読書メモ
・「正社員が没落する ――「貧困スパイラル」を止めろ!」
(湯浅誠、堤未果 :著、角川oneテーマ21 \724) : 2010.03.06
内容と感想:
本書は社会運動家・湯浅氏と「ルポ 貧困大国アメリカ」の著者・堤氏による、
日本の貧困スパイラルを止めるための方策を提言するものである。
日米の貧困の拡大の状況が生々しく語られ、いつ自分が転落するかも知れない「すべり台社会」日本の現状にゾっとさせられる。
第一章では堤氏が格差社会、競争社会アメリカの悲惨な状況をレポートする。
拝金主義が医療や教育の現場を襲い、「国家にとって最も大切な核」を失う恐れを指摘。
第三章では湯浅氏が日本の中間層の転落の実態を語る。
非正規雇用が拡大し、正社員もいつ同じ立場になるかも知れないほど労働市場の劣化が進んでいる現実を明らかにしている。
上記の2つの章以外は二人の対談になっていて、反貧困スパイラルのための議論を日米の対比を混じえながら行なっている。
第二章の対談の中で、
日本では今、「衣食住と仲間を得られる最後の場所が、若者にとっては自衛隊、高齢者にとっては刑務所になりつつある」というのは、
日本も来るところまで来てしまったなと愕然とさせられた。
若者には働きたくても仕事がなく、老後の手厚い保障が得られない高齢者の存在が、そういう状況を生んでいる。
これでは未来に希望をもてるわけがない。不安ばかりで、お金も使えない。
これに関連して、第五章では景気対策として、
「総合的にセーフティネットを整備して安定感を持たせて、安心して消費できる内需拡大に向かう道」という選択肢があると言っている。
私もこれには同感だ。労働者の立場が弱くならないよう、また元気に生き生きと安心して働ける環境が取り戻せれば、消費も増え、経済は活性化すると私も思う。
本書はただ貧困の恐怖を煽るのではなく、それに対抗して我々有権者に立ち上がれ、と促すものである。
よく世論調査などで政府の政策の最重要課題として「景気・雇用」を上げているのを聞くが、
まさに雇用と景気は一体で、雇用が安定しないと景気は浮上しない。そのためにも政府にはしっかりとした戦略をもって、成長分野に集中して予算配分し、
雇用を拡大・転換するような思い切った政策を期待したい。同時に働く気力をそがない生活保護制度や、求職者のための時代に合った職業訓練の充実も必要だ。
世界金融危機、不況のせいでこれまでの市場原理主義的なものが否定され、日本的経営が見直されているという。
構造改革という名のもとで破壊された共同体や、セーフティネットを今後、我々は新たな形で再構築していく道を探ることになるだろう。
○印象的な言葉
・底辺への競争、転落、すべり台社会、NOと言えない労働者、中間層の没落
・職と誇り、ゆとりを奪われる、敗北感
・非正規を切り捨てるのは自分の首を絞めること、労働条件が全体として地盤沈下していく、労働の劣化
・高コスト社会
・アメリカには敗者復活の思想がある
・地方公務員の3割は非正規
・財界言いなりの政界
・経済格差が教育格差を固定
・アメリカのチャータースクール:自由に学校を作ることができる民営化の仕組み。教育格差を広げる作用がある。運営側には厳しいノルマが課される。
教師の組合つぶしの側面も。
・アメリカではブッシュ政権の教育改革法が教育格差を進めた。学校教育の質が落ちている。学力の下がった高校が増えた。生徒から勉強への意欲を奪った。親と教師の対立。
政府が教育に投資しなくなった。
・アメリカの医療保険業界は病院経営にまで介入。病院の医師は勤務しているのではなく間借りしている。保険の事務処理が煩わしい。患者の命や人権が後回しに。
・クリントン政権時に皆保険制度を実現しようとしたが製薬メーカーや医療保険業界の反対で潰された
・安い商品への需要を生み出せば製造業はますます人件費の安い海外に出て行き、自分たちは職を失う
