読書メモ
・「強い円は日本の国益」
(榊原 英資 :著、東洋経済新報社 \1,600) : 2009.02.08
内容と感想:
グローバリゼーションは第二幕に入り、BRICs諸国を中心に世界に中産階級が急増し、需要も増大している。
インフレとデフレが共存する時代に入ったと著者はいう。
「まえがき」では「かつて稀少だったハイテク製品がコモディティ化」し、逆に「安価に市場で調達できた資源が、今や稀少」になっていると指摘している。
安いハイテク製品がデフレの象徴であり、価格が高騰しているエネルギーや食糧がインフレを象徴している。
これは資源の少ない日本には非常に不利な状況である。
本書は「ミスター円」と呼ばれた著者が専門である為替政策(「ミスター円」誕生については第2章の終わりに記述あり)をテーマに、
過去の為替を巡る出来事を振り返り、今後の為替政策をどうすべきか考えている。
誰もが気付くようにタイトルにある「強い円は日本の国益」は「強いドルはアメリカの国益」のパクりだが、
強い通貨・円が日本の重要な武器になると著者は考えている。
円高は資源の調達コストを低下させ、調達能力を高めることになるから、「円高政策」への転換の必要性を本書では説いている。
第4章の最後では1ドル100円を切っている現在でも「実質実効為替レートではまだまだ歴史的円安の状況」だという。
少し前までは輸出産業の製造業を中心に世界経済の好況と円安メリットの恩恵を受け、好調な業績を続けてきたが、
それは「円安バブル」だったのだ。私にはそれがバブルだとの実感はなかったのだが、実質賃金が下がり続けている中ではバブルの恩恵も感じられず無理もないだろう。
第7章では本書のメインテーマである「円高政策」について述べている。
円高メリットとしては投資信託等で大量に海外に流出していた日本の投資家の資金が戻ってくることで、
日本の株や金融商品に再投資され市場が活性化し、企業の戦略的海外投資にもプラスになること、
その資金を使って海外での資源開発を拡大、企業買収を増加させることができること、
また日本企業の市場価格も上昇することなどを上げている。
いまや世界経済は急激に後退し、相対的に円高が進行し、需要減退もあって輸出産業に大打撃を与えている。
資源が少なく、食糧自給率も低い日本が世界を相手に「買い負けない」ためには円高の効果は大きいように思える。
○印象的な言葉
・IT産業のハブになるインド。BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)
・中国を中心に東アジアに巨大な生産ネットワークが出来た。ハイテク製品のコスト削減・価格低下に貢献。稀少だったハイテク製品がコモディティ化している
・グローバリゼーションが直接投資と貿易を拡大し世界的なディスインフレーション、物価の安定につながった。
・東アジアの経済統合。市場主導、企業主導の地域統合
・デフレと景気拡大が共存
・プラザ合意(1985年):一年弱で為替レートが対ドルで90円も上昇。日本の経済活動は半ば麻痺。東アジアに生産ネットワークを作るきっかけになる。
戦後日本の大きなターニングポイントの一つ。高度成長の終焉。終身雇用の考え方も変わる。
・「失われた10年」でなく「再設計の10年」。企業は戦略と構造を再編。緊急に必要だった新しい精度を次々に確立した。
合併による企業統合が進み、人員整理などの荒治療を避けることができた。
・経済が成熟した日本では金融資産の蓄積が進み、ストックとしての資産がフローとしての所得より経済に大きな影響を持つようになった。
欧米や日本が60歳の資産家とすれば、経済活動のかなりの部分を資産運用に移さざるをえない。中国・インドは30・40代の働き盛り。
・日本市場の特殊性。他国以上にデリケートな高品質を望む。海外ではオーバークオリティ。
・食糧のインフレは先進国でも貧困層を直撃する。中産階級を没落させる。
・日本人の賃金は1997年をピークに2007年まえに14.7%下落
・3ヶ月分の輸入額に相当する外貨準備を確保すべき
・ニクソン・ショック:金とドルの交換停止。一方的にアメリカが発表。一種の革命、市場は大混乱。
・交渉は決着を急いだほうが負け。ポーカーフェースで笑いながらも譲らないことが大事
・ルーブル合意(1987年):各国が決めた目標為替レートのゾーン内でレートを維持しようとした。円高が進み、日本はバブル期に入る。
・1994〜95年のメキシコ危機、アルゼンチン危機で対ドルで円は更に上昇。1ドル79円台をつけた。
・日本企業の経営理念は「人本主義」:従業員主催。ステークホルダー全体に対するコミットメントが強い。末端まで情報が共有され、権限がかなり移譲されている。
雇用の安定性を重視。
・ユーロがドルとともに基軸通貨になるにはまだ相当の時間がかかる
・2003年の大手銀行の破綻を示唆する竹中発言で金融危機の懸念が広がり、日経平均が8,000円を割り込んだ
・デフレと好不況は直接関係ない。市場統合により生じるデフレは構造的なもの。いいデフレ。
・原子力の平和利用をめぐる協同作業が課題
・資源や一次産業での協調の必要性。技術開発の分野での協調では日本の役割は重要。例えば農業土木の技術。
・日本の総合商社は世界に類を見ないユニークな会社。資源開発などで日本の金融機関に欠けている投資銀行的な機能を補っている
・気候、住環境、食等の一般的アメニティーは東京が圧倒的に良い
・日本は資本集約的産業から技術集約的産業に移行する時期。最新鋭技術を持つ工場は国内に造るケースが増えている
※アイデア、メモ
・資源と環境の問題は一体で考えるべき。自然環境の影響を受ける農漁業生産は次第に稀少化していく
・国内生産しなくなるなら円で資材調達するメリットはあるのか?競争力のある円建てで調達できるのはメリットかも。
・日本が今後、少量生産の稀少品のものづくりへシフトするにはそれなりの市場が必要となる
・日本の投資家は低金利と円安により高金利の外貨建て資産に投資してきた(円安バブル)。サブプライム問題で各国中央銀行が金利をかなり下げ、円高も進んだ。
外貨建て投資のうまみが失われた。
-目次-
序章 どうして、今、円高政策なのか
第1章 21世紀の世界経済
第2章 1ドル360円から79円へ
第3章 日本の製造業の成熟
第4章 ドルとユーロ ――ドル安は続くのか
第5章 円安バブルの形成と崩壊
第6章 アジアの世紀は来るのか
第7章 構造改革と円高政策
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