読書メモ

・「Web2.0的成功学 ―複雑系の科学と最新経済学で時代を読む
(近 勝彦 + MYCOM新書編集部 :著、MYCOM新書 \780) : 2009.07.11

内容と感想:
 
情報経済論が専門の著者が、 「複雑系の科学」、ネットワーク理論、「情報と不確実性の経済学」の視点を融合させた「複雑系ネットワーク理論」を用いて「Web2.0」の本質に迫ろうとした本。 技術的な側面で語られることが多いWeb2.0だが、それをビジネスとして成り立たせるためには「経済学的な視点は欠かせない」。 いまや当たり前になったブログやSNSに代表される新たなメディアを用いて、ビジネスを成功させるためにはWeb2.0の本質を理解しておく必要があるだろう。
 私が興味を持ったのはメディアとしてのWeb2.0よりも、スモールワールドの議論である。 第4章ではスモールワールドの概念を用いて組織論について語っている。 企業組織の中で「中間管理職の役割は重要度を増している」という。 中間管理職は社員同士の「弱い絆」づくりと、コネクターの役割を担い企業組織をスモールワールドネットワークにする。 聞き上手になり、信頼関係を築き、クラスターのメンバーや他のクラスターから暗黙知を集め、それをスムーズに流していき、 組織の風通しをよくしていく、そんな役割が求められている。 実は従来から求められてきた中間管理職の役割をネットワーク理論という視点から捉え直しただけとも言えるが、 効率的な情報伝達、コミュニケーションの最適化を図ることによって企業の生産性を高め、付加価値を高めていくことが期待される。
 第5章では個人としてWeb2.0時代にどうすべきかを考えている。 ビジネス環境の変化が激しい時代に、この先、会社も仕事も決して安定とは言えない。 倒産やリストラのリスクもある。 そんな中で就職・転職活動や起業をする際にもスモールワールドネットワークが生きてくる。 リスクに備えて常に「意図して弱いきずなやコネクターを得ようとする努力」や、 「思い切って知らない人のところに飛び込む勇気も必要」になると述べている。 そうしたネットワーク作りにもWeb2.0的なメディアは有効なツールとして、ますます期待できる。

○印象的な言葉
・要素還元主義:ニュートン力学のような従来の科学は複雑な対象を単純な要素に分解し、それを調べて全体像を明らかにする手法
・複雑系の科学:各要素の複雑な関係性に注目
・全体は部分の総和とは違ったものになるケースがある
・ネットワーク理論:関係性をネットワークとして捉える
・ティッピング・ポイント(転換点)
・弱い絆、強い絆
・六次の隔たり、スモールワールド
・グラフ理論:多数の規則的なクラスターをわずかなリンクで結べば隔たり次数が劇的に少なくなる
・スモールワールド・ネットワークの構造は脳細胞やウェブ、免疫系にも共通。少ない隔たりで情報を広く伝達するのに最適
・リンクが集中する要素がクラスター間をつなぐコネクターの役割。極端に顔の広いコネクター
・アメリカではハズレの商品をレモン(酸っぱい)、アタリをピーチという
・情報の非対称性と不確実性はあらゆる市場に存在する。中古車、保険、証券、労働など。逆にそれが経済価値を生み出している。
・クチコミなど補助的チャネルの不確実性を小さくするのがWeb2.0ビジネスの大きなテーマ
・オープンソースは高次の欲求が満たされる典型例。コミュニティへの所属意識、優れた技量に対する尊敬
・グレイブヤード・モデル:認知されていても思い出してもらえないブランド。墓地に埋まっているようなもので、売れない
・完全競争化で効率を求めていくと、必然的にモジュール化とコモディティ化が進む。大規模化、複雑化するほど分業化、標準化が進む。
・画期的なイノベーションは従来の技術の改良(持続的技術)からではなく、別のプラットホームから生まれる破壊的技術によりもたらされる(例:iPod)。
・法人税や人件費が高い状態を放置していると、国内は空洞化し失業が増大、日本の技術が流出する
・強い絆のデメリット:集団が間違った方向に進み、変化に迅速に対応できない可能性
・空気が物事を決めてしまう。空気によって合理性が押し流されてしまう。その場の最高権力者が空気を支配
・特攻作戦士官の言葉:戦争を絶対的に否定する道をとらなかったのは召集令状を受け入れることが国民としての最低限の義務と考えたから。 押し流される以外に道がないと観念した。軍隊生活でも課せられた最低限の義務を怠ることはいさぎよしとしなかった。
・自分で考えず、指示に従っていると究極的には独裁を生む。会社、事業部、課といったクラスター単位での独裁は日常的な光景
・知的ゲームとしてのディベート:本人の日ごろの考えとは無関係に議論させる。自社製品の強みと弱みをあぶり出し、戦略決定の材料にする。 本人の立場と意見を切り離すことで場の空気に支配されない論理的な思考が生まれる場にする。
・誰がどんな情報を持ち、どの分野に詳しいか、どんな人脈を持つかなどがスムーズに企業内を流れるような「弱い絆」を張り巡らす
・創発:自律的な要素が多数集まることで、その総和とは質的に異なる高度で複雑な秩序が生まれる
・人は労働市場で決まる理論価格よりも低い賃金で働くことが多い。賃金の安定と引き換えに低い基準を受け入れる
・従来のアンケート調査ではマニアやクレーマーの回答が多く、一般的な人であるサイレントマジョリティの声が届かない →ネットリサーチビジネス

-目次-
第1章 Web2.0と複雑系ネットワーク
第2章 情報と不確実性の経済学
第3章 複雑系の経済学
第4章 ネットワーク組織論
第5章 Web2.0的起業学
第6章 Web2.0的流行学