・日本の少子化を進めている大きな原因の一つは教育費。高等教育を無償化すべき
・社会保障に足りない分は日本では家族と企業がカバーしてきた、アメリカではNPOと教会。寄付金ベース。アメリカにもある「助け合い意識」。最低限のところは支えよう。
・日本の私立の底辺校では自衛隊募集の説明会が始まっている。
・自殺者が減らない。経済・生活問題、労働環境、健康状態が彼らを追い詰めた
・自己責任論が追い詰める。自責の念、他人の世話になっては申し訳ない
・非正規労働者にも雇用保険加入義務があるが、加入させていない企業が多くある
・企業の短期的な人件費圧縮はそれなりの利益をもたらしても、長期的に持続可能なシステムとは思えない
・日本型経営の強みは質の高い現場力の蓄積、仕事への誇り、愛着
・非正規雇用では向上心や人とのつながりを持つことが望めない
・多くの無職の若者を放置すれば、生活保護受給者が増え、財政再建どころでなくなる。自殺や犯罪の増加、教育水準やモラル、人間関係など社会的価値の喪失を招く
・次々と労働力の安い国に移動し続ける多国籍企業。労働者を使い捨て
・アメリカの多くの州の財政をパンクさせている一番の原因はメディケイド(低所得者向け医療保険)。貧困層が増えすぎて給付金が追いつかない。
・セーフティネットは労働市場の際限のない値崩れ、細切れ化を防ぐための必要経費。労働者をモノ扱いしているのは国民を棄てているのと同じ
・戦うべき本当の敵は自分たちから理不尽に搾取するシステム
・欧州では児童手当が大きい。低家賃住宅がある。住宅は基本的なサービス。
・医療機器のハイテク化による医療保険料の高騰
・アメリカは性悪説。他人を信用しないから弁護士が多い訴訟社会になる
・アメリカは安い労働力を移民でまかなっている。
・アメリカは国民を消費者とみている。欧州は市民(人権などが付随)と見ている
・貧困の問題は他のことにも全部つながっている
・国が責任を果たさないなら国は要らない、税金も払わなくていい
・アメリカのホワイトカラー・エグゼンプション:サービス残業がひどく、過重労働で疲弊。
・この緊急時には組合員としてより先に有権者として政策に訴えるべき。地元の有権者と言えば議員は簡単には門前払いできない
・不買運動など活動をマニュアル化して、システム化、効率的な戦略をとる。手紙、電話、個別訪問など。
・日本の記者は自分のやりたいこと、言いたいことを言い出すと地方に飛ばされる。そのせいで物が言えない。大量生産、大量消費される記事を書かされている。
一つのことを突き詰めていく時間的余裕がない。
・市民メディア
・メディアを悪者にして切り捨てれば損をするのは自分たち。メディアを健全にする方法を考えるほうがいい。
・職は欲しいが労働力を安売りはしない
・イラク戦争でエクソンモービルがイラクの石油利権を独占的にもらう密約が暴露された
・仲間を集め、組織として声を上げる。政治家がやらざるをえない状況に持っていく。情緒的にならない。
・自分の中の信仰心と向き合い、決断
・広告主の意向が報道を左右するアメリカ。メディアの民主化抜きには貧困問題は解決しない。広告収入に依存しきらない経営体質を探るべき
・税金を払わないというボイコット
・「これは自分で選んだもの」と納得できること
-目次-
第1章 没落するアメリカンドリームの主役たち ―社会の価値が崩れる
第2章 職と誇りを奪われるホワイトカラー ―アメリカの現実
第3章 没落する日本社会の主役たち ―労働者の存在が崩れる
第4章 急速に転がり落ちる中間層 ―日本の現実
第5章 アメリカと日本はすでに並んでいる ―拡大する貧困社会
第6章 貧困社会は止められる ―無力でない運動
第7章 市場にデモクラシーを取り戻せ! ―「NO」と言える労働者へ
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