読書メモ

・「世論という悪夢
(小林 よしのり:著、小学館101新書 \720) : 2010.10.04

内容と感想:
 
著者が責任編集長をしていた「わしズム」掲載(2006〜2009年)のコラムを収録した本。漫画はなく、文章だけだ。 漫画執筆などを通して世論の危うさに警鐘を鳴らしてきた著者。 あくまで世論とは大衆「感情」であり、「感情的な世間の空気に過ぎぬ世論」だけに流されていくと、 民主主義は「長期的な展望が閉じられた迷路にはまって、身動きがとれなくなることだろう」と懸念する。 また、マスメディアが「輿論」を阻害し、人々を「世論」一辺倒に傾斜させていくのでは、とマスコミへの疑念を示している。 無論、戦前・戦中のことが著者の頭にある。
 本書で取り上げられている話題は、「ゴーマニズム宣言」シリーズなどでもテーマにされたものばかりだ。 終戦直前の沖縄での集団自決や、アイヌ問題、東京裁判、天皇など。
 日本は言論の自由が認められた国である。 著者の主張に反発する者もいることだろう。 本で何を書こうが、TVで何を言おうが勝手である。多様な意見があったほうがいい。 しかし、自分の頭で考えずに、ただ世間に流されるだけの生き方をしていると、 影響力のあるマスメディアによって、特定の方向に容易に誘導、扇動されてしまう。 そういう人間ばかりの国にならぬよう、著者は喝を入れているのだ。

○印象的な言葉
・社会状況に異を呈する風刺・批判、時流に違和感を表明、世論に逆らう、マスコミや知識人を疑う。「王様は裸だ」と看破する
・大衆の知能程度を疑う、世論は信用できない
・輿論:責任ある公的意見、公論
・拉致問題に対する大衆の感情は「国家の主権が侵されている」という論理的な国家論までに高まらない
・論理と合理性頼みの改革では社会の荒廃を食い止められない。情緒の基盤たる共同体
・自然災害の被災者こそ国が補償してあげるべき
・軍命令ごときで親が子を殺したとしたら集団自決した者たちへの冒涜。極限状況でのぎりぎりの主体性だった
・日中戦争前、扇情的な新聞報道は民衆に火をつけ、軍の暴走を支持する
・TV各局の政治的言論の手本として朝日新聞の論調が活用されている
・公民の観念のない民間の私心・私欲に委ねても、公は復活しない
・共同体の崩壊が、人々を個人に分解し、孤独な貧困にあえぐ階層を生み出した
・サヨクは中国をかばい、チベットを見捨ててきた。漢民族による中華帝国主義
・先制攻撃可能な軍事力が他国の無法な領土強奪から国を守る
・アイヌ文化は鎌倉時代くらいに成立した。もともとアイヌ語には書き文字がない
・差別された者の中には、あるイデオロギーが容易に侵入する。国家分断を企む左翼イデオロギーが。部落問題、在日朝鮮人、沖縄、アイヌなどの被害者史観。 差別する者がいるから、この国を憎悪する者が生まれる。
・弱者権力。弱者に対して迂闊なことは言わぬがよいとの萎縮感。それが差別を延命させる
・日本の全労働人口の4人に1人は生活保護水準
・アメリカでは70年代に中産階級の大半は貧困層に転落
・私心と公心のせめぎあいの末の、どの瞬間に公心を決するのか
・1960年代までは、まだ戦争を題材とした物語(漫画など)は娯楽として子供に届いていた
・1970年代から左翼による歴史修正主義者の進撃が始まった。中国の文化大革命という狂気を絶賛するという愚行。
・オタク的に知識を言い合って、「我らこそ真正の保守なり」と主張する輩
・東京裁判判決を全面的に否定する判決文が存在し(パール判決書)、その正当性をいかなる国際法学者も否定できない。パールの認識では東京裁判で裁かれたのは「国家の行為」。
その前提で、パールは日本は無罪だとしている。しかし国家は裁けない。(→賠償金は課せられる)。国家の行為を遂行したのは「国家機関」としての個人(戦犯たち)。 その個人と国家は不可分であり、日本が無罪であれば、個人も無罪となる。
・欧州型の保守主義は伝統を破壊する進歩思想・革新思想に懐疑の目を向け、郷土や家族・共同体を重視
・国民の間で対立する問題に対して、天皇は積極的に価値判断すべきでない
・学者やマスコミ知識人は天皇の知識をわざと国民に与えず、自然消滅させようと謀っているかのよう
・美と純粋を希求する心、神聖への憧憬
・天皇の神性は祭祀によって担保されている
・死ぬまで天皇(=日本)の意味を知らない空洞人間

<疑問>
・「わしズム」とは自己中心主義なのか?

-目次-
第1章 メディア論
第2章 国家・民族論
第3章 社会・家族論
第4章 戦争論
第5章 日本無罪論
第6章 天皇論