでみてもらいたい。 未解決の課題が多いが今後、政権選択や代議士を選択する際に、彼らの政策を判断するための予習にもなるかも知れない。

○印象的な言葉
・金融危機が起きると、人々の心理を掻き乱し、妄説が社会に蔓延しがち。危機に直面すると、焦って、早く理解しようとする。 パニックになると自分の知識の範囲内で分かりやすい説に飛びつく。説を唱える人自身が、自分の誤った説のとりこになる。同じ説をもつグループ内で起こりやすい。 これが社会全体に及ぶと、その説が一人歩きする。
・自己実現的予言(→言霊)
・情報社会は過剰集中が起こりやすい。特定情報が自己増殖を起こす。(→容易に全体主義に陥る恐れ)
・極めて明快ですっきり分かったような気にさせる説は疑ってみたほうがいい。強く決め付けで語る評論家の説はゆっくり考え直すべき
・政治的背景で語っていたり、どこかがお金を出しているシンクタンクのエコノミストか注意する。(→御用学者)
・投資銀行業務は極めて頭の回転が速い連中の個人プレーが支えてきた
・1990年代、アメリカの金融機関は日本の不良債権を次々と証券化し、巨大な利益を上げた
・将来、子孫が資産と思えるものを公共投資で作ることは労働力を無駄にしないという意味で否定できない
・31%の国債を発行し続けるために、25%の維持費(国債費)を払っている
・1997年に金融危機で景気が腰折れすると、税金を払えない企業や個人の物納が増えた。国有財産が急速に増加。不況の中で国有財産を売却するのは不況を加速する、安く買い叩かれる。
・アメリカ会計基準と欧州が中心となって作られた国際会計基準は全く異なる。米国は伝統的に原価主義、デリバティブや有価証券のみ時価主義を適用
・ジャック・ウェルチはGE時代、製造業部門を売り払い、金融会社を買収し、R&D費を抑えて配当を多くし、徹底的に株高経営を行なった
・1990年代後半から英国では過度な民営化の弊害が多くなっていた。官と民の協働であるPFIに変わっていく。
・郵便局長たちは将来に不安を持つようになり、この3年で4割近くが辞めた。郵政民営化の模範とされたドイツポストは破綻状態にある
・郵政は独立採算制だった。身分は公務員だったが、給料は税金から出ていたわけではない
・医療の民営化を進めれば貧しい人たちへのサービスはずっと低いレベルに落とされる
・米国の民間の医療制度は民間保険会社と民間医療機関が結託して作り上げたもの。しばしば医療費の支払い拒否や払い渋りが起きる。金儲けだけのこれら民間企業の横行を防ぐ必要があった
・医療現場には大量の従業員により、ある程度のおグロスがあったほうが効率的。医療保険も大量の加入者がいたほうが保険料は安くなる
・現在の年金受給世代の金額が多いのは制度がいい加減で、大盤振る舞いしすぎたから
・日本の医師は偏在ではなく、絶対数が少ない
・フランスでは移民たちがフランスに文化的に溶け込むことができず、社会的にも同じ扱いを受けるようにならなかった
・かつて基軸通貨として世界を支配したポンドがその地位から転落したのは、何十年も危機的状態が続いてからのこと。ドルにとって代わられるまでに50年かかった
・英国は金鉱に目がくらんでボーア戦争をやり、国際社会における道義を失い、経済的にも消耗した。これがきっかけでポンドの転落が始まった
・世界経済をユダヤ人が支配しているのだと仮定して、それには次の条件が証明されねばならない。その集団がかなりの程度で限定されていること。それが決めたことが他の集団と相反すること。 その決めたことが全くの優先権を持つこと。
・ブラジルではバイオエタノール産業は安定した一大産業となり、補助金もいらなくなった。いまや輸出国になった
・先進国が自国の重要な農作物に補助金を付けるのは珍しくない。自給率を高め、価格を安定させる政策として行なわれてきた
・米国の労働生産性はITバブル崩壊後のほうが急伸した。急激に解雇とアウトソーシングが進んだため、総労働時間が下落したため
・本「みんなの意見は案外正しい」で挙げられた事例は極めて危ういものばかり
・インターネットによって恐るべき世界的な世論の専制が生まれてもおかしくない。群集の知恵よりも群集の心理に委ねる方向に進んでいる
・ハブ・アンド・スポーク型のネットワークで構築された経済は正常な状態では極めて効率がよい。それが少し狂いはじめると崩壊する危険がある

-目次-
いまの不況は構造改革を後退させたから
世界同時不況には戦争以外の解決策がない
欧米金融機関が破錠のいま日本の金融機関のチャンスだ
アメリカの金融資本主義は崩壊する
不況対策に公共投資のバラマキはまったく効かない
ムダな支出を減らせば増税は必要ない
「埋蔵金」を使えば不況は脱出できる
非正規雇用を規制すると日本経済は活力を失う
時価会計が穏和されてこれからは会計不正が増える
日本企業の停滞は株主重視の姿勢が足りないから〔ほか〕