読書メモ

・「身体の知恵
(齋藤 孝 :著、大和書房 \1,300) : 2009.04.11

内容と感想:
 
一見、タイトルの「身体の知恵」とは何とも不思議な言葉に思える。 しかしそれは著者自身が頭以上に身体がいろんなことを判断して処理して動くことを実感しているからこそ出てくる言葉だ。 その知恵は一般的な活動に生かせると考えている。
 第1章でスポーツ新聞など現在のスポーツメディアに対する不満を述べている。 その「語り口は圧倒的に物足りない」という。 試合後のインタビューなどをテレビで見ていれば、その意見に賛同する人も多いだろう。 いつも決まりきったことしか聞けないインタビュアー。選手の応答もそれに引きずられざるを得ないから、 つまらないインタビューになってしまう。見ていて面白いのは楽天の野村監督の会見くらいだろうか。
 著者は「選手の意識の置き所を意識できる記事が読みたい」、もっと「選手の身体感覚に入り込んで欲しい」という。 そうすればもう少し選手達の魅力が引き出させるかも知れない。 それは単にスポーツメディアのレベルの低さを表わしているのか、インタビューする選手を馬鹿にしているのか、 見ている国民のレベルが低いと見なしたメディア側のスタンスの問題なのか? 視聴者や読者はサービス向上をもっとメディア側に要求しなければいけないのかも知れない。 そうすると、選手の側にも的確に応答できる言語力が要求されるようになり、競技の練習以外の勉強も必要になることだろう。
 優秀なアスリートは自分の身体感覚を明確に認識し、言語化できるという。 逆に言えば、伸びない、伸び悩んでいる選手というのは自分の身体感覚を明確に認識できていない、 あるいは認識しようとしていない可能性がある。 現状把握が出来なければ改善もしようがない。うまく言語化できないまでも、感覚やイメージとして良かったときの感覚を 記憶しているものだろう。
 本書は総合格闘技や相撲、ボクシング、プロレスといった格闘技から、バレー、卓球、テニス、バスケ、ラグビーなど球技など 様々なスポーツを取り上げ、それらの競技を「見る楽しみ方」を提案している。 酒のつまみに野球中継などを見ながら薀蓄を語るのとは違って、「イマジネーションを働かせて」見ることで、 「その競技固有の面白さ、文化としてのスポーツを楽しむ」ことを目指している。 「選手たちの身体に同調し、潜り込んで見る」のだ。 私も格闘技好きの一人だが、テレビで見ながら、選手の一挙手一投足につい自分の体も動いてしまったり、 「痛い」と感じてしまうこともよくある。しかし実際にやってみなければ、本当の感覚は得られるものではないし、 簡単に同調できるものでもない。
 著者がこれだけの数のスポーツを深く語れるのも、マニアックなだけでなく、相当な観察力や分析力があることも想像に難くないが、 常に「身体」を意識していることが大きいようだ。

○印象的な言葉
・身体は知恵の泉
・頭以上に身体がいろんなことを判断して処理して動く
・トレーニングは苦しくても、上達は楽しい
・スポーツを細部主義で見る
・身体感覚を言語化できるアスリート
・技術革新のある総合格闘技。技術革新は厳しい現実を突きつけられたときにしか起こらない
・「型」は初心者にも達人にも、それぞれに技術的課題が違ってくる。理解できない余白のようなものが残されている。解けない謎。
・ドイツ人の論理、フランス人の情緒、イギリス人の皮肉
・対談本は対話のトレーニングメニューとして最適
・その人と会わなければ絶対に言わなかったことを言わないと会った意味がない。出会いを通じて、出会う前よりも豊かになって別れる
・対話により自分の中で湧き上がった、掘り起こされた感覚
・自分で自分をコーチする
・筋肉はズルイから同じことをやっていたら伸びていかない
・目に頼らず、体全体で見る、心で見る。心身一如で見る
・己の力をさらし、知り、困難をかわして生き抜いていかねばならない時代。ボクサー的であらねばならぬ時代
・ナンバの身体作法:捻らない、うねらない、ふんばらない、反動をつけない
・他人に合わせるのではなく、自分を基準に練習する。それは自分の船、自分だけの場所。危ないときでも大丈夫
・太極拳の動きはすべて陰陽が転換しながら行なわれる

-目次-
巻頭対談 身体でわかる言葉、対話で鍛える言葉(内田樹×齋藤 孝)
一流アスリートの身体に潜り込む楽しみ
自由さがアイディアを生む ―総合格闘技
ぐらつかない重心をつくる ―相撲
ハイレベルな観察眼を養う ―ボクシング
チーム力を学ぶ ―バレー
スタイルに誇りを持つ ―卓球
技術がパワーに勝つとき ―テニス
三次元空間を楽しむ ―バスケ
とにかく反骨で限界を超える ―マラソン
日本のアレンジ力 ―ラグビー
身体じゃれ感を蘇らせる ―プロレス
日本伝統の身体力 ―陸上
特別対談 武から学ぶ知恵